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29 裁判

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「裁判は無効になりますよ」
「ナディーン? 何をしに、ここに」

 王妃の怪訝な顔をよそに、突如開いた扉の向こうから、のんびりと歩いて来たのは、第二夫人、ナディーンだった。
 そして、後ろに、第二王子マクシミリアンと共に、ラシェルがやってくる。

 クリストフが驚愕したまま立ち上がった。いなくなったことに気づいて、ラシェルを探していただろう。まさか第二王子と共にやってくるとは思わなかったはずだ。
「どうして、ラシェルと」
「公爵の婚約者として、お迎えしていただけですわよ。婚約者が無実の罪に捕らえられたと、嘆いていましたの。そこでわたくしが、お話を聞いておりました」
「無実の罪? 第二夫人とはいえ、発言には気をつけられた方がいい。たった今、ブルダリアス公爵の罪が決まったところだ」
「公爵の罪、ですの? まあ。そのようなこと。クリストフ様が言える立場ではないのではないかしら?」

 ナディーンは微笑んだが、それはうっすらとした薄笑いだった。それに寒気がしたのだろう。王妃が顔をこわばらせる。
 不気味な笑い方と言うべきか。含んだ笑いなのに、あまりにも美しく、それだからこそ、肌が粟立つのだ。

(王がこの人を第二夫人にしたのは、間違いなく王妃に対抗させるためだからな)

 王妃はナディーンを追いやったと思っているが、ナディーンはそれに甘んじていたわけではない。彼女にとって、森の中にあるような離宮は、丁度よかっただけだ。

「なにが言いたいのでしょう。ここは、父上を殺した犯人を裁く場。余計な話は後にしていただきたいですね」
「あら、では、その犯人を裁きましょう。一体誰が、王を殺したのか」
「何を言っているの。公爵が犯人だと、今証明されたのよ!?」
「王妃エルヴィーラ様、そう短気を起こさないでいただきたいわ。あなたはいつもそう。他人を蹴落とすことに夢中で、多くをおろそかにするものだから、見ているようでまったく見ていないことに気づかないのでしょう」
「なんですって!?」
 王妃ががなっても、ナディールは気にしないと、胸元から紙の束を取り出して、裁判長に差し出す。

「お読みになっていただきたいわ」
 裁判長は、ちらりとクリストフを確認するが、拒否してもナディールが読むだけだ。
 鋭く睨みつけている王妃を横目に、クリストフは歩き出すと、紙の束を奪い取った。

「あら、クリストフ様がお読みになるのかしら?」
 クリストフはそれに目を通すと、そのままぐしゃりと握りつぶす。睨みつけた先、ナディールは、薄笑いを返した。

「このような、荒唐無稽な作り話を書かれたのは、あなたでしょうか」
「とんでもありませんわ。王の直筆でございます。と言いたいところですけれど、握りつぶされてしまいますから、それは複写したものですわ。本物はこちらにございまして」
 ナディールは後ろにいるラシェルを見やる。ラシェルは紙の束を取り出し、広げて読み始めた。

『この書状を、ヴァレリアン・ブルダリアス公爵に託す。かねてより行われてきた、王妃エルヴィーラによる服毒が進み、現在ではほとんど度話すことができなくなっている。手紙を書くにも手が痺れて、まともな字を書くこともできない。そこで、第二夫人であるナディールの手を借りて、この手紙を書いている』

 最初から、爆弾発言が入っている。聴衆たちは一斉にざわついた。
 王妃の顔は一瞬で真っ青になり、クリストフは目をすがめた。

「なにを、何をしているの! その娘を捕えなさい! 公爵の回し者よ!!」
 王妃の言葉に、はっとした騎士たちがラシェルを取り押さえようとした。そこにアーロンは入っておらず、小さく首を振っているのが見えた。クリストフが止めろと叫んだ時、ラシェルに飛び付かんとしていた男たちが、水飛沫によってラシェルから弾かれた。

「ら、ラシェル……?」
『こういうのは、僕に任せてよ!』

 トビアが現れれば、誰もがあっと声を上げた。魔法ではない、精霊の力に、呆然とその姿を見上げる。
 クリストフの驚愕は、他の誰よりも強く、立ち尽くしたまま、ラシェルの周囲を飛び回り、男たちを威嚇するトビアに、釘付けだった。

(言っただろう。お前は彼女のことを、何もわかっていないのだと)
「ラシェル様、続きをお読みになって」
「はい、ナディール様!」

 ラシェルは意気揚々と続きを読み始める。

『それは王妃との結婚まで遡る。
 王妃が弟の妻になる女性に私が懸想していると、信じて疑わない。私は、せいらい気が弱く、王になる器ではなかった。周りがどう思おうと、そう気づいた時に、王を行うのは無理だと感じた。
 弟は優秀で、幼い頃から王になるのは弟だと感じていた。当時の王に、王太子は弟にすべきだと伝えるほどに。
 しかし、弟はそれを知って、愛する女性と共に、私を支えたいと言うようになった。
 弟の能力に嫉妬していたのかもしれない。意固地になったのは、ひとえに私の気が弱いからだ。弟が王になるべきだと常に考えるがゆえに、弟の子供にもその資格があると考えた。

 前王が死に、自らが王になっても、何度も説得をしに行った。
 それがいけなかったのだ。王妃はなおさら勘違いを深め、私の言い訳など聞く気もなかった。
 その頃にはすでに、体調不良を感じていた。まずは声が出にくくなった。そのうち手足に痺れが出てきた。体調が悪くなっただけかと思ったが、違和感に気づいた者がいた。ヒューイット侯爵だ。

 彼から、毒草を含んだ兆しがあると言われて、犯人探しを命じた。そうしてすぐに犯人がわかる。ヒューイット侯爵は土の研究をしており、特別な薬草を育てるために使う土の売買に詳しかったからだ。
 犯人への証拠を掴むのは、ヒューイット侯爵であればたやすい。しかし、その犯人を捕えるのはやめた。これは自分への罰だと感じていたからだ。
 だが、不安があった。私はそこで、保険をかけていた。
 そうして、弟夫妻が死んだ。すぐに犯人が思い浮かんだ。
 だから、私は、賭けに出たのだ』

 ラシェルの言葉が一度止まると、視線は一斉に王妃に向かった。ぶるぶると震える王妃の顔は、青ざめるのではなく、気色ばんでいる。怒りに爆発しそうな感情を、押さえるようだった。
 なんとか呑みこんでいたのは、隣に眇めた目を向けるクリストフがいたからだろう。冷気でも感じたか、王妃は一度唾を飲み込むようにすると、大きく高笑いをしてきた。

「なにをばかなこと! どこにそんな証拠があると言うのかしら。ナディール。あなたの父親が、わたくしが王を殺す証拠を見つけたと?」
「そうですわね。正確には、わたくしが見つけたのですが」
「なんですって?」
「そこで、王よりお願いがあったのです。条件付きの結婚をしないかと。わたくしは、その提案に頷きました」

 条件付きの結婚。その言葉に周囲が再びざわめく。

 貴族の誰も知らなかった。父親のヒューイット侯爵しか知らない。ナディールの能力は、虫の精霊との契約だ。

「きゃあっ!」
 現れた蝶の群れが、室内に入り込み、群れて飛び回る。人々の悲鳴をよそに、何かをナディールの元に運んできた。

 その手に乗ったのは、玉璽だった。
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