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7 イヴォンネ
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「クリストフ様、ほとんど食事を口にしていないとか。お顔の色が悪いですわ」
「オーグレン伯爵令嬢。また母上に言われてここに?」
部屋に一人でいると聞き、イヴォンネが訪れると、クリストフ王子は真っ青な顔をして、訪問に応じた。
体調が悪くとも、受け入れて部屋に入れてくれたと思ったが、あまり歓迎されていないようだ。
イヴォンネは足を止めそうになる。しかし、ずっと部屋に籠もっているため、体に良くない。だから、気分転換をさせてほしいと、王妃から頼まれたのだ。メイドにお茶を運ばせて、イヴォンネがカップに注ぐ。
「王妃様が心配されておりました。こちらは心をリラックスさせるお茶です。どうぞ、お飲みになってください」
「いらないよ。一人にしてくれないか?」
「ですが、ずっとお部屋にいらっしゃると伺っております。お食事もままならぬとか。どうか、お茶だけでもお飲みください。少しでも気分が和らげばいいのですが」
「いいんだ。喉は渇いていない」
クリストフ王子は頑なに拒むため、それ以上勧めることはしなかったが、ソファーに座って良いとも言われない。
暗に出ていけと言われている気がして、イヴォンヌはきゅっと唇を噛んだ。
部屋に入れてもらえたのだから、何かを話して、気持ちを切り替えてほしい。ただそれだけなのに。
「まさか、あのようなことになるとは思いませんでしたわ。悲しいことですが、ボワロー子爵令嬢は王宮で罪を犯した方です。クリストフ様がそこまで気を落とされることはないと」
「うるさい! 出て行ってくれ!!」
突然の大声に、イヴォンネは驚愕した。ボワロー子爵令嬢が橋から落ちたという連絡を受けた時、混乱で大声を上げたが、普段クリストフ王子は声を荒げる人ではない。
まだ気持ちの整理がつかないとはいえ、苛立ちに怒鳴られたのは初めてだった。
クリストフ王子に頭を下げて、イヴォンネは部屋を出ていく。クリストフ王子はこちらを見ることなく、額を押さえて、無言のままうつむいていた。
ボワロー子爵令嬢が橋から落ち、亡くなったと言われてから何日も経っているのに、未だ王子は立ち直れていないのだ。
「イヴォンネ様。クリストフ王子は、まだ?」
王妃付きの侍女が、部屋の前で待っていた。王妃にこのことを告げるのだろう。王妃からは期待されているに違いないのに、すぐに部屋を追い出されたと伝えられるのだ。
クリストフ王子はまだ嘆き続けて、イヴォンネに心を許す隙を与えてくれなかった。
首を振ることもしていないのに、侍女は理解したと、静かに頷く。王妃をがっかりさせることだろう。
それは、イヴォンネも同じ。いや、それ以上だ。
王妃がボワロー子爵令嬢の捜索隊を出したのに、クリストフ王子は側近である騎士たちを使ってまで、令嬢の捜索をさせている。しかも、クリストフ王子直属の騎士で、一番信頼している、アーロンを出すほどだった。
いつもと違う衛兵が部屋の前に立ち、部屋の出入りを拒んでくる。もう用はないのだから、部屋から離れろと言わんばかりに、イヴォンネの背を追った。
居心地の悪さを感じて、早々にその場を離れる。王妃からの命令だから、仕方なくクリストフ王子の命令に背いて、部屋に入れてくれたためだ。いつもの衛兵であれば、すげなく断ってきただろう。側近の騎士たちが出る前は、部屋に入れてもらえなかった。
クリストフ王子は眠っていないのか、青白い肌にクマがくっきりと残っていた。何度も涙を流しているのか、瞼は腫れぼったく、普段の美しいクリストフ王子の面影は翳ったまま。
どうして、そこまでボワロー子爵令嬢を思うのか。
「遺体は、まだ見つからないのかしら?」
「あの日は嵐だったそうですから、海まで流れているのではと言うことでした」
「でも、馬車は見つかったのでしょう?」
「扉が壊れていたようなので、中に遺体が残っていなくても不思議ではありません。大雨のせいで、川の流れは激しかったと聞いています」
侍女はイヴォンネも知っている情報しか話さない。王妃から直接聞いているため、それ以上の話は出ないとわかっているが、なにか進展はないのか気になるのだ。
それは、クリストフ王子も同じだろうが、考えていることはきっと違う。
「遺体が見つかれば、クリストフ様も諦めてくださるでしょうに」
囁くように呟いて、イヴォンネは首を振った。
けれど、そう考えたくもなる。クリストフ王子は騙されながらも、彼女を信じているのだから。
