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25−2 衝撃
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墓に花を手向けて、ラシェルはただ、じっとその場を見つめていた。
啜り泣く声に混じり、泣き叫ぶ女性の声も聞こえた。母親だろう。側にいた男性が、宥めるように連れていく。
その場は、悲しさに包まれていた。
婚約者であろう男性が、墓の前で微動だにせずにいる。
鐘が鳴り、故人の眠りを知らせた。
この日、多くの場所で葬儀が営まれていた。
「亡くなった者たちの一覧だ」
渡された死亡者の一覧を手にして、ラシェルはその名前を確認した。すべての者たちの名前を知っているわけではないが、王宮にメイドとして紛れ込んでいた時に知った名前が、何人か載っている。
その中に、イヴォンネは入っていない。王妃の一番のお気に入りであるということもあるが、そもそもイヴォンネは嫌がらせに関与していない。そのため、殺されることはなかったのだろうか。
(だったら、シェリーも同じでしょう?)
「王妃は女の子たちを殺しても、暗殺者たちは殺さなかったんですね。男は数人入っていますが、身分は低そうですし。衛兵かなにかかしら」
「詳しく調べさせたが、騎士などは一人も死んでいない。川で君を襲った騎士の生き残りは、殺されたわけではない」
ヴァレリアンは意味深な言い方をする。
「殺されたわけではないと言うのは?」
「重症で、死んでいないだけだ」
「あ……、助かった人もいるんですね」
「いや、火事では、巻き込まれた者は皆死んだ。生き残りの騎士は、クリストフが殺しかけたそうだ」
「クリストフが? それは、わたしのせいですか?」
「君のせいではないだろう」
だが、ラシェルを殺そうとしたことを、クリストフが知ったからだろう。
そう言ってから、ふと気づいた。
「宮の、火事も、ですか?」
「その可能性がある」
その可能性を、なぜ考えなかったのだろう。
ラシェルは愕然とした。ラシェルが生きていることによって、それを知ったクリストフが、いまさら、粛清をしたということだったのか?
「でも、シェリーは、彼女は何もしていないんですよ!? むしろ、私を助けてくれた子で!」
「黙っていたのだろう。君を助けていたとはいえ、王妃たちの嫌がらせを止めようとしたわけではない」
「一介のメイドが、どうやって王妃の所業を止められるのですか!!」
「それを、クリストフが理解できると思うか?」
ヴァレリアンの言葉は真理だ。クリストフが、そんなことに理解があるわけない。
「はっきりとはわからないが、王妃の仕業ではないことは間違いない。王妃は体調不良で、部屋から出てこないそうだ。クリストフとの言い合いの後、姿はあったが、パーティ前あたりから姿を現さないらしい」
「どういうことですか? 逃げたとか?」
「そんな真似をする女ではないだろう。怪我でもしたのかもしれない」
「つまり、クリストフが?」
「宮の火事の後、王宮は大騒ぎで、情報が錯綜しているのだが、危険を察して閉じこもっているという話もある」
「はっ」
鼻で笑いそうになる。クリストフに気づかれて、自分は危険から逃げるために、部屋に閉じこもっているだと?
