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嘆き3

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「私としては、結構アリだと思って作ったんですけど」
「子供向けも丁度落ち着かせたかったからね。あまり新しいものをすぐに作ってしまうと、古いものが売れなくなる」
「そうなんですよね。最近、子供向けやりすぎたなって思ってて。だから、ちょっと年齢と層を変えてみました」

 マットルへの玩具は試作品として作りたい。量産できるか考えるつもりがないので、それらはしばらく商品として出したくない。
 フィリィの言葉にデリは溜め息をつく。職人は作れるものをどんどん作った方がいいと言っていたので怒られるような発言をしたかもしれない。
 しかし、デリは困ったように笑った。

「購買層の心理を考える職人はいないよ。まったく、早くうちに就職しなよ。貴族のお嬢様が職人だなんて、ご家族が反対するのは分かるけど、家のために結婚して旦那の言うこと聞く人生なんて、フィリィには似合わないよ」
 絶対に。とまで言われて、フィリィは今のところ旦那になる予定の人の顔を思い浮かべた。それからぶるぶると大きく首を振る。

「知ってる。私も無理だって知ってる」
「難しいのは、分かるんだけれどね」
 玩具を作ったり考えたりするのは楽しい。それを職業にしたいと思ったこともある。だが、確かに現実味のない話だ。しかし、将来的には職人を目指している。

「結婚するつもりはないから、一人で生きていくために職は手にしたいんですよね」
「雇うから。私が店持った時に雇うから!」
 デリは将来自分の店を持つという夢を持っている。父親の豪商向けの店ではなく、貴族の御用達になりたいそうだ。そのため、今現在その貴族を探して営業をかけているとか。やる気溢れる商売人である。

「この玩具はいただくよ。職人のところへ行って、どの程度の材料で作るか考えよう。あと絵柄だね。特にこの魔獣の絵を真似できる絵師が何人いるか、確認しないと」

 それもそうだと頷いて、店を出ることにする。
 店にいた店員はデリの父親が雇っている人だ。豪商の娘だけあって周囲はデリを見ると頭を下げるが、デリ自体は自分も雇われの身だと軽く笑う。

 第二都市カサダリアは王都ダリュンベリと同じで、城が高台に作られており、街とは城壁門で隔たれている。作りが違うのは、この街自体が川に囲まれていることだ。

 街は両脇を川に挟まれており、ほとんど中洲のようになっている。川はかなり低い場所に流れているので、街自体を囲む壁はなかった。川を渡る可動橋のある西側が正門で、いくつかある吊り橋には門が設置されている。
 カサダリアにもある貧困層が住む旧市街は南側に位置し、そちらは川がなく、街を囲む壁が高くそびえていた。しかしこれも古く、増設されているので、場所によって色が薄茶だったり赤茶だったりする。そんな見目の良くない場所には、古い建物が立ち並んでいた。

 その旧市街に入る前に職人街がある。デリのある店から距離はそこまでないのだが、南側は高低差があるので、何度も階段を降りたり細い道を通ったりしなければならず、結構な時間を歩くことになる。
 旧市街へ行くには更に下る。人の土地である私道を通ったり、梯子を降りたりと、お年寄りや荷物が多い人が歩むには難しい道を通るのだ。

 不便さは下町では仕方がない。高いところには身分のある者、低いところには身分の低い者。それが当然の縮図だといわれるような街だと、デリは言った。
 それでも、どこに降りても城は見える。高層であるし、一つの階の階高もあって高台に建てられているものだから、下から見ると別世界だった。航空艇乗り場や列車の発着場が見え、動いているのも見えるが、下町から見れば、小さな何かが動いているだけに過ぎない。遠い世界だ。

 職人街に辿り着くと、見たことのある子供たちが一つの家の前で集まっていた。
「あら、今日は見習い練習の日か」

 マットルと同じくらいの年の子供たちが、各々道具を持って地面に座り込み、木を削っている。道に接した建物は木材工房で、時々旧市街の子供たちが集まり、ここで与えられた教材で練習をする。見込みのある者は工房で働くことができるのだ。

 子供たちは皆真剣だ。邪魔しないようそっと近付いて工房に入ると、中では作業をしている職人たちがいた。その中の一人がこちらに気付くと、すぐに挨拶してくれる。

「こんにちは、デリさん、フィリィさん。親方ですね」
 若手の職人が、訪れた要件は分かると、工房の親方を呼んでくれる。呼ばれた親方はちょっぴりお腹が出た男性で、口元に黒いヒゲを生やしていた。

「いらっしゃい。フィリィさんは久し振りだね」
「こんにちは、ルタンダさん。新しい商品について、ご相談に上がりました」
「また難しいのは勘弁してくれよ」
 この間作った球体のパズルを思い出して、苦笑いしながら、フィリィは今日は違うと先ほどの商品を手持ちの帆布鞄から取り出す。

「絵がねえ、結構な細かさなんだよね。けどこれが描けないと意味がない。絵師のシャーレクなら描けると思うんだけど、彼は空いてるかな?」
「声は掛けてみますけど。一人じゃ難しい量だな。他の絵師も当たってみましょう。本当だ、また難しいのを作ってきたなあ」

