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10① ー腹痛ー

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「カミーユ様は!?」
「随分急いで来たな。ただの腹痛だそうだ。まったく、大騒ぎだな」

 学院寮のカミーユの部屋の前にいたファビアンが呆れ顔をしながらヴィオレットを迎えた。丁度部屋から出てきたようだ。

「ただの、腹痛……?」
「大したことはないそうだ。顔でも見たらさっさと部屋に戻れ。随分めかしているが、どこに行っていたのだ?」
「本日はお休みですので、友人のお家にお茶をしに参っておりました」
「茶会など、するようになったのか? なら……、まあいい。さっさと顔を見て帰れ。ここは男子寮だ。そんな格好でうろうろするな」

 ファビアンは何か言いかけて止めると、ドレス姿のヴィオレットにちくりと諫言しその場を去っていった。
 男子寮の中では派手な格好だろうが、そんなことは気にしていられない。カミーユの部屋の前でヴィオレットは息を呑んだ。

 ただの腹痛というが、それならなぜカミーユの部屋の前に騎士が二人もいるのか。扉をノックしようとすれば、先に騎士がノックをし、カミーユの返事を確認する。

「どうぞ、お入りください」

 騎士がヴィオレットに部屋へ入るよう促すと、騎士が一人付いて部屋の中の扉前で待機した。

(一体、何が起きてるの)

 部屋の奥、ベッドに横たわっていたカミーユはゆっくりと起き上がる。隣にいた医師が止めようとするが、カミーユは蒼白な顔をしながら起き上がった。

「何があったんですか。お顔の色が……」
「急に吐き気をもよおして、室内で倒れたんです。ですが、あまりにも急激な吐き気で……」
 
 横目で見る先、机の辺りの絨毯がくすんでいる。拭われて片付けられていたが、ただ吐いた割にはやけに黒めだった。

「血を、吐かれたのですか……?」
「お姉様は、すぐに気付かれてしまうのですね」
「カミーユ様! 腹痛というのは、まさか!?」

 カミーユの顔色といい、絨毯の吐いた跡といい、腹痛だけで騒いだとは到底思えない。そうであろう、隣で待機していた医師が、憂え気に眉を下げていた。

「お茶を飲んでいたら、急に胃の腑の中のものが込み上げてきて、一気に吐き出したのです。そうしたら、急激に苦しくなり、吐血をして。急いで王宮への緊急警報の魔法石を使用しました」

 カミーユがいつも首にかけているという小さな青い宝石が付いたネックレスには、緊急の際の救難信号が届けられるようになっているらしい。それを握りしめ救難信号を届けると、すぐに騎士たちがやってきた。

 そのため早くの治療が行え、事なきを得たという。

「では、毒を……」
「大した毒ではなかったんです。口にした量が少なくて済みました。変に苦く、おかしいと思い、すぐに飲むのをやめたんです」
「ですが、血を吐くまでの毒だったのでしょう!?」
「お姉様。私は大丈夫です。泣かないでください……」

 驚愕に瞳が潤んできて、ヴィオレットは嗚咽が込み上げそうになった。

 一体誰がカミーユを狙ったのか。今まで見向きもされていなかった、デキュジ族の血を引く幼い男の子を、どうして今さら狙う必要があるのか。
 毒を含んだのにファビアンが腹痛などと言っている。その矛盾にもヴィオレットは気付いていた。

「王の命令で他言無用ということでしょうか?」

 カミーユは静かに頷く。
 第三王子の暗殺。既に第一王子が死んでいる中、第三王子が暗殺されれば、誰でも犯人が誰なのか推測するだろう。それが真実ではなくとも、人の口端に上がるのはたやすく想像できる。

(ファビアンを陥れようとする者でもいるの?)

 カミーユを暗殺するなど、ファビアンは思い付きもしないだろう。そもそも自分が王になることも否定的な男だ。ジョナタンが亡くなって、王位継承権第一位になったことに一番驚いていたのがファビアンだったのだ。
 だからこそ、ヴィオレットの態度が変わったことを嫌悪していたのである。

 カミーユの婚約が決まったことで、王位継承権を持つ者として重視されたのだろうか。

 目的が分からない。

「これからは護衛騎士が付くようです。あの、婚約も決まりましたので、何かあってはなりませんから」
「カミーユ様。お祝いをすべきところですが、今は体を休めてください。どうか、安静になさって……」

 言葉が出てこない。自分が狙われる以上のショックがあり、ヴィオレットはカミーユの手を握りながら声を震わせた。

 今さら騎士を付ける王にも疑問しか持てない。なぜもっと早く、騎士を付けるなり世話係を付けるなりしなかったのか。最悪の場合の緊急の救難信号を持たせていても、本人に行わせては、気を失い間に合わなかったかもしれない。

「お姉様こそ。どうかお気を付けください。私を狙った犯人が兄上の婚約者を狙ってもおかしくありません」

 呪いのことをカミーユは知らないが、何か勘付いているのかもしれない。頭の良い子だ。次に狙われたのが自分だと理解しているのかもしれなかった。
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