「王妃ですら、クリストフを抑えられないということになるのならば、生きている者たちは焦りだすだろうな」
「いまさら、粛清のつもり? 無実の者を殺して!」
ラシェルは吐き捨てた。
この感情を、どう表現すれば良いのか。恨みで、殺したくなってくる。
いまさら、なんのつもりなのか。すべての元凶は、お前だというのに。
「ラシェル……」
「腹が立って仕方がありません」
「わかっている。そんな風に爪を立てて顔を押さえるな。傷がつく」
悔しくて、なんだかよくわからない感情の前に、ラシェルが顔を覆っていると、ヴァレリアンが優しくその手を取った。
流れてきた涙でぼろぼろの顔を、ハンカチで拭ってくれる。
ヴァレリアンも、こんな気持ちだったのだろうか。
無条理に、両親を殺された。憤りなどでは済まない。怒りと、悔しさと、どうしてという疑問と、他にも、色々な感情をまぜこぜにしたような、よくわからない感情で、胸焼けすらしてくる。
一度考えるだけで、涙がとめどなく流れてきて、ヴァレリアンは子供をあやすように、ずっとラシェルの背中を撫でていた。
これでもかと泣いた後、鼻をすすりながら、落ち着きを取り戻して、涙でボロボロになったであろう顔に、もらったタオルを押し付ける。コンラードやメイドたちが、心配そうにこちらを見ていた。
子供みたいに泣きすぎて、少々ばつが悪い。ヴァレリアンですら、憂いた顔をしていた。
「その、クリストフが、火事を起こしたのなら、あの、パーティの帰りの襲撃は、誰だったんでしょうか」
「あれは……、今、客が来ている。会えるか?」
ヴァレリアンは、意味ありげにして、犯人を待たせている。と口にした。
襲撃の犯人が、公爵邸に来ている。それを部屋に通したとなると、どんな理由なのか。
顔を整えてもらい、それなりに隠してもらってから、ラシェルはヴァレリアンと共に、その客の待つ部屋へ訪れた。
部屋にいたのは、一人の男性。憔悴しきっているのか、扉を開けた時には、肩を下ろし、首さえもたげていた。
「待たせたな。オーグレン伯爵」
ラシェルの見覚えある顔とは違い、頬がこけて、目元のクマが深く刻まれている。こんなに痩せた人だったのか、前の顔と違うほど、別人に見えた。
イヴォンネの父親だ。
「公爵、……、ボワロー子爵令嬢」
「まずは、話を聞こうか。ここに来た、経緯を」
オーグレン伯爵は、ラシェルを睨みつつ、ぼそりぼそりと、話を始めた。
「娘が、殺されそうになるのを、助けていただきたい。王子は狂ってしまった。王妃はもう、王子を止めることができず、王宮は混乱を極めている」
クリストフは王妃を部屋に閉じ込めて、すでに王のように振る舞っている。
今までのクリストフとまったく違った態度に、周囲は混乱し、王妃が懇意にしていた者たちも、王宮に入ることができないそうだ。
「だが、あなたの娘は生きているのだろう」
「たまたまです。たまたま、騎士の一人が、逃げ道を探してくれた」
「あの現場にいたのか?」
なんの話か口にしていないのに、オーグレン伯爵は頷く。
あの日、火事のあった日、多くの者たちがあの宮に呼ばれた。そこにはクリストフがおり、突然、そこにいた者たちに剣を振ったという。イヴォンネは体調が悪く、それでも押してやって来たが、遅れてたどり着いた。そうして、火が放たれていたのを間近にして、騎士からひどい形相で逃げろと言われ、なんとか逃げおおせたのだ。
イヴォンネは恐怖で寝込んだまま、部屋から出られないほどに怯えているそうだ。
「もう、王子はおかしくなって、誰もが恐怖に怯えている。あの王妃ですら、手を出せない」
「王妃は部屋に閉じこもっていると聞いていたが、クリストフが閉じ込めたのか」
「詳しくはわかりませんが、恐怖政治を敷くがごとく、動き始めているそうです」
「それで、殺されそうになったから、ここに逃げ込んできたと?」
「王妃の命令で、部下をそちらにやったのは、確かに私ですが、王妃の命令で仕方なかったのです!」
「お粗末な襲撃は、王妃の命令だと?」
「娘は殺されるかもしれないと言われて、仕方がなく!!」
「それで、あんな、適当な襲撃を?」
「意味もわからず、襲撃などできません!」
「オーグレン伯爵は知らなかったのか? ボワロー子爵令嬢が、王妃に殺されかけたことを」
オーグレン伯爵は、チラリとラシェルを見遣る。居心地悪そうにするのではなく、恨みを持った目で見てきた。ヴァレリアンも横目でそれを確認する。