 ルタンダは木札を見ると、お腹をぽりぽり掻いて顔を冗談めかすように歪めた。しかし、デリはこれで作ってくれ、と頼むので、断ることのできない商品なのだと理解したようだ。何とか量産できるように、絵師に確認する。

「シャーレク、ちょっと来てくれ。結構な物が来たぞ」
 シャーレクは呼ばれた男が、ふらりと立ち上がった。タレ目のぽやっとした顔で、くせ毛の黒髪頭が特徴だ。若く見えるが、三十二歳のベテランである。渡された絵札を手にすると、じっと見つめて小さく頷いた。

「いけそうかい?」
「僕は大丈夫です。すごいですね、この種類」
「特徴に色を付けたいんだよ。まずは同じ絵を描けるようにして、あとで色を付けてもらう予定なんだ」
「色ですか。お金かかりますね」
「だから、一部だけだよ。魔獣の特徴となる部分だけ色を付けたいんだ」

 シャーレクに説明するデリの横で、フィリィは話を静かに聞く。分からないところがあればシャーレクは聞いてくるので、それまではデリに任せる。商売上足りない部分が出てくることもあるので、その時はデリがフィリィに相談した。

「フィリィ、時間があるなら色を塗ってく? 次またいつ来れるか、分からないんじゃない?」
「そうですね。じゃあ、ここでやってっちゃおう」
 空いている机を借りると、シャーレクが絵の具の粉を持ってくる。この色自体高価だが、そのお金はデリが出す。このあとシャーレクが塗るからだ。

「見たことのない魔獣ばかりだ。フィリィさんの見る資料を僕も見てみたい」
 絵師のシャーレクは興味深そうに木札をめくっている。資料は魔導院書庫にあるので、一般人は立ち入りできない。一般人どころか城の人間でも入れない。
 うふふ。とごまかして、絵筆をとった。見たことのある魔獣もいるので、すいすい塗っていく。

「そいや、王都には王女の婚約者が来たでしょう? 最近こっちにもラータニアの商人がうろつくようになったよ。ラータニアの商品が気になってしょうがない」
 デリが世間話とルタンダに話し掛ける。筆がすべりそうなったところを辛うじて堪え、シャーレクに説明しながら、色を付けていく。

「こっちには商人は来ないけれど、妹代わりの姪と婚約予定だったって話は、よく聞くね」
 ルタンダが言った。ラータニアから第二都市カサダリアは距離があるのだが、ここでもその話を聞くとは思わなかった。聞いているとルヴィアーレに申し訳ない気持ちが募っていく。

「逆玉の輿なんだからっていうやつと、国土の代わりに奪われた哀れな第二王子って話があるよ」
「国土の代わり?」
 聞いたことのない噂が耳に入って、フィリィは筆を止めた。
 デリが、聞いたことないの? と首を傾げた。デリも知っているようだ。

「国の防衛のために泣く泣く外へ出したんだってね。兄の国王とは年が離れているけど、国王は弟である第二王子をを可愛がっていた。その分第二王子は血の繋がらない連れ子の姫を妹のように可愛がっていた。家族仲がいいみたいだよ。国土は狭いが精霊の祝福が多い幸福な国。小さな国を護るために、兄弟力を合わせて来た。幼い妹を大切にしながら」

「って吟遊詩人が歌うんだ。そりゃ切ない恋歌で、王女フィルリーネがその恋を横から略奪したって話だ」
「わお」
 フィリィはとぼけた声を出す。
 間違っていない。間違っていないけれど、反論したい。

「グングナルド国王はラータニアの国土を奪いたがったが、ラータニアの王はそれを拒否した。それならば第二王子をよこせとせびったのさ」
「第二王子を犠牲にして、王は国土を守った。第二王子は優秀で精霊もついていくからね」
「精霊が、ついていく、ですか」
「それくらい精霊に愛されているらしいよ。魔導に長け、精霊に愛される、第二王子。王女フィルリーネに奪われ、嘆き暮らす、ユーリファラ王女」

 ユーリファラとは姪姫の名前だろう。ルタンダが歌うように話した。吟遊詩人の曲を覚えているようだ。
 どうやら完全なる邪魔王女扱いである。間違ってないけど!

 しかし、国土を奪うとなると、もしかしたらマリオンネに近いといわれている浮島のことを言っているのかもしれない。領土の浮島を何かしらの理由で奪うつもりだったが、交渉が決裂した。戦いになってほしくなければ、ルヴィアーレをよこせ。となったのかどうか。

 精霊がついてくるとは思わないが、ルヴィアーレは精霊に祈る儀式で王族の力を発揮していたのかもしれない。精霊に祈り、精霊に願う、国土を豊かにする力を。

「実際どうだか知らないけれどね。吟遊詩人がそう歌うものだから、耳に残っちゃうんだわ」
 デリはもう聞き飽きたと言いながら、軽快に笑った。

 嘆き暮らす、ユーリファラ王女。

 フィリィの耳にも、その歌は深く残った。
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