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5−2 貴族が嫌になった理由
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「病気で苦しんでいる者でも身近にいるの?」
「母が……」
「連れてこられるようなら。いえ、私が向かっても良いのならば、治療を施すわよ? 地方の仕事に呼ばれない限り、私は暇があるのだし」
「よろしいのですか!?」
庭師の男が食いついてきた。そのための聖女なのだから、使うのは当然だと思うのだが、都はそうではないらしい。
地方ではその辺を散歩しているだけで、癒しをくれと願ってくる者に会う。その場その場で行うのが通例だ。大きな災害で派遣されることはあっても、神殿に常駐しているのが常なので、遠くからやってくる者たちもいる。
平民が都から来るのは難しいため、都にも神殿があるわけだが、それが役に立っていないのだ。王は無能すぎではないだろうか。
(だからこそ、王が交代したんでしょうけど)
「今から行きましょう。重病であるならば早い方がよいわ」
「あ、ありがとうございます!」
それくらい普通のことなのに。庭師の男が感無量と地面に膝を突いて祈りだすので、他の者たちも同じように声を出しはじめた。
「何事ですか!?」
あまりに騒ぐので、カリスが来てしまった。エヴリーヌが今の話をすると、眉間に皺を寄せる。
「なにかまずいことでもあるのかしら?」
「そうではないが、それならば連れてくる方がよいだろう。あなたが直々に行くわけには」
「病人を連れてこいなんて、無理でしょう? 体調が悪いのに歩けと言うんですか?」
「それはそうですが。あなたが街に行ってあちこち移動するよりは」
「問題ありませんよ。カリスは私に聖女としての役目を果たすなと言いたいのですか?」
「失礼しました。ならば、私が一緒に参ります!」
なぜそうなる。カリスは体調不良の者たちが身近にいる者を呼び寄せて、その場所を確認した。平民の住むところによっては道が細いため、馬まで出してきた。
妻であるエヴリーヌに恥をかかせないためか、反論には誠実に応えてくれる気だ。
そこまでしないでいいのに。馬ならばエヴリーヌも乗れる。わざわざカリスがついてくる必要もない。
そう思ったが、カリスは行く気満々だ。
癒しをかければ、別の人がやってくる。道端で聖女が癒しを行っていると耳にして、人々が狭い路地に集まってきた。
「エヴリーヌ! 広い場所に移動しましょう。このままでは押しつぶされてしまいます!」
カリスが公爵家の騎士を使って人々を押し除けた。そんなことをしたら怪我人が出るだろう。
ここまで平民たちが癒しの力を求めるとは思ってもみなかった。だからカリスが止めたのかもしれない。
押し合いへし合いになる前に終わらせた方がよさそうだ。
「カリス、大丈夫よ。少しだけ下がってください」
「なにをする気で、」
一人ずつ行う方が細部まで診られて良いのだが、言っていられない。エヴリーヌが空に手を伸ばすと、その手の中がパッと光り。周囲を照らした。空に魔法陣が浮かび、光が飛び散る。
「癒しだ。怪我が治った!」
「私もよ! 気分が良くなったわ!」
「聖女様」
「大聖女様だ」
「大聖女様!」
集まっていた者たちが一際大きな声で叫びはじめた。久しぶりに感激されて、エヴリーヌは苦笑いしそうになる。都の聖女事情は思ったより問題らしい。
(大聖女は大げさよ)
「カリス、次の場所に行きましょう、って、カリス!?」
「エヴリーヌ。私からも礼を言わせてください」
カリスが膝を突いて礼を言いはじめる。カリスまでそんな真似をしなくていい。コバルトブルーの瞳がこちらに向いて、じっと見つめてきた。熱い視線にのけ反りそうになる。そこまで心酔するように仰がないでほしい。イケメンの視線は威力がある。
「カリス、立ってください。これが私の役目です。次に行きましょう」
「わかりました。皆、道を開けよ。聖女が通られる!」
煽らないでいい。カリスはうやうやしくエヴリーヌの手を取ると、馬に乗せた。恥ずかしいと思うのはエヴリーヌだけだろうか。カリスまでも尊敬の視線を向けてくるのだから、勘弁してほしい。
それに、その瞳はエヴリーヌにとって毒だ。
(少年みたいに憧れの人を見るような目で見ないでよ。さすがに照れるわ)
「聖女の力を見ることはありますが、あなたのように広範囲で治療されるのは初めて拝見しました」
「私はあまりやりませんけど、人数が多くて対応が難しい時はああやるんです。アティはいつもあんな感じですけれど」
「アティ様、ブラシェーロ公爵夫人もですか?」
言ってしまったと思った。カリスが上ずった声を出してくる。
「えーと、それより、敬語はやめましょう。先ほどからずっと敬語ですよ」
「すみませ、いや、すまない。大聖女候補と言われる聖女の力を目の当たりにして、興奮してしまって」
いつ大聖女候補になったのか。誰がそんな嘘を言ったのだ。
大聖女とは、何百年も前に強大な魔物を封じたと言われる聖女である。膨大な魔力を持ち、その魔力は瞳に現れたとか。