「ラシェルがすべての元凶だと思っているようだが、大きな誤解だな。王妃がクリストフを騙し、クリストフがそれに怒り狂った。クリストフ自体も大きな問題があるが、発端は王妃だろう」
「ボワロー子爵令嬢が死んだと聞いた時は、王妃が犯人だろうと考えました。誰もが考えるでしょう。そんな、偶然に、川に流されるなどと。私どもは関与しておりません。娘などは特に、ただ王子を想っていただけです!」
「それで、ここに助けを求めにきたと」
他に縋る場所がなかったとはいえ、ヴァレリアンに助けを求めた。
それはつまり、別のことも知っているのではないだろうか。
ヴァレアンはそれがわかっていて、オーブレン伯爵を招き入れたのだろう。
「王妃の行いで、娘を殺されるわけには」
嘆くような呟きに、少しだけ、羨ましさを感じた。
ラシェルの親ならば、そんなことは口にせず、娘をクリストフに差し出すだろう。庇う真似などしない。ましてや、王妃の政敵であるヴァレリアンに、自ら赴いて助けを乞うなど。
啜り泣く声に混じり、泣き叫ぶ女性の声も聞こえた。母親だろう。側にいた男性が、宥めるように連れていく。
その場は、悲しさに包まれていた。
婚約者であろう男性が、墓の前で微動だにせずにいる。
鐘が鳴り、故人の眠りを知らせた。
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「いや、火事では、巻き込まれた者は皆死んだ。生き残りの騎士は、クリストフが殺しかけたそうだ」
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だが、ラシェルを殺そうとしたことを、クリストフが知ったからだろう。
そう言ってから、ふと気づいた。
「宮の、火事も、ですか?」
「その可能性がある」
その可能性を、なぜ考えなかったのだろう。
ラシェルは愕然とした。ラシェルが生きていることによって、それを知ったクリストフが、いまさら、粛清をしたということだったのか?
「でも、シェリーは、彼女は何もしていないんですよ!? むしろ、私を助けてくれた子で!」
「黙っていたのだろう。君を助けていたとはいえ、王妃たちの嫌がらせを止めようとしたわけではない」
「一介のメイドが、どうやって王妃の所業を止められるのですか!!」
「それを、クリストフが理解できると思うか?」
ヴァレリアンの言葉は真理だ。クリストフが、そんなことに理解があるわけない。
「はっきりとはわからないが、王妃の仕業ではないことは間違いない。王妃は体調不良で、部屋から出てこないそうだ。クリストフとの言い合いの後、姿はあったが、パーティ前あたりから姿を現さないらしい」
「どういうことですか? 逃げたとか?」
「そんな真似をする女ではないだろう。怪我でもしたのかもしれない」
「つまり、クリストフが?」
「宮の火事の後、王宮は大騒ぎで、情報が錯綜しているのだが、危険を察して閉じこもっているという話もある」
「はっ」
鼻で笑いそうになる。クリストフに気づかれて、自分は危険から逃げるために、部屋に閉じこもっているだと?
「王妃ですら、クリストフを抑えられないということになるのならば、生きている者たちは焦りだすだろうな」
「いまさら、粛清のつもり? 無実の者を殺して!」
ラシェルは吐き捨てた。
この感情を、どう表現すれば良いのか。恨みで、殺したくなってくる。
いまさら、なんのつもりなのか。すべての元凶は、お前だというのに。
「ラシェル……」
「腹が立って仕方がありません」
「わかっている。そんな風に爪を立てて顔を押さえるな。傷がつく」
悔しくて、なんだかよくわからない感情の前に、ラシェルが顔を覆っていると、ヴァレリアンが優しくその手を取った。
流れてきた涙でぼろぼろの顔を、ハンカチで拭ってくれる。
ヴァレリアンも、こんな気持ちだったのだろうか。
無条理に、両親を殺された。憤りなどでは済まない。怒りと、悔しさと、どうしてという疑問と、他にも、色々な感情をまぜこぜにしたような、よくわからない感情で、胸焼けすらしてくる。
一度考えるだけで、涙がとめどなく流れてきて、ヴァレリアンは子供をあやすように、ずっとラシェルの背中を撫でていた。
