上 下
20 / 50

13 犯人

しおりを挟む
「随分と簡単に、雇い主をはいたようだな」
「そうですね」
「不服そうな顔をしているな」
「元からこの顔です」

 ラシェエルの返答に、ヴァレリアンは横目にして笑う。
(そのすかした笑い方よ。腹が立って、仕方がないわね)

「次から、お茶は他の人に運ばせてください」
「毒を消すことができるのなら、君に運ばせる方が助かる確率は高いな」
 ああ言えば、こう言う。ラシェルの頬がひきつりそうになる。

「暗殺は日常茶飯事だ。他人事ではないだろう?」
 他人事に決まっているだろう。言い返したい。ラシェルは日常茶飯事ではない。前回が初めてである。

 王妃は公爵夫妻で味を占めて、ラシェルを殺そうとした。これでヴァレリアンも死んだとなれば、パーティでも開くかもしれない。意気揚々として、次は誰を殺そうかと考えるだろう。
 そう考えて、心の中でかぶりを振った。もう王妃に関わりたくない。

「未だ、葬式は行われていない」
 誰のことか、疑問を持ったが、すぐに誰だか思い付く。ラシェルのことだ。もうどうでもいい過去なので、葬式なども勝手にすれば良いだろう。両親は終わりにしたがっている。
 しかし、それではないと、ヴァレリアンがラシェルを見つめた。

「クリストフは、まだ、諦めていないみたいだな」
 葬式を執り行う気があるのは、ラシェルの両親か。しかし、ラシェルは川に落ちたまま、まだ見つかっていない。普通に考えて、生き残る確率はないに等しい。
 それでも足掻いているクリストフは、現実が見えていないだけだ。

 大雨の中、吊り橋の上で馬車ごと流されたと聞けば、誰も希望を持つことなどできない。
 事故から何日経っていると思っているのだ。それを直視できないとなれば、現実逃避でしかない。

「これだけ時間が経っても、遺体が上がっていないのにな。死体を見るまでは、とでも思っているのか」
 知ったことではない。とにかくアーロンをさっさと連れ帰ってほしいだけだ。クリストフの命令で訪れている騎士たちは、まだ公爵領をうろついていた。死体を見つけるまで帰ってくるなとでも言われているのだろうか。同情する。
 そして、彼らの中には、王妃の手の者が混じっているだろう。うっかり会って、正体を知られたくない。

 ラシェルが黙っていれば、ヴァレリアンは鼻で笑って、ベッドの上で書類を手にすると、片手を振った。もう出て行けという仕草だ。

「お大事になさいませ」
「ああ、君が助けてくれた命だし?」

(やかましいわ)
 声に出さず、ラシェルは部屋を出ていく。

「腹立つわね」
『助けなきゃよかったねえ』
(ほんとにね!)

 若干顔色を悪くしているのが、無性に腹が立つ。ラシェルは叫びたい気持ちを我慢して、廊下をずかずか歩いた。
 こちらがどれだけ焦ったか、あの男はわかっているのだろうか。

 ラシェルが出したお茶を飲んだ途端、ヴァレリアンはそれを吐き出した。鮮血と共に。
 毒を飲まされたと、叫ぶコンラード。集まってきた騎士たち。廊下はざわめき、怒号が飛び交う。大声に医者が走ってやってくる。
 ラシェルを取り押さえている騎士たちが、処置を心配げに見つめていた。

 なんの毒なのか、ポットを調べ、茶を調べ。そんなことをするより、含んだ茶以外のものを取り出せばいいだろう。
 ラシェルの声にトビアが動いた。

 突如現れたトビアが、溢れたお茶を絨毯から浮き上がらせる。渦巻いたそのお茶と、トビアの水が混ざり、怪しげな色が浮き上がった。
 呆然と見上げる騎士たちが正気を戻す前に、その色が蒸発するように消えていく。

 何が起きたのか、彼らが唖然としている間に、床に崩れるように倒れていたヴァレリアンが、むくりと起き上がった。

「毒を消してもらっておいて、演出が弱まったって、どういうことよー!」

 やはり我慢できないと、ラシェルが外に向かってがなる。たまたま側を守っていた兵士に変な目で見られて、その視線を無視して再びずかずかと廊下を進んだ。

 ヴァレリアンは、ラシェルを使う暗殺を想定していたのだ。

 新しい者が側に仕えるようになれば、それを暗殺者の代わりにさせて、ヴァレリアンを殺す。それを想定していて、毎日ラシェルにお茶の用意をさせていた。

(頭おかしいでしょ!?)

 新しく入った、新人メイドの男爵令嬢。身元は確かで、おかしなところはない。そこで公爵が自分付きのメイドにした。メイド長は使えると思っただろう。

 カメリアの前の同部屋の相手は、ヴァレリアンを殺そうとして殺された。暗殺に失敗したからだ。
 しかし、別に犯人がいるのではと、ヴァレリアンは考えていた。そのメイドは金に困り、暗殺を行ったが、毒をどこで手に入れたかわからなかったからである。それに加え、公爵家の外に出ていない情報を、公爵領内に住む貴族が知っていたため、本棟に入れる者をスパイとして疑っていた。

 だが、本棟に入れる者の中でも、重要事項を知ることができるのは数人。書斎まで入ることができ、メイドの借金事情を知る者は誰なのか。

 それが、メイド長とカメリアである。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい

麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。 しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。 しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。 第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

処理中です...