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195 ー漏れー
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医療の役に立たせるためとエンシに関わる物を探させたとは言え、その医官の息子も本を出すのに葛藤はあったかもしれない。悪くすると捕らえられるレベルらしい。よく渡してきたものだ。
「医療習うのに、死体を切ったりするのは、練習でやるんじゃない?肉を切る練習しなきゃ、外科医なんてなれないし。多分」
あっけらと言うと、フォーエンは口を閉じた。反論できないようだ。外科が当たり前にない世界だと、狂気の沙汰のように思えるのだろう。
そもそも外科という言葉すらなかった。説明して覚えてもらった言葉だ。
「エンシさんて、南の国の人なんでしょ。もっと医療進んでるんじゃない?勉強させてもらえないの?」
日本だって蘭学を学んだため外科がメジャーになったのだし、知識のあるところから享受されるのは普通だと思う。
しかし、フォーエンは口を閉じたままだ。もう一人の男も、無表情のままこちらをじっと見るだけだった。何か変なことを言ったらしい。
「留学とかないの?他の国と喧嘩してたら無理?でも知らないままだと、時代に取り残されない?これだけの書物が残っているなら、エンシさんは南の国からこれを持ってきたんじゃないの?こっちで死体切り刻めないでしょ」
皇帝お抱え医師だったのだから、その時にはすでに知識があったはずだ。この本をこちらの国で描いたわけではない。南の国で知識を得てから、こちらの国に訪れているはずだった。
「ラカンのお城で、南に渡った人いるって聞いたよ。勉強のために旅立ったって。それこそ国で補助金出して、意欲のある人に学びに行ってもらったりしないの?」
隣国に学びに行くことは歴史上当たり前にあった。普通のことだと思うのだが、こちらは違うのだろうか。
フォーエンは男を見やった。男は口を結んだままだが、フォーエンの視線にゆっくりと顔を上げる。
「柔軟な考え方だな」
ため息交じりの言葉に、男は微かに唸るような顔をした。
「今まで、知識の遅れを感じていながら、この国の皇帝は教えを得られるように動いてこなかった。お前の言う南の国へ行くには、道が悪く安全は保証できない。距離も想像を絶するほど遠い。国をまたぐ必要もある」
南にあるから隣かと思ったが隣ではないらしい。一つの国を跨がなければならないので、渡るには相当苦労がいるようだ。
そのせいで進んで行いたいとも気軽に言えないそうだ。歴代の皇帝もそこを重要視してきていないらしい。
距離に関しては口を出す気が起きない。こちらは馬か歩きだ。長距離すぎてどれくらいの労力がいるのか想像つかない。
しかし、医療が進んでいるのならば、別のことも進んでいる可能性がある。技術などが遅れをとると、もし戦争などになった場合、対処できなくなるのではないだろうか。
「異文化を持ち込みたくないとかあるの?」
「この国が他国より遅れていることを、民に知らせたくないだけだ」
きっぱりとした口調は、以前の皇帝を完全否定している。皇帝はともかく、城で働く者たちに危機感はあるのかもしれない。
「お前のように広い知識を得るには、他からの学びも必要になる。だがそれよりも先に、全ての人が等しく学べる場が必要だ」
フォーエンはため息交じりだ。色々改革を行いたいのだろうが、やらなければならないことが多すぎて、どこから手を出していいのかわからないのかもしれない。皇帝が代わりすぎて、政治がまともに進んでいないのだろう。
「子供の学びに必要なものはなんだ。何から行えばいい」
フォーエンは身を乗り出して問うてきた。前々から義務教育には興味を持っていた。本格的に乗りだす気だ。
しかし自分の常識に当てはめると、こちらの事情に当てはまらなくなることがある。
理音はフォーエンに紙を出すように言った。小さな紙片をいくつも出してもらう。必要なものは二人に考えてもらった方が問題点が出てくるだろう。
「陛下、私が」
紙に書けと言ったら、男が焦ったように立ち上がった。フォーエンはそれを手のひらで制止すると、筆を取る。
「必要なことを言ってくから書いてって。そこから派生したものを増やしていこ」
「派生?」
「うん。まず目的は?」