早く遺体が見つかればいいのに。そう口にしたくなる。
そんなことを言えば、クリストフ王子は激怒するだけでは済まないだろう。王妃から命じられて捜索に行った騎士が、遺体はもう見つからないと言っただけで、首を切るような勢いだった。
「王妃様は、クリストフ様をお慰めしろと」
「そんなこと、わかっているわ」
クリストフ王子の婚約者となるべく、お慰めしなければならない。
けれど、部屋に入ることも難しいのだ。あれでは、体を壊してしまうのに。
死んでまでクリストフ王子を困らせるなど、憎らしくてたまらなくなってくる。
(こんな感情が、自分にあるとは思わなかったわ)
「本当に、川に流れて、亡くなったのよね?」
「騎士たちが一緒だったのですから、間違いないでしょう。馬車に乗っていた御者も流されたようですし、騎士たちも数人巻き込まれたのですから」
「そうよね。北部には行ったことがないから、どんな川なのか知らないけれど、公爵領の近くだったのでしょう?」
「川は公爵領に繋がっているそうです。流された馬車が見つかった場所も、公爵領だったようですから」
ブルダリアス公爵は子供の頃に会ったことがある。クリストフ王子から紹介されたのだ。クリストフ王子のいとこだけあって、とても愛らしい顔をしていた。今は青年になって顔も変わっているだろうが、当時は兄弟のように見えた。
王と王弟は顔や雰囲気が似ていたので、二人が似ていて当然だ。ブルダリアス公爵とクリストフ王子は手を繋ぎ、本当の兄弟のようだったが、王妃が嫌がったのを覚えている。
なにかの時に、ブルダリアス公爵の手を払いのけたのだ。
ブルダリアス公爵とクリストフ王子の手が離れて、クリストフ王子が泣いてしまった。それでよく覚えていた。
当時は何が起きたのかよくわからなかったが、今は少しだけ理解できる。
愛する人が大切にしていた女性の子供が、自分の子供と仲良く手を繋いでいた。その手を払いのけたくなる気持ち。もし、ボワロー子爵令嬢が生きていて、クリストフ王子がその手を取れば、払いのけたくなるだろう。
王妃はいつも笑顔だったが、あの時ばかりは恐ろしい顔をしていた。
自分もそうなる気がしてならない。
(だって、こんなに憎らしい)
「ボワロー子爵令嬢が王宮で他に何かしていなかったか、きちんと調べ直しましょう。まだ見つかっていないことがあるかもしれないわ」
それで、クリストフ王子を説得するしかない。
騙されているだけのクリストフ王子を、解放してあげるのだ。
「オーグレン伯爵令嬢。また母上に言われてここに?」
部屋に一人でいると聞き、イヴォンネが訪れると、クリストフ王子は真っ青な顔をして、訪問に応じた。
体調が悪くとも、受け入れて部屋に入れてくれたと思ったが、あまり歓迎されていないようだ。
イヴォンネは足を止めそうになる。しかし、ずっと部屋に籠もっているため、体に良くない。だから、気分転換をさせてほしいと、王妃から頼まれたのだ。メイドにお茶を運ばせて、イヴォンネがカップに注ぐ。
「王妃様が心配されておりました。こちらは心をリラックスさせるお茶です。どうぞ、お飲みになってください」
「いらないよ。一人にしてくれないか?」
「ですが、ずっとお部屋にいらっしゃると伺っております。お食事もままならぬとか。どうか、お茶だけでもお飲みください。少しでも気分が和らげばいいのですが」
「いいんだ。喉は渇いていない」
クリストフ王子は頑なに拒むため、それ以上勧めることはしなかったが、ソファーに座って良いとも言われない。
暗に出ていけと言われている気がして、イヴォンヌはきゅっと唇を噛んだ。
部屋に入れてもらえたのだから、何かを話して、気持ちを切り替えてほしい。ただそれだけなのに。
「まさか、あのようなことになるとは思いませんでしたわ。悲しいことですが、ボワロー子爵令嬢は王宮で罪を犯した方です。クリストフ様がそこまで気を落とされることはないと」
「うるさい! 出て行ってくれ!!」
突然の大声に、イヴォンネは驚愕した。ボワロー子爵令嬢が橋から落ちたという連絡を受けた時、混乱で大声を上げたが、普段クリストフ王子は声を荒げる人ではない。
まだ気持ちの整理がつかないとはいえ、苛立ちに怒鳴られたのは初めてだった。
クリストフ王子に頭を下げて、イヴォンネは部屋を出ていく。クリストフ王子はこちらを見ることなく、額を押さえて、無言のままうつむいていた。
ボワロー子爵令嬢が橋から落ち、亡くなったと言われてから何日も経っているのに、未だ王子は立ち直れていないのだ。
「イヴォンネ様。クリストフ王子は、まだ?」
王妃付きの侍女が、部屋の前で待っていた。王妃にこのことを告げるのだろう。王妃からは期待されているに違いないのに、すぐに部屋を追い出されたと伝えられるのだ。
