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29−2 裁判

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「王はわたくしとの結婚に、条件を付けましたの。子供ができて、その子供が成人する前に王が崩御されたら、王太子の座を子供に与えること。条件が成就しましたので、わたくしの手元に、玉璽が届いたのです」
「なにを、なにをばかなことを!!」

 王妃はすぐに反論する。そんな話は、王から聞いたことがないと。
 ナジェールは呆れてものが言えないとでも言わんばかりに、肩をすくめた。

「今のお話をお聞きになって、なにもわからなかったのですか? エルヴィーラ様が途中で罪を認め、王への服毒を止めていれば、この条件は成就しませんでしたのよ」

 王は保険をかけていた。毒を飲ませていたのは王妃だとわかっていたが、そのまま王を殺した後、弟夫妻に手を出すのはという不安があった。だから、ナディールを第二夫人においた。ナディールが特別な力を持っていると、父親のヒューイット侯爵から聞いていたからだ。
 しかし、弟夫妻は、王より先に死んだ。王はそこで、賭けに出たのだ。

 弟夫妻を殺したことを懺悔し、毒の服用を止めれば、クリストフは王太子のまま。
 そんな殊勝な心を持たず、さらに王を殺すことにするのならば、第二王子のマクシミリアンに王太子の座を渡す。

 王は賭けと言いながら、すでに結果は雌雄を決していると、理解していただろう。自分が生き残ることはないと、ナディールと秘密裏に玉璽を受け渡す方法をつくっていた。
 ナディールは、虫ならばなんでも操れる。ヒューイット侯爵が土を扱っていたのは、その虫たちを飼うためのものだ。どんな虫でも使役にしてしまうのだから、多くの虫たちを育てているのである。それが功を奏し、土の売買に長けるようになったと、誰が想像するだろう。

 そうして、虫の精霊は、土があれば他のものと一緒に転移ができた。ラシェルが水を使い、転移する方法と同じだ。
 玉璽を移動させるのに、鉢植えの土を使い転移させていたなど、考えもしない。この方法は、秘密裏に情報を受け渡すのにも使われた。

「王を閉じ込めたと思っていたのでしょうが、情報はすべて外に出ておりましたのよ。わたくし、王と秘密のお話もしておりました。ご存じ? 虫は音を聞き、鳴くことができますの。ですから、そこに虫がいれば、わたくしの言葉は、どこにいようと届き、王の言葉も、どこにいようとわたくしに届くのです」

 王の寝室の周囲には、鉢植えがいくつもある。その土があれば、虫が隠れても気づかれない。
 そのための鉢植えなどと、精霊使いが部屋に入らない限り、気づかれないだろう。王の寝室に、精霊使いが入ることはない。死んでから入って、精霊使いが気づくことはない。

 王妃はわなないた。クリストフも眉をひそめて、虫たちが持ってきた玉璽に刮目する。舌打ちでもしそうな顔つきだ。

「こちらに、証文もございましてよ。これは結婚時の契約書になります。条件についても書いてありますの」
 書状を出しても、王妃は動かず、ただ歯噛みして震えている。読む気も起きないだろうが、どうすべきなのか頭の中を巡らせているのだろう。

 玉璽を盗んだとでも言いたいだろうが、直筆の証文や契約書があれば、印も押してある。結婚当時となれば、王はまだ動くことができた。

「お読みになりませんの? では、もう一つお話を。服毒を行っていたのはエルヴィーラ様でしょうけれど、最後に止めを刺したのは、別の方ですのよ。ねえ、クリストフ様」

 ナディールの微笑みがクリストフに向けられると、聴衆がざわついた。裁判をしている時点で、クリストフが関わっていることに気づいていても、それを証明するものはないため、誰も指摘できなかった。
 王妃は王に毒を与え続けていたが、最後に息の根を止めたのはクリストフだ。
 指摘されたクリストフに、視線が集まった。

「ふ、どうしてそのようなことに? 母上が父上を殺そうとしていたのならば、僕が手を出す必要があるのかい? 父上は部屋から出てこれなかった。僕が手を出すこともないよ。父上を殺す必要もないからね」
「まあ、どの口がおっしゃるのかしら」
 ナディールはわざとらしい呆れ声を出す。

「クリストフ様は、その時の言葉を覚えていらっしゃらなくて? 王に申し上げられていたではないですか、『あなたは、もう、用無し』だと」
「なにを言って、」

『申し訳ありません。父上。どうやら退かれる時間が来たようです。邪魔者がおりますので、王の座を退いていただけますか。構いませんよね。あなたは、もう、用無しなのだから』

 かちかちと、音を鳴らして、虫が飛びながら言葉を繰り返す。聞き覚えのある声に、真っ青になるのは聴衆だけではない。

「虫たちは音も記憶してございましてよ。皆様方にはお聞かせしませんが、この後、王の呻き声が続きますの。一体、どなたが、その口を閉じさせたのかしら」
「ふざけたことを! あなたの虚言など、いつまでも聞いていられない。虫が記憶するなどと、誰が信じると言うのか。衛兵、ナディールを捕えろ! なにをしている!」

 クリストフの声に、兵士たちがぎこちなくも動こうとしたが、トビアが水飛沫を撒き散らしながら周囲を旋回するのを見て、足を止める。ラシェルが、トビアに命じたからだ。

「ラシェル、どうして君が邪魔をするんだ!」
「クリストフ。あなたは忘れているだろうけれど、他にも無実の人を殺しているのよ。シェリーを殺したこと、私は許さないわ!」
「ラシェル、どうして、」
「第二王子を殺しなさい!」

 クリストフが脱力するのを脇目に、王妃ががなった。
 騎士が剣を抜き、振り抜かんとしていた。

「マクシミリアン様!」
 ラシェルがマクシミリアンに覆い被さる。
「ラシェル!?」

「ぎゃああっ!」
 その騎士に、槍が突き刺さった。水を浴びて、扉の外まで流される。ヴァレリアンは、側にいた兵士の槍を奪っていた。

「マクシミリアン! あなた方、なにをしていらっしゃるの!? 王妃が第二王子を殺そうとしたのですよ。あの王妃を、捕え、」
 その時、誰もが驚きに目を見張った。

 王妃は歯噛みして、行きどころのない怒りを露わにしていたのに、いきなり血を吐いて、倒れ込んだのだ。
 否、クリストフが、剣を片手にしていた。

「きゃああっ! 王妃が!」
「クリストフ王子が、王妃を!!」

 聴衆たちが悲鳴をあげてその場から離れる。クリストフは狂いに狂ったか、王妃に向けて剣を振るったのだ。
 はねた血が頬に飛び、それをクリストフは無造作に拭った。
 兵士たちがクリストフを取り押さえる。クリストフは抵抗することなく、手にしていた剣を離した。
 王妃は倒れたまま、腹部から血を流し、王妃の治療に人が集まってくる。

「クリストフ様、なぜ、そのようなことを!」
 アーロンから奪った剣は血まみれで、取り押さえられたクリストフを、アーロンは悲壮な顔をしてすがるように見つめていた。
 クリストフはアーロンを見ることなく、ラシェルを視界に入れていた。兵士たちに押さえられ、その場から連れていかれる間も、ずっとラシェルを見つめていた。

「マクシミリアン様が、次の王だ」
 誰かが、ぽそりと呟く。

「そうだ。マクシミリアン様が、次の王に!」

 集まっていたものたちが口々に呟く。王妃の治療はまだ続いている。クリストフは連れていかれてしまった。
 残ったのはナディールとマクシミリアン。

 次の王が、決まった瞬間だった。
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