「知識の統一だ。平民から貴族まで等しく学ぶとまではいかないが、民の知識を上げたい」
「単語を紙に書いてって。じゃあ、ターゲット、えーと、教えたいのは平民が中心かな?」
「下級貴族もだ」
「それって男女?」
フォーエンの頷きに、理音は紙に書くのを見ながら、次々質問していく。
「何歳ぐらいを考えてる?期間は?場所は?何を教える?」
フォーエンは理音に答えながら文字を記していく。決まっていないことはその質問の単語を記してもらう。
「勉学はまず文字の読み書き、発音。算学」
「地図とか歴史は?自分の国と他の国の話。理科…、自然について覚えたり?音楽、図画工作、運動、道徳は?」
「道徳?」
「思想の統一。国で思想を統一させるのは、いい面も悪い面もあるけど、倫理は教えた方がいいと思う」
「倫理?」
「倫理観。子供相手だったら、本当に単純なことかな。くずをその辺に捨てないとか、困ってる人がいたら助けるとか、いじめをしない。落とし物を見つけたら、こっちだと兵士?に届けるとか」
「そんなことを学ぶのか?」
正直なところ小学校の道徳の時間がどんなだったか覚えていないが、こちらはそう言った倫理的なことは教えた方がいいと思う。罪を働いたら罰を与えるのではなく、罪を犯さないような教育が必要だ。
「盗みは悪いことですとか、悪いことをすると後で自分に降りかかりますよ。みたいな本はよく読まされた気がする。あと、学校を自分たちで掃除するのはいいって、海外の人に賞賛されてた」
「なぜだ?」
掃除などしたことなさそうなフォーエンが、真面目な顔で問うてきた。貴族の人々は全くわからない感覚かもしれない。教えた方が良さそうだ。
「自分で掃除したら、汚さないからだよ。苦労を知らないと、わからないでしょ?だから自分たちが使うところは、全部自分たちで掃除するの」
「平民には必要なのか…」
いやいや、貴族もだよ。人の話聞いていないな。
フォーエンに怒ると、ものすごく驚愕された。自分たちは対象外だと思っている辺り、やはり身分制度は面倒臭い。
「身分があるからそんなことできないって思いがちだけど、仕事をするに下位の気分は味わっといた方がいいよ。理解できない人間が上司になっても困るからね」
理音の言葉にフォーエンは無言になる。しかし納得するような顔だ。フォーエンは皇帝になったのは最近なので、貴族としても部下であったことはあるだろう。
しかし、男は眉を寄せた。平民と同じことをなぜできるのか、不快に感じているのかもしれない。
「人口の半分以上は平民でしょ?完全に抑制するならともかく、そのつもりがないなら、平民の集団性を甘く見ない方がいいと思う。平民がいないと国が成り立たないってことは知っておいた方がいいよ。平民が収める税金がなくなれば、貴族だって苦しくなるし、農業やってる平民が全滅したら、貴族も全滅だからね?」
百姓一揆をとくと教えたいが、隣の男が目を見開いたのでやめておく。刺激的な言葉は敵を作りやすかった。コウユウに殺される事件が勃発する。
「身分制度のない国の人間の意見だな」
フォーエンのため息交じりの言葉には嫌味がない。しかし、隣の男は眉を潜めていた。
これ以上言わない方がいいだろう。
「必要な物。教えるにも教科書が必要だから、その道具も用意しなきゃだね。最低でも一つの教室に教科書一つ?」
机や椅子、書き物などは最悪いらないと思う。高価だろうから、文字は地面に書くなどすればいいだろう。
「その教科書をどう作るのか。教科。先生の数、告知の仕方。他に何ある?」
「その書物を誰が作るかだな。内容の選定は必要だ」
フォーエンが紙に記す。フォーエン自体は理音の言葉にそこまでショックを受けたりしないが、男は別だろう。フォーエンが気にしていないことに驚きを見せて、目を瞬かせた。
「この別々の紙はどうするのだ?」
フォーエンは紙片に一語ずつ書いていたが、さすがに気になったか書き終えた紙片を広げた。理音はそれをカテゴリーごとに分けていく。
「本当は壁に貼って派生を増やしてくんだけどね。そうするとわかりやすいんだよ。問題点とかをどんどん書いてって、視覚化するの。色々な人に見てもらって、意見をもらうといいよ。気づかない点が出てくるから」
フォーエンは頷きながらカテゴリー別にしていく。分けると気づくことができたか、新しくメモを追加した。そうしながら、男を呼ぶ。
呼ばれた男の名前はサウェで、身分が卿だった。卿!?
