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6−3 聖女の仕事

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「エヴリーヌ。調子はいかがですか?」
「カリス!? 来てくれたんですか!?」
「村人の物資が足らなそうだと聞いたので、物資を持ってきました」

 誰がそんな連絡をしたのか。そんなことをするのは、公爵の騎士しかいない。状況をカリスに伝えていたのだろう。カリスは足りなかった食料をわざわざ持ってきてくれたのだ。

 早朝、食事を終えて、残りの魔物の追跡するために山へ向かおうとした時、団体様がやってきた。この土地の領主の兵士が来たと思えば、まさかのカリスだった。こんなところまで来てくれるとは思いもしなかった。

「お仕事の邪魔をしてすみません。魔物の数が多かったと聞いたので、居ても立っても居られず」
「それは、ありがとう。あのでも、まだこれから魔物の追跡をするから」
「魔法の使える騎士たちも連れてきています。微力ですがお手伝いさせてください」

 そんな、項垂れた子犬みたいな顔をしないでほしい。しかし、これも夫婦の仲を見せつけるという技ならば、断る理由がない。

「ビセンテ、公爵家の騎士たちもついてくるわ。前方は聖騎士で固めてちょうだい。後方は彼らに任せるから」
「魔物相手に戦えるのかよ」
「神殿の聖騎士だった者もいる。魔法を使って魔物を倒すことは可能だ」
「公爵が聖騎士だったのは聞いたが、邪魔になるようなら追い返すぞ」
「公爵閣下に対して、なんという態度!」

 カリスとビセンテの間に、騎士がいきり立って入り込もうとする。それをカリスが止めて、邪魔ならばすぐに撤退すると約束した。謙虚な態度に、ビセンテも頷くしかない。

「後ろからついていくわ。カリス、山に登るので馬は置いていってください。相手は地の中から飛び出してくる種類なので、馬では魔物の気配に気づきにくくなるの」
「わかりました」

 もう敬語を話すなという約束を忘れている。緊張しているようではないが、聖女に対しての態度がそうさせるのだろう。アティに対して一目惚れでも、聖女として敬っているのかもしれない。そういった男は聖騎士に多かった。

 カリスもその手合いの男なのかもしれない。一緒に仕事をしていくと、聖女の本性がわかるわけだが、アティは魔物討伐には出ないので、アティの本性が気づかれることはない。

(あの性格の方が素敵な子だから、バレたって平気でしょうけれど、驚きはするわよねえ)

「エヴリーヌ、支援をする聖女はあなただけなんですか?」
「他の子たちは待機して癒しを行う方が効率がいいの。今日は残りの魔物を追うだけだからね。聖女は防御魔法が使えるから、魔物が来ることを考えて村人を守ってもらった方がいいのよ」

 人々の治療があるならば、聖女たちはそちらに回したい。聖騎士も自分たちを癒すことはできる。戦闘に連れていくのは遠くまで移動する時だ。近場では聖女は連れていかないことが多い。エヴリーヌは特別だった。攻撃魔法も補助魔法も難なく使えるので、戦いの手伝いができる。

 だから聖女は安全な場所で待っていることの方が多いのだ。
 そう言おうとして、はたと気づいた。カリスが言いたいのは、エヴリーヌのことではなく、アティのことではなかろうかと。

(そもそもアティは討伐に帯同しないのよ。それを知らないとか? 貴族から呼ばれることが多いから、遠くまで行けないのよ)

 だからこんな辺ぴなところまでやってきたのか。神殿から来たはずなので、許可を得てわざわざ公爵家の騎士を伴ってきたのだ。どうしてここまでしてくれるのだろうと、本気で考えてしまっていた。なるほど、アティに会いにきたのだ。
 申し訳ないが、アティはいない。自分だけが聖騎士たちと行動を共にするのだ。

(アティいないんだよねー。なんて言えないわね。変な期待しちゃったわ)

「隊列を崩すな! 四方を確認!」

 魔物たちの咆哮が聞こえて、ビセンテが大声を上げた。聖騎士たちがすぐに反応し、剣を手にする。緊張した空気が漂う中、山の上から駆け降りてくる黒いものが見えた。

 ビセンテたち聖騎士が魔法を放つ。炎を飛ばしてくる魔物に氷の魔法を当てた。その攻撃を避けた魔物が、走りながら飛び込んでくる。素早い動きだが聖騎士たちも負けていない。向かってくる魔物を切りつけた。

 エヴリーヌはその隙に保護魔法をかける。火に強くなる魔法だ。ついでに補助魔法もかける。剣の力強さが増す魔法だ。背後からもやってきた魔物に、カリスの騎士たちが対応する。カリスも焦ることなく、魔物の首を切り落とした。硬い皮膚を持った魔物なのに、カリスは軽々と切り捨てる。

 聖騎士だったというのは伊達ではなさそうだ。都の聖騎士が魔物討伐に参加するなど聞いたことはなかったが、都から離れた公爵領に魔物が出ることはあるだろうし、戦い慣れているのかもしれない。

(これは、後方支援がやりやすいわね。私が攻撃に加わる必要がないわ)

 人数が多く、騎士たちも聖騎士に負けず劣らず、魔物を傷つけている。魔物との実践に慣れていないのか、聖騎士に比べて倒す時間は長いが、確実に魔物を仕留めた。
 怪我をする者もいるが、エヴリーヌがすかさず癒しの魔法をかける。遠くにいても援助はできるので、エヴリーヌは騎士たちを見るだけでよかった。

 あっという間に終えられて、ビセンテも文句のつけようがないと、しぶしぶ礼を口にする。

「まあ、助かりました。物資も。領主の手伝いより早かったんで」
「役に立てたのならばよかった」
「エヴリーも助かった。攻撃系がいるのといないのと、負担がまったく違うからな」
「またなにかあったら連絡ちょうだい。すぐに来るから」
「助かるよ。すぐ呼び出すわ」
「早めにくれないと半日遅れて到着するからね」
「わかってる」

 別れの挨拶にお互い手を合わせる。単純なおまじないだ。次もまた会えますようにという意味を込めて、手のひらを合わせるのだ。軽く握ってくるビセンテと笑い合って、エヴリーヌはカリスの馬に乗った。行きは馬車でここまで来たのだが、山道で居心地が悪かったので、馬に乗せてもらう。

「仲の良い聖騎士なのですね」
「同じ年に神殿に入ったので、古い友人なの」
「そうですか……」
 なにか悪いことでも言っただろうか。背後でカリスの声音が低くなったように聞こえた。問題はないと思うのだが。

「今日は、わざわざ来てくれてありがとう。助かりました」
「いえ、公爵家に入って初めての討伐でしたし、危険という話があとで届いたので」

 騎士の報告が大げさだったようだ。アティの心配をして、急いで公爵家から出てきたのだろう。
 それなのに、アティがいない。討伐にアティは出ないと伝えておいた方が良いかもしれない。また討伐があってカリスが来たら、さすがにかわいそうだ。

「あの、」
「硫黄の香りがしますね」
「あ、温泉の匂いね。近くに入れるお湯があるのよ。この辺りは匂いがきついかもしれないわ。気になります?」
「いえ、昔、入ったことがあります」

 それは珍しい。貴族は天然温泉など嫌がるものだが。騎士たちは嫌がっていたのに。
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