上 下
29 / 36

18④ ー罠ー

しおりを挟む
「ねえ、どういうことなの……?」

「あなたは騙されたのよ。家の借金のために多くを望みすぎたわね。最初からジルはファビアンを殺す気で、その計画のためにクロエはあなたに近付いたの。学院が始まる前にはあなたたちは親しい関係ではなかった。デキュジ族を見下しているあなたが、クロエとジルと親しい時点で、私も気付くべきだったわね」

「なに、それ……」

 マリエルはクロエを見上げた。クロエは血の気のない顔色をして視線をずらした。ジルを見遣ればヴィオレットに冷眼を向けている。

「————わ、私じゃないわ。ファビアン様を刺したのは。ヴィオレット様に手紙を出して、二人が争ったように見せると言われただけですもの! ヴィオレット様が来たら警備を呼びに行けと言われただけです! そうよ、クロエが二人を閉じ込めたの。ファビアン様は軽い刺し傷だけで、薬で気を失っているだけって言っていました。私が手紙を出して戻ったら、隠れて待つだけだったんです!」

「いい加減にしてもらえませんか。私はファビアン様を害するなど考えたことはありません。その女生徒がヴィオレット様に罪を被せようとしたのでしょう。これ以上侮辱されるなら、私も黙ってはいられません」

 マリエルの証言にジルが口を挟む。クロエは顔色を悪くし動揺しているがジルには左程焦りは見えない。マリエルだけがガタガタと震え、自分がファビアン殺害を目論んだわけではないと何度も否定した。

「ファビアンが気付けば全て分かることだわ。それまで彼らを拘束しておくことね」
「私じゃありません!」

 叫んでも無駄だ。警備騎士はマリエルたちを拘束し連れて行こうとした。マリエルは抵抗し、クロエは血色を失ったまま静かにしながらジルをちらちら見ている。ジルは何でもないように抵抗することなく警備騎士に従っている。

 そして勝ち誇るように、小さな笑みを浮かべた。

「ファビアン王子はすぐに気付かれるだろう。知らなかったか? ファビアン王子は癒しの力を持つ宝石を持っていたんだ」

 エディの言葉に、一瞬ジルが鋭い視線を向けた。

「ちゃんと止めを刺したのか? 血だらけでも息絶えていたか? そうでなかったら、もう気付いているだろう。そうなればすぐに話が聞ける。誰が王子を刺したのか」
「……そんなもの、持っているなんて聞いたことがない」

「そうか。王子はそこまでお前を信頼していたわけではなかったのだな。癒しを持つ宝石は特殊で、ホーネリア王国から送られたものだ」

 その言葉に、ジルはサッと顔色を変えた。ファビアンはもう死んでいると思っていたのだろう。

 ヴィオレットが走り寄った時、ファビアンの傷は深かく血も多く流れていた。息も絶え絶えで、あのままでは息を引き取ったかもしれない。

 ヴィオレットは咄嗟にエディから渡されたブレスレットを使ったのだ。癒しの力を持つ宝石がついた、貴重なブレスレットを。

 ファビアンの怪我を完全に治療できたかは分からないが、荒い息遣いはなくなり正常に息をしていた。問題ないはずだ。

 それでも、握っている拳の中は汗が滲んでいる。あのブレスレットが正常に働いていなければ、ファビアンはもう、この世にいない。

「ホーネリア王国の宝石を持っているなど、なぜあなたが知っているんです? 片田舎の貴族が」

 予想外の話に焦りが出たのか、ジルはぴくぴくと頬を引きつらせた。珍しい嘲りの言葉が苛立ちを感じさせる。

 ファビアンに使った宝石はヴィオレットがエディからもらった物だが、ジルの神経を逆撫でるには丁度良かった。しかし、ジルは突然吹き出して笑い始める。

「ああ。最近、あなたはヴィオレット様と行動を共にされていましたね。ヴィオレット様から教えられたということですか。ファビアン王子とマリエル令嬢が逢引する中、あなた方も同じように会われていたんですね。ファビアン王子が刺された時、あなたがヴィオレット様と一緒にいたというのも話を合わせているだけで、世話係も皆グルなのでは?」

 話を転換して話題を変える気か、ジルのわざとらしい誘導の仕方に、ヴィオレットもムッとする。

「僕がホーネリア王国の宝石について知っているのがおかしいか?」

「残念ですが、ファビアン王子と交流のないあなたが、ホーネリア王国の宝石を持っていたと証言するのは、少々不可解な話だと思います」

 それは確かに不可解で不自然だが、ジルの嘲笑にエディはくすりと笑むと、ちらりとヴィオレットを横目にした。

「ファビアン王子と交流がない? どうしてそうなる? 君は心から王子に信用されていなかったようだ。————私の本当の名前は、エティエンヌ。ホーネリア王国の、第二王子だ」

 突然の公表に皆が驚愕した。エディは堂々と発言してヴィオレットに小さく笑う。

(エティエンヌ? ホーネリア王国の第二王子!?)