サウェ卿は追加の言葉を口にしたが、フォーエンが記すので焦ったようにした。どう反応していいかわからないようだ。止めようにも止められないので、必死で堪えているのがわかる。
「面白いやり方だな。これも学ぶのか?」
筆を置くとフォーエンは理音に向き直った。
「学校で先生がやってたの。もっとうまい方法あると思うけど、そう言うのはもっと上の学年とかで学ぶと思う」
大学や会社でもっと効率の良い方法を行うだろうが、自分はそこまで詳しくない。お遊びみたいなものだ。
しかしフォーエンはそれでも新鮮だと、サウェ卿に紙片を使って他の人たちにも協力を求めるよう伝えた。頭を下げながら、サウェ卿は紙片を手に部屋を出ていく。
二人きりになって、フォーエンは少しだけ力を抜いた。直立の姿勢に微かな緩みが出る。部下の前では気を抜かないらしい。
「これから、民政に関しお前を関わらせる」
「へっ!?そんなことして大丈夫なの!??」
いきなり考えてもみないことを宣言されて、動揺する。この姿でここに来ている時点で、どうかと思っているのに。
「サウェ卿にはこれから関わるため、顔を覚えておけ」
「覚えるはいいけど…」
厚化粧をしているため気づかれないと思いたいが、ハク大輔やナミヤは自分の厚化粧でも気づいた人たちだ。他にもそんな目ざとい人がいるかもしれないのに、ここに来て大丈夫なのだろうか。
しかし、フォーエンは問題ないと頭を振る。
「考えていることがある。それに関しては気にするな。ただここに来ることは口にするな」
「それは、もちろん、だけど」
「何だ?」
ここの情報はダダ漏れだ。それは伝えておいた方がいい。
「昨日、ナラカが庭にいたよ。フォーエンの情報大抵知ってた」
「何だと?」
椅子を飛ばす勢いでフォーエンは立ち上がった。その途端、隠れて見えていなかった、兵士が二人、壁の両隅に現れた。
「出てくるな。問題ない」
フォーエンが手を振ると、兵士二人は頭を下げて再び姿を消す。
珍しく憤るように立ち上がったが、それを見て冷静になったか、すぐに席に座り直した。
フォーエンの机がある場所から奥、部屋の両隅には柱がある。その後ろにいるのか、こちらからは姿が見えない。朱色の柱や壁に掛けられた、大きな刺繍のされた布の後ろに隠れているのだろうか。
さすがに後宮でもない場所でフォーエンと二人きりにはしないらしい。それも当然か。この場所で情報が漏れるくらいなら何があってもおかしくない。
「何を話した」
「私が行方不明だったことは知っていた。犯人がシヴァ少将の可能性があるって話も」
「まだ可能性の話だ。だが、それを知っているか」
「レイセン宮とセイオウ院であったことは知らないと思う。ウーゴの話も出なかった。私が女官の手伝いをやっていることも、多分知らない。ハク大輔になりすましたことも知らなかった。けど、それ以外のフォーエンのことは、ほとんど知ってると思う」
ナラカが何のためにうろついているのかはわからない。しかし、どこまでも情報を得ている気がする。フォーエンの近くに、それもかなり近い場所に、ナラカの仲間がいる。
「ラファレイに成り済ませたのは、お互い忌中だったからだ。私の住まう棟ではなく、籠りの棟がある。そこでしばらく動くことがなかった。そこにいる者たちには信用がある。そのためだろう」
つまりその人たち以外は、信用できないと言うことだ。
「お前にも、警護をつける」
「私は大丈夫だよ。今のところナラカは私のこと情報源だと思ってるから」
「何かあってからでは遅い」
「私より、フォーエンでしょ」
「いつものことだ」
