上 下
38 / 50

38 ー知らされた事実ー

しおりを挟む
「ヴァル・ガルディも知っていたのだろう。誰がハテロを壊したのか」
 リングの言葉は耳元で届き、それから声は外に発せられた。 
「そうだな、ヴァル・ガルディ第一王子」
 誰かに向けた言葉に、ロンは振り向いた。階段の上で誰かが立っている。

「ティオさん…」
 口元を歪めて微かに目を眇めていたティオが、そこにはいた。
 いるのはティオだけだ。他に人はいない。
 リングが指す王子は一人しかいなかった。第一王子自ら名を偽り、城の外に出て指示をしていたのだ。
 ロンは信じられない思いでティオを見つめた。彼は冷笑し、ただ大きく息を吐くだけだ。
「全く、表に出てこないくせに、何でそんなに情報通なんだい。リング・ヴェル?」
 ティオはやれやれと首を振って近付いた。
「あいにく、私は植物から耳に入ることもある」
「天才薬師の名はだてじゃないねえ」
「あなたは何を考えている、ヴァル・ガルディ殿下。あなたは国が傾きかけても何もしない。オグニ様がマルディンに操られても何もせず、ふらふらと外に出たきり戻ろうとしなかった。なのに今更、国を奪う振る舞いか?」
「お前でもそういうこと言うんだねえ。あれだけマルディンの下で面白いものを作っといて」
「あなたが国を治める気があれば、マルディンはここまで落ちなかった。あなたは分かっていながらわざとマルディンを泳がせたのだろう」
「一掃するなら、丸ごと全部の方が楽でしょう?」
 ティオはけらけら笑う。まるで楽しんでいるかのように。
「それで十年近く放置したわけか。あなたは弟の犠牲にも無頓着なようだな」
「だってお前がついてるでしょ。死ぬことはないと分かっているからね」
「あきれた方だな」
「根が不精なものでね。ーそろそろ、その腕にいる子返してもらえる?うちの子が怒るからさ」
 ティオの言葉にリングがロンを引き寄せた。
 混乱に輪をかけて畳みかけられたようだ。二人の会話すら頭に入れるだけで精一杯で、何から整理すればいいのか分からない。

「おいでロンちゃん。シェインが嘆く。その図は尚更さ」
「知ってたの?私が…」
 言わずともティオは分かっていた。
 動揺も見せずに平然と、ただ平然と口許を歪めて微笑んだ。
「私はね、セウの上役なんだよ。アンヘルを助けたのは、セウが君を連れて戻ってくると信じていたからだ。セウは君を巻き込む必要はないと突っぱねたがね」
「シェインも?」
「…聞きなさいよ、ロンガニア。君がここに来たのは偶然だ。私は君を連れてこいとは命令していない」
 涙がほとほとと溢れてくる。自分は一体何を信じてここまで来たのだろう。
 ティオの言葉など信じられるわけがなかった。ただの最初からずっと、疑いの気持ちでいっぱいだった。セウとシェインがいたから従っていただけだ。
 ただそれだけで、ティオ自身を信用していたわけではない。
「ロンガニア。君をここに呼ぶ予定はなかった。戦いに長けているかも分からない薬師を呼んでも、足手まといにしかならないからね。君の実力は薬という形でしか知らないよ。セウはそれしか私に伝えなかったから」
 足手まとい。例えそうだとして、ティオは気にしたりするものなのか。そんなことも気にもせず、アリアの娘、ひいてはパンドラを使用した者として、利用するのではないのか。
 そちらの方が余程納得がいった。
 今ここで、全てを知っていながら自分に伝えもせず、呼ぶ予定はなかったなどと、信じられるわけがない。
「偶然だ。ロンガニア」
「そんな偶然、信じない」
 もう何も信じられない。信じられるわけがない。

「ロンガニア!」

 リングの腕から離れて、ティオに呼ばれてもその足を止めなかった。
 涙があとから溢れて視界さえおぼつかないのに、それでも階段を駆け下りた。
 いつか真実を話してくれると思いながらシェインについてきた。王都を見たかったのとセウが王都にいるのとで興味があったのもある。
 けれど、シェインが何をしたいのか、何かしているなら力になれればと思った。何も知らずについてきて、単純に役に立てればと思った。

「ロン!」
 その声ですら、今は憎らしい。
「リングはマルディンの配下だと言ったのに、何故奴の呼び出しに応じ…ロン、どうした?」
 走りよって鋭く睨み付けてきたシェインは、ロンの真っ赤な瞳に逆に睨まれて問いに変えた。
 ひどく自棄な態度でロンは無造作に手で頬をこすり、シェインの脇を過ぎ去ろうとする。
 シェインは咄嗟にロンの腕を掴んだが、怒りに満ちた表情をされて何事かと動揺した。

「放して」
「ロン、どうした?何があった?」
 何も分からないとシェインは腕に力を入れる。
 振り払おうとするロンはシェインを押しやった。それでも放すまいとシェインは無理に自分に顔を向けさせた。あとから溢れる涙は尋常ではない。
「一体、何が…」
「知っていたの?知っていて、私を連れてきたの?私を利用するつもりだった?パンドラを私に解読させるつもりだったのっ?」
 矢継ぎ早に言われた言葉と悲痛な叫びは、シェインの顔色を変えさせた。
 言葉を失ったのはシェインも同じだ。何かを言おうとして言葉を止めた。ロンはそれを見て、とられた腕を何とか振り払おうとする。

 シェインは知っていた。
 初めから自分が誰なのか、何をしてあの家にいたのか、全てを知っていた。
 知らなかったのは自分だけだ。
 何も知らず、ただうろんに力を貸そうなんて馬鹿なことを思っていたのだ。
 それが何よりも悔しい。

「…お前に会ったのは偶然だ…」
「信じない!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

処理中です...