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32 混乱
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カリスは二年後の離婚について謝罪をし、これからのことを考えてほしいと訴えた。
机に頭をぶつけると、ゴン、と響きの良い音がした。
「奥様!? 体調が悪いのですか!?」
「奥様!? お疲れでは!?」
「いえ、なんでもないのよ。ぼんやりしていただけ。あ、ちょっと散歩してこようかな」
「屋敷に戻ってから薬草作りに専念されているので、お疲れなのでは?」
「そうですよ。旅行から帰ってきてから、熱心に薬草を作られて」
メイドたちに心配されながらも、エヴリーヌは頭をなでながら苦笑いをして外に出る用意をする。
無心で薬草を作っていたが、急にカリスの顔が浮かんで、頭が爆発しそうになるだけだ。とは言えない。
(部屋を片付けておいたのに、また戻ってくるとは思わなかったのよ)
カリスは幼い頃助けてくれた少女を想っていた。想っていたというよりは、辺りに群がる女性たちに辟易して、昔助けてくれた少女を神聖視していただけだ。古き良き思い出は、嫌な経験によってより良い思い出へと変化した。
良い思い出として記憶されていたが、それが人違いで、エヴリーヌだとわかったのである。
それだけ聞けば、勘違いで結婚を拒否していたのだから、憤りを覚えても良いだろう。いくら女性たちに嫌悪を持ったからといって、決められた結婚を身勝手に終わらせようとしたのだから。
しかし、それとは関わらず、助けた少女がエヴリーヌと気づく前から、エヴリーヌに惹かれていた。
「奥様!?」
外を歩いていたら生垣に顔から突っ込んで、メイドたちが一斉に声を上げた。
「ぼんやりしていただけよ。大丈夫だから。少し、一人にしてくれる?」
渋々離れていくメイドたちを見送って、エヴリーヌは大きく息を吐いた。
あの告白の後、ぎこちなくしているエヴリーヌに気を遣い、カリスは帰りの馬車は一人が良いだろうと言って、馬に乗って帰ってきた。馬車の中で二人は気まずかろうと思っての行動にありがたかったが、その後も顔を合わせづらい。
「だって、私が好きだった? アティじゃなかったの? しかも、結婚してから惹かれたって!」
理解できない。一体いつからそんなことになっていたのか。
演技だと思っていた行動が、実はそうではなかったということになる。
ゴン、と木に頭突きして、エヴリーヌは木の根元にへたり込んだ。
「ど、どうすればいいの? なんて応えれば」
二年で神殿に帰るつもりだった。それを寂しく思っていた。カリスがアティのことを想っていると考えるだけで、胸が痛んだような気がした。しかし、もう二年で離婚しないでよくなるかもしれない。
「離婚しないでいいのよ。それはつまり、私にとって良いことなの、かしら?」
ふと考えて、座り込んだまま想像する。離婚はなかったことにして、公爵夫人として生活する。今とそう変わらないわけだ。
結婚と聞いて最初は唖然とした。どうして自分が? そして相手はあのカリス・ヴォルテール公爵子息。実物は知らないが、巷で有名な噂の良い男。しかし、実際に会ったら、好きな人がいて離婚したいという始末。
なによ、それ。どういうこと。王の命令で結婚しろと言われて会ったのに、本人は偽装したいと言う。
腹が立ったが理由を聞いて納得した。切実な願いに、理解を示した。
だから、二年での離婚を了承したのだ。
「うん? ちょっと待って。私はどうしてつらかったのかしら」
一度振り返ってみる。
「アティのこと想っているのを見るのは、妻としてはつらいじゃない? だって、今後愛されることはないとわかっているから。二年で離婚と決まっているから。神殿に帰らなきゃいけないから。でも、それだけだったら、別に良くない?」
アティに片思いをしているのがわかり、気を遣わなければならなかった。二年で離婚するのだからと言い聞かせていた。それはちょっとつらいなあ。と思っていたわけだが、ではどうしてそんな心が重かったのだろう。
「いい人よ。二年で離婚とか言うのはおいておいて、それ以外はとてもいい人よ。だから、やっぱり寂しいわよねーって、なってたのよ。でもちょっと待って。それが早まるかもしれないってなって、なんで私は切なくなっていたの?」
妻として扱ってもらえないことに寂しがっていたのだろうか。気を遣ってくれる夫なのだから、つらいものではないのに。妻となったからには愛されたいと思っていたからつらかっただろうが、離婚後の条件は悪くなかった。誰かを好きな夫と過ごす方が、よほどつらいことなのだから、さっさと離婚した方が良いではないか。
そこまで考えて、再びゴン、と頭突きをする。額を木にぶつけたまま、エヴリーヌはしばらく考えて、そのうちその頭が熱くなるのを感じた。
「私、カリスが好きなの?」
そう口にした瞬間、顔から火が出そうになった。
いい人と言い続け、好きになっては駄目だと思い続けていたせいで、その考えに及ばなかった。いや、あえて考えないようにしていた。
「好きなのかしら? ちょっと待って。人を好きになったことなんてないから、わかんないわよ!」
妻になるのに妻として相手にされないことがわかって、落胆していたのはたしかだ。両親と違って、結婚しても離婚が決まっており、自分は幸せになれないのだと。
ならば、もし自分がカリスを好きならば、そのまま返事をすればそれで円満解決だろう。けれど、はっきりとはわからない。
公爵夫人になることについて王に決められたのだからと諦めつつ、噂の良いカリスが相手で力が入っていたのに、二年で離婚を告げられた。緊張で力んでいたのに力が抜けて、心が切なくなった。それだけではないのだろうか。