だからこそ、早めに対処してほしい。フォーエンに何かあっては困る。
「私は平気だし、ナラカから話は聞きたいから、大丈夫。とにかく情報はここから漏れてるから、情報統制に力入れた方がいいよ。難しいとは思うけど」
「…わかっている」
「医療習うのに、死体を切ったりするのは、練習でやるんじゃない?肉を切る練習しなきゃ、外科医なんてなれないし。多分」
あっけらと言うと、フォーエンは口を閉じた。反論できないようだ。外科が当たり前にない世界だと、狂気の沙汰のように思えるのだろう。
そもそも外科という言葉すらなかった。説明して覚えてもらった言葉だ。
「エンシさんて、南の国の人なんでしょ。もっと医療進んでるんじゃない?勉強させてもらえないの?」
日本だって蘭学を学んだため外科がメジャーになったのだし、知識のあるところから享受されるのは普通だと思う。
しかし、フォーエンは口を閉じたままだ。もう一人の男も、無表情のままこちらをじっと見るだけだった。何か変なことを言ったらしい。
「留学とかないの?他の国と喧嘩してたら無理?でも知らないままだと、時代に取り残されない?これだけの書物が残っているなら、エンシさんは南の国からこれを持ってきたんじゃないの?こっちで死体切り刻めないでしょ」
皇帝お抱え医師だったのだから、その時にはすでに知識があったはずだ。この本をこちらの国で描いたわけではない。南の国で知識を得てから、こちらの国に訪れているはずだった。
「ラカンのお城で、南に渡った人いるって聞いたよ。勉強のために旅立ったって。それこそ国で補助金出して、意欲のある人に学びに行ってもらったりしないの?」
隣国に学びに行くことは歴史上当たり前にあった。普通のことだと思うのだが、こちらは違うのだろうか。
フォーエンは男を見やった。男は口を結んだままだが、フォーエンの視線にゆっくりと顔を上げる。
「柔軟な考え方だな」
ため息交じりの言葉に、男は微かに唸るような顔をした。
「今まで、知識の遅れを感じていながら、この国の皇帝は教えを得られるように動いてこなかった。お前の言う南の国へ行くには、道が悪く安全は保証できない。距離も想像を絶するほど遠い。国をまたぐ必要もある」
南にあるから隣かと思ったが隣ではないらしい。一つの国を跨がなければならないので、渡るには相当苦労がいるようだ。
そのせいで進んで行いたいとも気軽に言えないそうだ。歴代の皇帝もそこを重要視してきていないらしい。
距離に関しては口を出す気が起きない。こちらは馬か歩きだ。長距離すぎてどれくらいの労力がいるのか想像つかない。
しかし、医療が進んでいるのならば、別のことも進んでいる可能性がある。技術などが遅れをとると、もし戦争などになった場合、対処できなくなるのではないだろうか。
「異文化を持ち込みたくないとかあるの?」
「この国が他国より遅れていることを、民に知らせたくないだけだ」
きっぱりとした口調は、以前の皇帝を完全否定している。皇帝はともかく、城で働く者たちに危機感はあるのかもしれない。
「お前のように広い知識を得るには、他からの学びも必要になる。だがそれよりも先に、全ての人が等しく学べる場が必要だ」
フォーエンはため息交じりだ。色々改革を行いたいのだろうが、やらなければならないことが多すぎて、どこから手を出していいのかわからないのかもしれない。皇帝が代わりすぎて、政治がまともに進んでいないのだろう。
「子供の学びに必要なものはなんだ。何から行えばいい」
フォーエンは身を乗り出して問うてきた。前々から義務教育には興味を持っていた。本格的に乗りだす気だ。
