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40 ー鍵の使い道ー

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「セウは別の場所で休んでいる。お前の言う通りあの店でじっとしているわけじゃなかったけど、会いにいくか?」
 シェインよりセウに説明を求めた方がロンが納得すると思っているのだろう。シェインは遠慮げにそれを提案した。

 ロンは静かに頭を左右に振った。説明を聞きに行っても、セウはきっとシェインと同じことを言うのだろう。
 セウには話を聞きに行くより謝りに行きたい。
 けれど今はまだ泣きはらした顔のままで、この顔を見せて逆に心配をかけたくなかった。落ち着いて話ができるころに、セウにありがとうとごめんなさいを言いに行かなければならない。

 セウは全てを捨てて自分達を助けていてくれた。
 家族のように接して大切にしてくれていた。

 その礼と謝罪と、それから、大好きだと言うことと、もう十分であると伝えなければならないのだ。
 しっかりと自分の口で伝えて、彼を自由にしなければならない。
 前に言いそびれてそのままだった。今度こそちゃんと伝えなければならないのだ。

 シェインはゆるりと頭をなでる。
 落ち着いたロンをまるでなだめるように優しく触れるのだ。
 見上げた顔のシェインの瞳は憂いの色を携えていた。
 深い緑は、自分にとって一番身近な色だ。
 多くの緑に囲まれて育ち、その恩恵を受けてきた。今までだって、これからだってそうだ。緑を捨てて生きるなんてできない。
 会って間もないのに、気付いたらその緑の瞳に吸い込まれていた。もう既に捕われていたのかもしれない。だから、その腕を振り払うなど、ロンには到底できなかった。
 側にあるのが当たり前だと思っていいのだろうか。

 自問自答して、考えるのはやめた。

 漆黒の闇が仄かな光に侵食され、城を囲む塔の鐘が鳴り響くのが聞こえて、ロンとシェインは空に目を向けた。
 朝焼けに鳥のさえずりが響き、いつも通りの朝が来る。川のせせらぎも山から吹く穏やかな風も日々変わることなんてない。
「帰ろう。もう日が昇る」
 シェインの言葉にロンは小さく頷いた。
 変わるのは自分達だけだ。多分これからもずっと変化していくのだろう。

 王都に来てからもう一ヶ月近く経っていた。
 家まで必ず送ると言ったシェインだが、その約束を覚えているのかどうか微妙だ。
 銀色の髪を見やれば、やはりリングに似ているのかな?などとシェインが怒りだしそうなことをちらりと考えて、ロンは握っていた手の平に力を入れた。
 シェインもそれに合わせて握り直す。
 柔らかな笑みはロンに向けたもので、ロンもそれに微笑んだ。

 仲が悪いのはリングがシェインを豹の姿にしてしまったせいなのか。シェインは特にリングへの当たりがきつい。
 リングと言えば誰にでも同じ対応なので、シェインへの嫌悪は見られなかった。少々ティオにはきつめではあったわけだが。
 リングとはまた話途中で別れてしまったので、もう一度話を聞きたいのだが、さすがにそれを口にしたら今度は部屋から出してもらえないかもしれない。
 リングの方が余程冷静で落ち着いている。
 そんなことも言ったら最後、シェインは落ち込んで黙りこくってしまいそうなので、それも口にしては駄目だ。

 何にしろ、リングの元へ行くのはもう無理か。
 彼がマルディンを認めて配下になったわけではないと分かったが、脱線したせいで、彼が今後何をしたいのかが聞けなかった。
 ティオを批判していたので、ティオにつくとは思わない。 だとしたらこれから彼はどうするのだろうか。

 できれば彼としっかり話をしたい。
 これからのことだけでなく、彼の薬草の技術も含めてだ。
 怪異を作る力はともかく、やはり彼には腕があって、パンドラの解読も可能な実力者なのだ。ロンが知らない調薬の仕方もきっと知っているはずだ。その知識をぜひ享受願いたい。
 薬師である自分にとって、それが一番大切なことだった。

 彼と話すには今回の事件を終わらせなければならない。

 マルディンは母親の仇とも言える男。十年経って急に恨みなんて言葉は出てこないが、あの男によって母親が死んだのは事実だった。
 セウを巻き込み、長い間彼を苦しめた。それに、今後彼の生活にまで影響が出るのはごめんだ。草々に終わらしてもらいたいのが本音。
 やはりティオについて協力するしかないのか。それが何とも納得のいかないところなのだが。
 ティオのあらゆる嘘にまとめられた、猿芝居に共演するのもごめんだ。

 ティオの顔を急に思い出して、むしろこちらに腹が立つ。
 王子だと秘密にしてあちこちうろついて、使えるものなら何でも利用するあの悪食。王子だと知ってもうさん臭いのは変わらない。
 早めにティオとは縁を切りたいものだ。これ以上の面倒に巻き込まれる前に。

 だから全く期待していなかった。その場所に連れられるまでは。


 長く続く螺旋階段。薄暗い階段は蝋燭の光だけに照らされていた。
 小さな窓から吹いた風に流れると、映し出された影が踊るように動いた。
 息苦しささえ感じる狭い階段の終わりに、重厚な赤い錆ついた扉が前を塞いだ。
 その前で槍を片手にした兵士は二人。シェインの顔を見て無言でその場を退いた。

 ティオから渡されたご褒美の鍵でその扉の錠を開くと、大仰な音をたてながら廊下とその先を繋げた。
 シェインに肩を押されてロンは部屋に足を踏み入れると、後ろで扉の閉まる音が聞こえて、部屋にいるのが自分と前にいる人だけだと分かった。
 ベッドで背もたれによりかかっていたのは、微かな記憶に残る者とは違っていた。
 こけた頬も、青ざめた顔も、前よりずっと悪くなっている。袖から出ていた腕も骨が浮き出て、肉があるのかも分からなかった。

「お父さん…」
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