金の髪。金の瞳。その辺の聖女とは比べ物にならない神々しさと、その莫大な能力。惜しみなく力を使い人々を助け、国を救った。伝説の聖女だ。
「母が……」
「連れてこられるようなら。いえ、私が向かっても良いのならば、治療を施すわよ? 地方の仕事に呼ばれない限り、私は暇があるのだし」
「よろしいのですか!?」
庭師の男が食いついてきた。そのための聖女なのだから、使うのは当然だと思うのだが、都はそうではないらしい。
地方ではその辺を散歩しているだけで、癒しをくれと願ってくる者に会う。その場その場で行うのが通例だ。大きな災害で派遣されることはあっても、神殿に常駐しているのが常なので、遠くからやってくる者たちもいる。
平民が都から来るのは難しいため、都にも神殿があるわけだが、それが役に立っていないのだ。王は無能すぎではないだろうか。
(だからこそ、王が交代したんでしょうけど)
「今から行きましょう。重病であるならば早い方がよいわ」
「あ、ありがとうございます!」
それくらい普通のことなのに。庭師の男が感無量と地面に膝を突いて祈りだすので、他の者たちも同じように声を出しはじめた。
「何事ですか!?」
あまりに騒ぐので、カリスが来てしまった。エヴリーヌが今の話をすると、眉間に皺を寄せる。
「なにかまずいことでもあるのかしら?」
「そうではないが、それならば連れてくる方がよいだろう。あなたが直々に行くわけには」
「病人を連れてこいなんて、無理でしょう? 体調が悪いのに歩けと言うんですか?」
「それはそうですが。あなたが街に行ってあちこち移動するよりは」
「問題ありませんよ。カリスは私に聖女としての役目を果たすなと言いたいのですか?」
「失礼しました。ならば、私が一緒に参ります!」
なぜそうなる。カリスは体調不良の者たちが身近にいる者を呼び寄せて、その場所を確認した。平民の住むところによっては道が細いため、馬まで出してきた。
妻であるエヴリーヌに恥をかかせないためか、反論には誠実に応えてくれる気だ。
そこまでしないでいいのに。馬ならばエヴリーヌも乗れる。わざわざカリスがついてくる必要もない。
そう思ったが、カリスは行く気満々だ。
癒しをかければ、別の人がやってくる。道端で聖女が癒しを行っていると耳にして、人々が狭い路地に集まってきた。
「エヴリーヌ! 広い場所に移動しましょう。このままでは押しつぶされてしまいます!」
カリスが公爵家の騎士を使って人々を押し除けた。そんなことをしたら怪我人が出るだろう。
ここまで平民たちが癒しの力を求めるとは思ってもみなかった。だからカリスが止めたのかもしれない。
押し合いへし合いになる前に終わらせた方がよさそうだ。
「カリス、大丈夫よ。少しだけ下がってください」
「なにをする気で、」
一人ずつ行う方が細部まで診られて良いのだが、言っていられない。エヴリーヌが空に手を伸ばすと、その手の中がパッと光り。周囲を照らした。空に魔法陣が浮かび、光が飛び散る。
「癒しだ。怪我が治った!」
「私もよ! 気分が良くなったわ!」
「聖女様」
「大聖女様だ」
「大聖女様!」
集まっていた者たちが一際大きな声で叫びはじめた。久しぶりに感激されて、エヴリーヌは苦笑いしそうになる。都の聖女事情は思ったより問題らしい。
(大聖女は大げさよ)
「カリス、次の場所に行きましょう、って、カリス!?」
「エヴリーヌ。私からも礼を言わせてください」
カリスが膝を突いて礼を言いはじめる。カリスまでそんな真似をしなくていい。コバルトブルーの瞳がこちらに向いて、じっと見つめてきた。熱い視線にのけ反りそうになる。そこまで心酔するように仰がないでほしい。イケメンの視線は威力がある。
「カリス、立ってください。これが私の役目です。次に行きましょう」
「わかりました。皆、道を開けよ。聖女が通られる!」
煽らないでいい。カリスはうやうやしくエヴリーヌの手を取ると、馬に乗せた。恥ずかしいと思うのはエヴリーヌだけだろうか。カリスまでも尊敬の視線を向けてくるのだから、勘弁してほしい。
それに、その瞳はエヴリーヌにとって毒だ。
(少年みたいに憧れの人を見るような目で見ないでよ。さすがに照れるわ)
「聖女の力を見ることはありますが、あなたのように広範囲で治療されるのは初めて拝見しました」
「私はあまりやりませんけど、人数が多くて対応が難しい時はああやるんです。アティはいつもあんな感じですけれど」
「アティ様、ブラシェーロ公爵夫人もですか?」
言ってしまったと思った。カリスが上ずった声を出してくる。
「えーと、それより、敬語はやめましょう。先ほどからずっと敬語ですよ」
「すみませ、いや、すまない。大聖女候補と言われる聖女の力を目の当たりにして、興奮してしまって」
いつ大聖女候補になったのか。誰がそんな嘘を言ったのだ。
大聖女とは、何百年も前に強大な魔物を封じたと言われる聖女である。膨大な魔力を持ち、その魔力は瞳に現れたとか。
金の髪。金の瞳。その辺の聖女とは比べ物にならない神々しさと、その莫大な能力。惜しみなく力を使い人々を助け、国を救った。伝説の聖女だ。
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