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12 カリスとシモン

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 エヴリーヌは聖女である。魔物討伐だけでなく、村などで人々の治療に駆り出されることがあるので、とても忙しい。決して、公爵家の居心地が悪いわけではない。

「手伝いに来ました!」
 また来た。シモン・エングブロウ侯爵子息。いつも通りの笑顔を振りまいて、エヴリーヌにうやうやしく挨拶をした。手をとって、口付けなくていい。

「エングブロウ卿。侯爵子息ともあろう方が、神殿にいつも来ていて、侯爵はなにも言われないの?」
「放任なので、問題ありません。聖騎士の試験はもうすぐなので、王の許可を得ずに神殿に来られるようになりますから、心配しないでください」
 心配などはしていないが。

「どこかの公爵とは違い、許可を得る必要がなくなりますね」
 ニヤリと微笑んだ先、また頭の痛くなる人がいて、エヴリーヌは頭を押さえた。

「カリス、あなたも大丈夫なの?」
「手伝いに来ました」
「また、王に許可を、わざわざもらい?」
「王にはもう許可を得ていない。自由にしろと言われているからな」
 シモンが意地悪く問うと、カリスが鼻で笑う。シモンは微笑んでいるが、どこか薄寒い空気が流れた。

(なんなのよ、もう)

「カリス、忙しいのでしょう? 結婚のために急に公爵を継ぐことになって、引き継いだ仕事が大変だと聞いたわ」
「誰からそれを?」
「ええーと、」

 笑っているが、顔が怖い。名前を伝えれば、あとでカリスに怒られるのがわかって、名前は伏せておく。どうせあいつだろうと呟いたので、バレているようだが。

「今日も討伐ですね。お供します」
「今日は神殿の周囲ですから、そこまで大変ではないわ。あとは村に行って、村の人々の治療をするだけよ」
「それならば、早く終わらせて屋敷に戻ろう」
 カリスは微笑みをたたえると、エヴリーヌの手を取る。その手を握ったまま、歩くように誘導した。

(どうしちゃったの、この人?)
 明らかにシモンを敵対視している。公爵夫人に付きまとっていれば、それは邪魔したくなる気持ちはわかるが、神殿で仕事をしているのだから貴族たちの口には上がらないだろう。

「またいるのかよ」
 今度はビセンテが毒付いた。二人とも微笑んで、エヴリーヌの隣を陣取る。

 一体全体、なぜこんなことになってしまったのだろう。






「アティは来ないって言った方がいいかしら」
「なにか言ったか!?」
「なんでもないわよ。ビセンテ。思ったより早く終えられたわね」
「今日はたいしたことなかったな。まあ、あいつらがいるからだろうけど」

 聖騎士の他にシモンと、カリス、公爵家の騎士たちが混じっている。公爵家の騎士たちも聖騎士になれるくらいの実力を持っていた。聖女に平民が多いのと同じで、神殿で働くより高位貴族の騎士になった方が身分も給料もよいのだ。わざわざ聖騎士になる必要はない。実力で言えば、そこまで変わらなかった。ただ、魔物と戦った経験がなければ、危険が多くなる。

 公爵家の騎士たちは魔物討伐に慣れているのか、そこまで難しい戦いはしていなかった。ビセンテに比べれば実力は落ちるが、それでも戦力になる。

「ありがたいやら、複雑な助っ人だな」
「早く終えられるならばいいわ。私は先に村に降りるわね」

 魔物討伐を終えて、次は村へ向かう。定期的に聖女が村に訪れて、人々の治療や体調管理の手伝いをするのだ。そこに公爵と侯爵子息を連れていくのは、いささか不安がある。身分が高い人が来ると、村の人々が萎縮するだろう。

「村に行かれるんですか? お供します」
「エヴリーヌ。必要なものがあるならば、すぐに公爵家から送らせるが?」
 いちいち対抗しなくていいのだが、二人はなにかあればいがみ合う。今も睨み合って、火花が見えるようだった。

「必要ないので、村の外で待機していてくれる? 聖騎士ではない貴族が多いと、村人たちが驚いてしまうから」
 二人黙らすにはこれしかない。素っ気なく言うと、二人とも肩を下ろした。

(なんで対抗しあってるのかしら。シモンはともかく、カリスまで。無理をして神殿に来なくてよいのだけれど)