「私って、恋愛不適合者なのかしら」
自分の気持ちがわからない。切ないと思っていたのは、カリスが好きだからだろうか。
机に頭をぶつけると、ゴン、と響きの良い音がした。
「奥様!? 体調が悪いのですか!?」
「奥様!? お疲れでは!?」
「いえ、なんでもないのよ。ぼんやりしていただけ。あ、ちょっと散歩してこようかな」
「屋敷に戻ってから薬草作りに専念されているので、お疲れなのでは?」
「そうですよ。旅行から帰ってきてから、熱心に薬草を作られて」
メイドたちに心配されながらも、エヴリーヌは頭をなでながら苦笑いをして外に出る用意をする。
無心で薬草を作っていたが、急にカリスの顔が浮かんで、頭が爆発しそうになるだけだ。とは言えない。
(部屋を片付けておいたのに、また戻ってくるとは思わなかったのよ)
カリスは幼い頃助けてくれた少女を想っていた。想っていたというよりは、辺りに群がる女性たちに辟易して、昔助けてくれた少女を神聖視していただけだ。古き良き思い出は、嫌な経験によってより良い思い出へと変化した。
良い思い出として記憶されていたが、それが人違いで、エヴリーヌだとわかったのである。
それだけ聞けば、勘違いで結婚を拒否していたのだから、憤りを覚えても良いだろう。いくら女性たちに嫌悪を持ったからといって、決められた結婚を身勝手に終わらせようとしたのだから。
しかし、それとは関わらず、助けた少女がエヴリーヌと気づく前から、エヴリーヌに惹かれていた。
「奥様!?」
外を歩いていたら生垣に顔から突っ込んで、メイドたちが一斉に声を上げた。
「ぼんやりしていただけよ。大丈夫だから。少し、一人にしてくれる?」
渋々離れていくメイドたちを見送って、エヴリーヌは大きく息を吐いた。
あの告白の後、ぎこちなくしているエヴリーヌに気を遣い、カリスは帰りの馬車は一人が良いだろうと言って、馬に乗って帰ってきた。馬車の中で二人は気まずかろうと思っての行動にありがたかったが、その後も顔を合わせづらい。
「だって、私が好きだった? アティじゃなかったの? しかも、結婚してから惹かれたって!」
理解できない。一体いつからそんなことになっていたのか。
演技だと思っていた行動が、実はそうではなかったということになる。
ゴン、と木に頭突きして、エヴリーヌは木の根元にへたり込んだ。
「ど、どうすればいいの? なんて応えれば」
二年で神殿に帰るつもりだった。それを寂しく思っていた。カリスがアティのことを想っていると考えるだけで、胸が痛んだような気がした。しかし、もう二年で離婚しないでよくなるかもしれない。
「離婚しないでいいのよ。それはつまり、私にとって良いことなの、かしら?」
ふと考えて、座り込んだまま想像する。離婚はなかったことにして、公爵夫人として生活する。今とそう変わらないわけだ。
結婚と聞いて最初は唖然とした。どうして自分が? そして相手はあのカリス・ヴォルテール公爵子息。実物は知らないが、巷で有名な噂の良い男。しかし、実際に会ったら、好きな人がいて離婚したいという始末。
なによ、それ。どういうこと。王の命令で結婚しろと言われて会ったのに、本人は偽装したいと言う。
腹が立ったが理由を聞いて納得した。切実な願いに、理解を示した。
だから、二年での離婚を了承したのだ。
「うん? ちょっと待って。私はどうしてつらかったのかしら」
一度振り返ってみる。
「アティのこと想っているのを見るのは、妻としてはつらいじゃない? だって、今後愛されることはないとわかっているから。二年で離婚と決まっているから。神殿に帰らなきゃいけないから。でも、それだけだったら、別に良くない?」
アティに片思いをしているのがわかり、気を遣わなければならなかった。二年で離婚するのだからと言い聞かせていた。それはちょっとつらいなあ。と思っていたわけだが、ではどうしてそんな心が重かったのだろう。
「いい人よ。二年で離婚とか言うのはおいておいて、それ以外はとてもいい人よ。だから、やっぱり寂しいわよねーって、なってたのよ。でもちょっと待って。それが早まるかもしれないってなって、なんで私は切なくなっていたの?」
妻として扱ってもらえないことに寂しがっていたのだろうか。気を遣ってくれる夫なのだから、つらいものではないのに。妻となったからには愛されたいと思っていたからつらかっただろうが、離婚後の条件は悪くなかった。誰かを好きな夫と過ごす方が、よほどつらいことなのだから、さっさと離婚した方が良いではないか。
そこまで考えて、再びゴン、と頭突きをする。額を木にぶつけたまま、エヴリーヌはしばらく考えて、そのうちその頭が熱くなるのを感じた。
「私、カリスが好きなの?」
そう口にした瞬間、顔から火が出そうになった。
いい人と言い続け、好きになっては駄目だと思い続けていたせいで、その考えに及ばなかった。いや、あえて考えないようにしていた。
「好きなのかしら? ちょっと待って。人を好きになったことなんてないから、わかんないわよ!」
妻になるのに妻として相手にされないことがわかって、落胆していたのはたしかだ。両親と違って、結婚しても離婚が決まっており、自分は幸せになれないのだと。
ならば、もし自分がカリスを好きならば、そのまま返事をすればそれで円満解決だろう。けれど、はっきりとはわからない。
公爵夫人になることについて王に決められたのだからと諦めつつ、噂の良いカリスが相手で力が入っていたのに、二年で離婚を告げられた。緊張で力んでいたのに力が抜けて、心が切なくなった。それだけではないのだろうか。
「私って、恋愛不適合者なのかしら」
自分の気持ちがわからない。切ないと思っていたのは、カリスが好きだからだろうか。
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