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49 ー終局ー

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 シェインやユタ達大聖騎士団は、第一王子暗殺失敗で国境まで逃亡したマルディンを追っていた。 数人の薬師達の抵抗とマルディンの術は、シェイン達も手をやいたのだ。
 しかし、幸運だったのは、マルディンがリングの怪異を持っていなかったことだ。
 リングはその都度に怪異を与えていた為、急遽逃げることになったマルディンがそれを手にすることはなかった。
 怪異を持っていたら、リングやロンが出なければマルディンを追うのは難しかっただろう。シェインの力でも一匹倒すには力がいる。
 リングが怪異を渡していないことを知り、ティオは援軍を出さなかった。
 その後、大聖騎士団と共に行動していた薬師達の力もあり、マルディン達を追い詰めるのに成功。

 シェイン達が王都に戻ってこれたのは、花祭りから四日後だった。
 シェインが帰ってきてからも、マルディンの配下の抵抗に大聖騎士団達は休む間もなく戦った。ロンも薬の調合や看護で殆どの時間を費やしていた。

 マルディンは今後法で捌かれ、余罪を含めかなりの重い刑に処されることだろう。
 ロンはリングと共に第二王子の状態や毒に犯された者達の様子を見、二人の作る薬で回復を手伝った。

 そうして二週間が経った後、ロンは出発を決めた。
 父親と共に城を出る日が来たのだ。
 ティオの貸してくれた馬車に父を乗せ、ロンは薬の入った鞄を肩にかけた。王族薬師から選別で頂いた薬もあって、馬車の荷台に兵士がつめてくれた。

「ロンちゃん、今から心変わりしていいんだよ?今すぐ王族専属薬師の称号与えることできるんだからね」
 ティオはわざとらしく涙をハンカチで拭い、さめざめと泣いてみせた。隣で大聖騎士団の服を着たセウとユタが苦笑いをしている。ロンも肩を竦ませた。
「えーと、この間は助けてくれてありがとな。お礼、言いそびれちゃったからさ」
 そう言ってユタは照れながら頭をかいた。ティオが、うちの子がすまなかったねえ。とすぐにからかう。大聖騎士団との仲の良さが分かって、ロンはおかしかった。
「セウのその格好、十年ぶりだね。やっぱりその方がかっこいいよ。顔色も良くて安心した。怪我はだいぶいいの?」
「ああ。ロンがくれた薬のおかげで問題なし。怪我のせいでマルディン討伐にも入れなかったけどな」
 セウは緩やかに微笑んだ。相手にされないティオは、セウの横腹を肘で小突いた。
「本当は、こっちに住んでくれればって、俺も思ってるよ。アンヘル様と一緒にここにいればいいだろって」
 小突かれながらも言う台詞は、苦々しげだ。隣でティオが大きく頷いている。
「でも、決めたんだな」
「セウと一緒に村まで逃げて、あそこで暮らして、私はすごく幸せだったんだよ」
「ロンちゃん、セウは、王都に残るんだよ。村じゃないよ」
 ティオが茶々を入れる。
「戻ってきて久しぶりに見た王都はとても懐かしかったけど、住んでた頃のことを思い出すのはセウと暮らしてた村の方。私には田舎暮らしの方が合ってるんだよ」

 庭園に色とりどりの花が咲き、薬師達は何度も庭に出てその草や花を手にとった。
 村でもロンはずっと同じことをしていた。ここにいても向こうにいてもやることは同じ。
「だから、私は帰る。セウとはお別れだね。今までずっとありがとう。言葉だけじゃ言い表せないけど、セウのおかげで私は生きてこれた。私はセウが好き。だから今まで一緒にいてくれてうれしかった。セウは王都にいていいんだよ。私はもう大丈夫だから」
 ロンの笑顔にセウは何も言わなかった。
 自分がずっとセウに言いたかったこと。それを言えただけで、ロンには十分だった。

「ロンガニア」
 駆けて来たのはリングだ。銀髪を太陽の光に反射させ、キラキラと輝かせた。
「もう、帰るのか」
「うん。私にはもうやることないし。リングもいるからもう大丈夫でしょう?」
「シェインには?」
「…あれ以来会ってなくて。忙しいみたい。それよりさ、あの、大きくなった木、放置しておいて平気?」
 パンドラによって作られた、天に伸びる巨木。雨を降らせた後もそのままで、いきなり成長した木に誰もが驚愕していた。
 リングが手を入れている庭園で起きたことで、巨木が急に現れてもそれなりに納得できたのか、特に問題にはならなかったのが何ともおかしい。
 リングが巨木を作ったと皆が分かっているのだから。
 あの巨木ができたおかげで、前より涼しさが増したと話は聞いたが、今後急な上気の変化は起きず豪雨を引き起こすことはないだろう。巨木が天に伸びたおかげで上昇気流を作り出しただけだ。木自体に雨を呼ぶ力はなかった。
「剪定するのは難しいが、問題はない。木の高さがありすぎて、庭園自体は日陰にならない。 民家は日陰になるが、隙間はある。切れと命令はきていない」
 リングは柔らかな微笑みを見せてそう言った。
 風が流れれば葉も揺れて日は入る。葉の多い夏は日差しを遮って涼を呼ぶだろう。落葉樹なので冬は日差しの邪魔はしない。ただ葉がかなり落ちるので、掃除は大変そうなのだが。

「ルティスの花を咲かせて、お前に持っていく」
 空の色に見つめられて、顔が赤くなるのを感じたが、ロンも笑顔を返した。
「うん。待ってる」
 両手で握手を交わして、ロンは父親の乗った馬車に入り込んだ。手を振る皆にそれを返して、馬車は動きはじめた。
 懐かしい風景、賑やかな王都の中に幾多もの庭園があって、そこだけがゆっくりと時間が流れていた。
 ここは何も変わっていない。きっとこれからも変わりない。
 前と違うのは、またここに戻って来られると言うことだ。戻りたいと思えば戻って来られる。それだけで十分だった。
 ただ、シェインだけが、シェインだけがどこにもいなかった。

「お父さん、寒くない?窓閉めるよ?」
「大丈夫だよ。外を見ていたいだろう。今見れるものもあるよ。花も建物も、人もね」
「お祭りの後片付けも終わって、またいつも通りの生活だけど、みんな忙しそうだね」
 外は日の光が眩しく、ロンは片目をつぶった。開かれた門の下をくぐり、橋にさしかかると涼しい風が入り込んだ。風と共に花の香りがする。
 橋の終わりに近付くと、馬に騎乗する人が見えた。空からの光に照らされて目が眩んだが、鴉のような黒の服にマントが揺らめいているのが分かった。
 銀の光をまとう姿が誰だかすぐに気が付いて、ロンは動いている馬車から飛び出した。

「俺に黙って、王都を出るつもりか?」
 口端で笑う姿はいつだって同じだ。
「だって、シェイン、帰ってこなかった」
「帰ってくるまで待てないか?すぐ一人で決めて一人で動く。だから、俺も勝手に動くことにした。家まで必ず送るって、約束しただろう。忘れたわけ?お前が嫌だって言っても、約束したことは必ず守る」
「シェイン…」

「一緒に帰ろう」

 伸ばされた腕に、ロンはためらわなかった。
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