 神殿にいればいつかアティが来ると思っているのだろうか。それならば、アティに来るように聞いてみようか。
 最近会っていないので、手紙でも出そうかと算段する。

 カリスは罪悪感でいっぱいだ。そのための努力を惜しまない。公爵家の引き継ぎで苦労があるはずなのに、おくびにも出さない。それは嬉しく思う反面、公爵家の者たちに恨まれるので、ある程度で満足してほしいとも思う。

 公爵家に戻れば、エヴリーヌの相手をしようと部屋までやってくる。庭園にいれば、すぐに部屋を飛び出してくる。
(執務室から庭園が見えるから、見つけやすいんでしょうねえ)

 献身的な夫。妻のために自分の時間を費やす。疲れているのだから、無理はしてほしくない。屋敷の者たちもそう思っているだろう。まだエヴリーヌにカリスを止めるよう言ってこないが、これが続くようなら体を壊すからやめさせろとでも頼みにきそうだ。

 初夜に考えた、夫婦に見せるべき努力することを、真面目に実行している。
 あんなこと、紙に書かなければよかった。

「エヴリーヌ様。都の偉い貴族様にお嫁に行っちゃったんじゃないの?」
 村人たちを診ていると、母親と一緒にきた女の子が不思議そうに問うてくる。

「こら。エヴリーヌ様は忙しいのに来てくれてるのよ」
「いいのよ。みんなが元気になるように、見張りに来たのよ。ちゃんと眠る時間に寝てるかしらあ?」
「眠ってるよ! だって起きてたらお化けが出るんでしょ!?」
「そうよ。早く寝ろお化けが来たら、お母さんとお父さんが驚いちゃう。お化けのせいで、お母さんとお父さんが疲れちゃうかもしれないわ。お母さんの病気が悪くなったら嫌でしょ?」
「ちゃんと眠ってるもん!」
「偉いわ。じゃあ、お母さんの体に悪いところがないか、ちゃんと診ないとね」
「ありがとうございます。エヴリーヌ様。公爵夫人になられたというのに」
「なにも変わらないわ。定期検診の時期には、ちゃんとこの村に来るからね。体調がおかしいと思ったら、すぐに神殿に連絡してよ? 最近寒くなってきたし、魔物も増えているから、体に影響があるといけないわ」

 集まってきた村人たちを一人ずつ診て、癒しをかける。薬草も作ってあるので、聖女たちが配り歩いた。聖女の仕事の一つは、癒しだけでなく、体の不調がないか確認することだ。これによって、格段に病になりやすい者を減らすことができている。

 悪意のある者がいる時もあるが、都に比べればずっと少ない。間違ってもいきなり人を引っ張って、殴りかかってくる人はいない。シモンの父親のような男は貴族に多かった。都ではアティも苦労があるだろう。アティと結婚しようと、無理に屋敷に連れ込もうとした男もいたという。

 それでもアティは都へ行った。理不尽に借金の返済で男に嫁がされるのを避けるためとはいえ、似たような奴らが山のようにいる貴族の多い都に。
 アティには忍耐力、強い精神力もある。エヴリーヌには耐えられなかったことを、アティは耐えているのだ。

 そのアティは地方には来ないので、カリスにとって物足りないだろう。エヴリーヌの言う通り、村の外で待機しているカリスは、遠くからでもこちらを見て待っている。

(もう暗くなってきたわ。今日、帰すのは難しいわよね)

 転移魔法陣に魔力を注ぎ込むのには時間がかかる。今日は無理だろう。転移魔法陣が動かなければ、公爵家に帰れない。
 今日は神殿に戻るので、野宿はなく、神殿の客用の部屋が使える。それだけが救いか。そう何度も公爵を野宿させるのは忍びない。

 それに、カリスはお詫びと言って、神殿に何度も寄付をしていた。神殿長が喜び勇んで、魔石を大量購入しようとしていたくらいだ。

 公爵家の援助が受けられる。それだけでも、エヴリーヌが公爵家に嫁いだのは意味があったようだ。寄付金で神殿に関わる者たちの給料が上がる。公爵家の支援が増えたおかげで、喜んでいる者は多い。
 それを王の手下と言っている者もわずかにいるが、恩恵を受けられる者たちは感謝している。

 カリスが王の臣下として神殿をうろついていると思う者もいるだろう。地方の神殿を蔑ろにできなくなる理由になるかもしれない。もしかしたら、それも狙っているのだろうか。

(アティがいないのに来てくれているから、王から神殿に行けるだけ行けと言われているかもね)
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