クリストフ王子はまだ嘆き続けて、イヴォンネに心を許す隙を与えてくれなかった。
首を振ることもしていないのに、侍女は理解したと、静かに頷く。王妃をがっかりさせることだろう。
それは、イヴォンネも同じ。いや、それ以上だ。
王妃がボワロー子爵令嬢の捜索隊を出したのに、クリストフ王子は側近である騎士たちを使ってまで、令嬢の捜索をさせている。しかも、クリストフ王子直属の騎士で、一番信頼している、アーロンを出すほどだった。
いつもと違う衛兵が部屋の前に立ち、部屋の出入りを拒んでくる。もう用はないのだから、部屋から離れろと言わんばかりに、イヴォンネの背を追った。
居心地の悪さを感じて、早々にその場を離れる。王妃からの命令だから、仕方なくクリストフ王子の命令に背いて、部屋に入れてくれたためだ。いつもの衛兵であれば、すげなく断ってきただろう。側近の騎士たちが出る前は、部屋に入れてもらえなかった。
クリストフ王子は眠っていないのか、青白い肌にクマがくっきりと残っていた。何度も涙を流しているのか、瞼は腫れぼったく、普段の美しいクリストフ王子の面影は翳ったまま。
どうして、そこまでボワロー子爵令嬢を思うのか。
「遺体は、まだ見つからないのかしら?」
「あの日は嵐だったそうですから、海まで流れているのではと言うことでした」
「でも、馬車は見つかったのでしょう?」
「扉が壊れていたようなので、中に遺体が残っていなくても不思議ではありません。大雨のせいで、川の流れは激しかったと聞いています」
侍女はイヴォンネも知っている情報しか話さない。王妃から直接聞いているため、それ以上の話は出ないとわかっているが、なにか進展はないのか気になるのだ。
それは、クリストフ王子も同じだろうが、考えていることはきっと違う。
「遺体が見つかれば、クリストフ様も諦めてくださるでしょうに」
囁くように呟いて、イヴォンネは首を振った。
けれど、そう考えたくもなる。クリストフ王子は騙されながらも、彼女を信じているのだから。
早く遺体が見つかればいいのに。そう口にしたくなる。
そんなことを言えば、クリストフ王子は激怒するだけでは済まないだろう。王妃から命じられて捜索に行った騎士が、遺体はもう見つからないと言っただけで、首を切るような勢いだった。
「王妃様は、クリストフ様をお慰めしろと」
「そんなこと、わかっているわ」
クリストフ王子の婚約者となるべく、お慰めしなければならない。
けれど、部屋に入ることも難しいのだ。あれでは、体を壊してしまうのに。
死んでまでクリストフ王子を困らせるなど、憎らしくてたまらなくなってくる。
(こんな感情が、自分にあるとは思わなかったわ)
「本当に、川に流れて、亡くなったのよね?」
「騎士たちが一緒だったのですから、間違いないでしょう。馬車に乗っていた御者も流されたようですし、騎士たちも数人巻き込まれたのですから」
「そうよね。北部には行ったことがないから、どんな川なのか知らないけれど、公爵領の近くだったのでしょう?」
「川は公爵領に繋がっているそうです。流された馬車が見つかった場所も、公爵領だったようですから」
ブルダリアス公爵は子供の頃に会ったことがある。クリストフ王子から紹介されたのだ。クリストフ王子のいとこだけあって、とても愛らしい顔をしていた。今は青年になって顔も変わっているだろうが、当時は兄弟のように見えた。
王と王弟は顔や雰囲気が似ていたので、二人が似ていて当然だ。ブルダリアス公爵とクリストフ王子は手を繋ぎ、本当の兄弟のようだったが、王妃が嫌がったのを覚えている。
なにかの時に、ブルダリアス公爵の手を払いのけたのだ。
ブルダリアス公爵とクリストフ王子の手が離れて、クリストフ王子が泣いてしまった。それでよく覚えていた。
当時は何が起きたのかよくわからなかったが、今は少しだけ理解できる。
愛する人が大切にしていた女性の子供が、自分の子供と仲良く手を繋いでいた。その手を払いのけたくなる気持ち。もし、ボワロー子爵令嬢が生きていて、クリストフ王子がその手を取れば、払いのけたくなるだろう。
王妃はいつも笑顔だったが、あの時ばかりは恐ろしい顔をしていた。
自分もそうなる気がしてならない。
(だって、こんなに憎らしい)
「ボワロー子爵令嬢が王宮で他に何かしていなかったか、きちんと調べ直しましょう。まだ見つかっていないことがあるかもしれないわ」
それで、クリストフ王子を説得するしかない。
騙されているだけのクリストフ王子を、解放してあげるのだ。
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