 王妃の手だと思っていたが、まさかの第二王子だと?

「ダレルノ王妃に頼み、秘密裏に学院に入れてもらうことを了承していただいた。その私がファビアン王子とヴィオレット令嬢と知り合いであることを疑問に思う必要があるか?お二人とも身分を隠していた僕を見知らぬ者として接してくれていただけだ」

 嘘も方便すぎる。皆は呆気に取られつつも信じたようだが、ジルだけがギッとエディ、————エティエンヌを睨みつけた。

「ファビアン王子はお前のことをホーネリア王国の王子などと思っていなかった。嘘も休み休み言ったらどうだ!」

 それが事実だが、ここはもうエティエンヌに便乗するしかない。本当なのかと皆がヴィオレットに集中する中、大きく頷いた。

「エティエンヌ王子の希望で身分を明かさぬよう対応していたのよ。ジル、あなたは知らないでしょうけれど、エティエンヌ王子は時折王宮に通っていらっしゃるの。王妃様に会うためにね。エティエンヌ王子は王妃様の甥。秘密を保持するのは当然だわ」

 毅然として言いのけたが、内心ヒヤヒヤだ。

 だがジルはとうとう観念したのか脱力したようにふらついた。さすがに他国の第二王子が出てきては反論できない。宝石は本当のことだし、ファビアンはきっと目を覚ましているだろう。

「そんな、馬鹿なこと……」

 ジルはブルブルと震え出すと、警備騎士に捕まれていた腕を振り払った。

 瞬間、腕から青白い陽炎のようなものが立ち上り、それをヴィオレット目掛けて振り抜いた。

 あっと思うのも束の間、炎のようにゆらめく青白い陽炎がヴィオレットに襲いかかった。

「ヴィオレット!!」
「きゃあっ!!」

 ジルの魔法がヴィオレットに襲いかかる瞬間、エティエンヌがヴィオレットの前に立ちはだかった。

「エディ!!」

 エティエンヌの腕がジルの腕のように青白く燃え上がっている。しかし、その腕に弾かれるように炎が跳ねると、爆発するように弾けジルに向かった。ジルはその勢いに反応できない。炎がぶつかると大仰な音を立てて爆ぜ、その勢いで地面に滑るように伏した。

「大丈夫ですか!? ヴィオレット嬢」
「だ、大丈夫です……」

 エティエンヌはヴィオレットに傷がないか慌てて振り向いたが、ヴィオレットには何も当たっていない。エティエンヌはホッと安堵の表情を見せたが、エティエンヌの反撃の速さは尋常ではなかった。

 魔力が多くてブレスレットをして押さえていながら、あの反撃力。ジルは魔導士になれるほどだというのに、その攻撃を即座に返した。そのエティエンヌの強さに呆然としてしまった。

「さっさと連れて行け。そこの、その警備騎士も仲間だ。拘束しろ!」

 逃げようとした警備騎士を逃すまいと命令され、警備騎士たちはエティエンヌの強さに呆気に取られながら、すぐに逃げようとした同僚を捕らえた。

 そうして、マリエルとクロエ、倒れたままのジルは警備騎士たちに囲まれて連行されていったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

全てを諦めた令嬢の幸福

セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。 諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。 ※途中シリアスな話もあります。

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【本編完結】はい、かしこまりました。婚約破棄了承いたします。

はゆりか
恋愛
「お前との婚約は破棄させもらう」 「破棄…ですか?マルク様が望んだ婚約だったと思いますが?」 「お前のその人形の様な態度は懲り懲りだ。俺は真実の愛に目覚めたのだ。だからこの婚約は無かったことにする」 「ああ…なるほど。わかりました」 皆が賑わう昼食時の学食。 私、カロリーナ・ミスドナはこの国の第2王子で婚約者のマルク様から婚約破棄を言い渡された。 マルク様は自分のやっている事に酔っているみたいですが、貴方がこれから経験する未来は地獄ですよ。 全くこの人は… 全て仕組まれた事だと知らずに幸せものですね。

処理中です...