これでもかと泣いた後、鼻をすすりながら、落ち着きを取り戻して、涙でボロボロになったであろう顔に、もらったタオルを押し付ける。コンラードやメイドたちが、心配そうにこちらを見ていた。
子供みたいに泣きすぎて、少々ばつが悪い。ヴァレリアンですら、憂いた顔をしていた。
「その、クリストフが、火事を起こしたのなら、あの、パーティの帰りの襲撃は、誰だったんでしょうか」
「あれは……、今、客が来ている。会えるか?」
ヴァレリアンは、意味ありげにして、犯人を待たせている。と口にした。
襲撃の犯人が、公爵邸に来ている。それを部屋に通したとなると、どんな理由なのか。
顔を整えてもらい、それなりに隠してもらってから、ラシェルはヴァレリアンと共に、その客の待つ部屋へ訪れた。
部屋にいたのは、一人の男性。憔悴しきっているのか、扉を開けた時には、肩を下ろし、首さえもたげていた。
「待たせたな。オーグレン伯爵」
ラシェルの見覚えある顔とは違い、頬がこけて、目元のクマが深く刻まれている。こんなに痩せた人だったのか、前の顔と違うほど、別人に見えた。
イヴォンネの父親だ。
「公爵、……、ボワロー子爵令嬢」
「まずは、話を聞こうか。ここに来た、経緯を」
オーグレン伯爵は、ラシェルを睨みつつ、ぼそりぼそりと、話を始めた。
「娘が、殺されそうになるのを、助けていただきたい。王子は狂ってしまった。王妃はもう、王子を止めることができず、王宮は混乱を極めている」
クリストフは王妃を部屋に閉じ込めて、すでに王のように振る舞っている。
今までのクリストフとまったく違った態度に、周囲は混乱し、王妃が懇意にしていた者たちも、王宮に入ることができないそうだ。
「だが、あなたの娘は生きているのだろう」
「たまたまです。たまたま、騎士の一人が、逃げ道を探してくれた」
「あの現場にいたのか?」
なんの話か口にしていないのに、オーグレン伯爵は頷く。
あの日、火事のあった日、多くの者たちがあの宮に呼ばれた。そこにはクリストフがおり、突然、そこにいた者たちに剣を振ったという。イヴォンネは体調が悪く、それでも押してやって来たが、遅れてたどり着いた。そうして、火が放たれていたのを間近にして、騎士からひどい形相で逃げろと言われ、なんとか逃げおおせたのだ。
イヴォンネは恐怖で寝込んだまま、部屋から出られないほどに怯えているそうだ。
「もう、王子はおかしくなって、誰もが恐怖に怯えている。あの王妃ですら、手を出せない」
「王妃は部屋に閉じこもっていると聞いていたが、クリストフが閉じ込めたのか」
「詳しくはわかりませんが、恐怖政治を敷くがごとく、動き始めているそうです」
「それで、殺されそうになったから、ここに逃げ込んできたと?」
「王妃の命令で、部下をそちらにやったのは、確かに私ですが、王妃の命令で仕方なかったのです!」
「お粗末な襲撃は、王妃の命令だと?」
「娘は殺されるかもしれないと言われて、仕方がなく!!」
「それで、あんな、適当な襲撃を?」
「意味もわからず、襲撃などできません!」
「オーグレン伯爵は知らなかったのか? ボワロー子爵令嬢が、王妃に殺されかけたことを」
オーグレン伯爵は、チラリとラシェルを見遣る。居心地悪そうにするのではなく、恨みを持った目で見てきた。ヴァレリアンも横目でそれを確認する。
「ラシェルがすべての元凶だと思っているようだが、大きな誤解だな。王妃がクリストフを騙し、クリストフがそれに怒り狂った。クリストフ自体も大きな問題があるが、発端は王妃だろう」
「ボワロー子爵令嬢が死んだと聞いた時は、王妃が犯人だろうと考えました。誰もが考えるでしょう。そんな、偶然に、川に流されるなどと。私どもは関与しておりません。娘などは特に、ただ王子を想っていただけです!」
「それで、ここに助けを求めにきたと」
他に縋る場所がなかったとはいえ、ヴァレリアンに助けを求めた。
それはつまり、別のことも知っているのではないだろうか。
ヴァレアンはそれがわかっていて、オーブレン伯爵を招き入れたのだろう。
「王妃の行いで、娘を殺されるわけには」
嘆くような呟きに、少しだけ、羨ましさを感じた。
ラシェルの親ならば、そんなことは口にせず、娘をクリストフに差し出すだろう。庇う真似などしない。ましてや、王妃の政敵であるヴァレリアンに、自ら赴いて助けを乞うなど。
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