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5−3 貴族が嫌になった理由

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 瞳の色が同じだとか、髪色が同じだとか、そんなことで大聖女を名乗れるわけではない。その大聖女がたまたま金の髪と金の瞳をしていただけだ。
 現在の聖女の中で、アティとエヴリーヌが一、二を争う力の持ち主だと言われてはいるが、だからと言って大聖女と同格にされては困る。

「その大聖女って、誰が言ったんですか?」
「王から聞きました。大聖女候補を二人、公爵家に嫁がせると」

 なるほど、理解した。国民の不満を緩和させるために、大聖女候補二人としたわけだ。
 もしかしなくとも、都ではそんな噂になっているのだろう。大聖女を連呼していた理由がわかった。

(荷が重すぎない? 王は聖女にすべてを託して、国民の不安を消し去る気だわ)

 これで、二年で離婚できるのか? カリスはそのつもりだが、王が許さない気がする。
 利用できるならば、なんでも利用する。その心が見えてきて、寒気を感じた。

(だから嫌なのよ。貴族を相手にするのは)

 その昔、エヴリーヌが幼い頃、都で聖女として癒しを行っていた時、自分の屋敷に連れ込もうとした貴族がいた。
 平民だと侮っていたのか、並んでいた人々を押し除けて、エヴリーヌを拉致しようとしたのだ。
 一人息子の病が思わしくなく、死んでしまいそうだったからというのが理由だった。
 しかし、その貴族の男は落ち着くようにと道を遮った神殿の者を蹴り付け、聖騎士相手に自分の騎士を向かわせた。

 その男は侯爵で、聖騎士たちも手向かうことができず、エヴリーヌは引きずられながら侯爵家に連れていかれた。
 子供はエヴリーヌと同じくらいの年で、たしかに命が危険な状況だった。必死で男の子を助け、治療すれば帰れると思ったが、まだ目覚めない男の子のために、侯爵はエヴリーヌを監禁したのだ。

 病は完全に治療したが、体力が戻らず目が覚めない。数日で目が覚めるとわかっていたが、侯爵はエヴリーヌを叱咤し、殴りつけもした。

 その時の恐怖が心的外傷となり、一時期大人の男を見るだけで恐怖に苛まれるほどだった。
 それが落ち着くのには時間がかかった。森の奥深くで野生動物たちと戯れて、聖女の仕事を放棄していたくらいだ。

(それから貴族の相手するの、嫌になっちゃったのよね)
 王の命令で公爵家に嫁いだが、やはり碌でもない理由だったなと、思い知らされる。

「アティは大丈夫かしら」
「なにか言ったか?」
「いえ、神殿の許可なく行って、大丈夫だったかしら?」
「それならば、連絡はしておいた。王も特に問題はないと言われるだろう。神殿の権威を高めるためにも、良いことだと思う。それよりも、疲れていないか? どこかで休憩をしたらどうだろうか。あんなに魔力を使ったのだし、疲労もあるだろう」
「大丈夫よ。あの程度ならば力を使ったことになりません」
「あれで? 大聖女候補は都の聖女たちとは比べものにならないんだな」

 カリスは元神殿の聖騎士だ。都の神殿に通っていたので、都の聖女の力量はわかっているのだろう。魔物と対峙しないため、彼女たちの力が少ないことはエヴリーヌも知っている。
 地方であの程度で音を上げていたら役に立たない。都の神殿も改革する必要がある。王はきっとその気だ。

「人々はあなたに感謝するだろう。神から与えられた聖女の力を目の当たりにし、あなた方の前に膝を突くはずだ」
「大げさよ」
「屋敷内の声もすぐに収まるはずだ。あなたの所業を悪く言う者はいない」

 知っていたのか。カリスに振り向くと、申し訳なさそうに目をすがめていた。咎めて口に出す者を止めるより、エヴリーヌの行いで黙らせた方がいいと判断したのだ。

(外に出るのを止めたくせに、結果を考えて手伝ったってこと?)

 アティを望む声が屋敷で多い中、エヴリーヌが平民を癒しに街に出た。屋敷の関係者を治療したのだから、これからその噂が屋敷内で囁かれるだろう。
 わざと騒ぎにするようにカリスが出てきたのか。

(甘っちょろい男だと思ってたのに、案外考えてるのね)

「気分を害しましたか?」
 性格がいいというのは間違いではないだろう。耳の垂れた子犬みたいな顔をして、怒られるのを怯えて待っている。
 エヴリーヌが知っている貴族とは、少々違うのかもしれない。

「怒ってませんよ。別に気にしてないですから。うるさいなとは思いますけど」
「なにかある前に、必ず私に言ってください。あなたの存在を自ら証明した後、文句を言う者はいないでしょう。いれば公爵家から追い出します」
「その気持ちだけで十分です」
「本気ですよ」
「その本気を敬語に使わないでいいですからね」

 笑って返せば、カリスは恥ずかしそうに口を閉じた。どうしても敬語が抜けないらしい。
 いい人なのだろう。エヴリーヌにはもったいない。アティと共に生きられればよかったのだろうが、運がなかった。

 貴族なんて碌でもないと思っていたが、公爵家でこんな人に会えるとは思わなかった。

(この人に惚れてはだめよ。二年後には離婚するのだから)
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