しかし自分の常識に当てはめると、こちらの事情に当てはまらなくなることがある。
理音はフォーエンに紙を出すように言った。小さな紙片をいくつも出してもらう。必要なものは二人に考えてもらった方が問題点が出てくるだろう。
「陛下、私が」
紙に書けと言ったら、男が焦ったように立ち上がった。フォーエンはそれを手のひらで制止すると、筆を取る。
「必要なことを言ってくから書いてって。そこから派生したものを増やしていこ」
「派生?」
「うん。まず目的は?」
「知識の統一だ。平民から貴族まで等しく学ぶとまではいかないが、民の知識を上げたい」
「単語を紙に書いてって。じゃあ、ターゲット、えーと、教えたいのは平民が中心かな?」
「下級貴族もだ」
「それって男女?」
フォーエンの頷きに、理音は紙に書くのを見ながら、次々質問していく。
「何歳ぐらいを考えてる?期間は?場所は?何を教える?」
フォーエンは理音に答えながら文字を記していく。決まっていないことはその質問の単語を記してもらう。
「勉学はまず文字の読み書き、発音。算学」
「地図とか歴史は?自分の国と他の国の話。理科…、自然について覚えたり?音楽、図画工作、運動、道徳は?」
「道徳?」
「思想の統一。国で思想を統一させるのは、いい面も悪い面もあるけど、倫理は教えた方がいいと思う」
「倫理?」
「倫理観。子供相手だったら、本当に単純なことかな。くずをその辺に捨てないとか、困ってる人がいたら助けるとか、いじめをしない。落とし物を見つけたら、こっちだと兵士?に届けるとか」
「そんなことを学ぶのか?」
正直なところ小学校の道徳の時間がどんなだったか覚えていないが、こちらはそう言った倫理的なことは教えた方がいいと思う。罪を働いたら罰を与えるのではなく、罪を犯さないような教育が必要だ。
「盗みは悪いことですとか、悪いことをすると後で自分に降りかかりますよ。みたいな本はよく読まされた気がする。あと、学校を自分たちで掃除するのはいいって、海外の人に賞賛されてた」
「なぜだ?」
掃除などしたことなさそうなフォーエンが、真面目な顔で問うてきた。貴族の人々は全くわからない感覚かもしれない。教えた方が良さそうだ。
「自分で掃除したら、汚さないからだよ。苦労を知らないと、わからないでしょ?だから自分たちが使うところは、全部自分たちで掃除するの」
「平民には必要なのか…」
いやいや、貴族もだよ。人の話聞いていないな。
フォーエンに怒ると、ものすごく驚愕された。自分たちは対象外だと思っている辺り、やはり身分制度は面倒臭い。
「身分があるからそんなことできないって思いがちだけど、仕事をするに下位の気分は味わっといた方がいいよ。理解できない人間が上司になっても困るからね」
理音の言葉にフォーエンは無言になる。しかし納得するような顔だ。フォーエンは皇帝になったのは最近なので、貴族としても部下であったことはあるだろう。
しかし、男は眉を寄せた。平民と同じことをなぜできるのか、不快に感じているのかもしれない。
「人口の半分以上は平民でしょ?完全に抑制するならともかく、そのつもりがないなら、平民の集団性を甘く見ない方がいいと思う。平民がいないと国が成り立たないってことは知っておいた方がいいよ。平民が収める税金がなくなれば、貴族だって苦しくなるし、農業やってる平民が全滅したら、貴族も全滅だからね?」
百姓一揆をとくと教えたいが、隣の男が目を見開いたのでやめておく。刺激的な言葉は敵を作りやすかった。コウユウに殺される事件が勃発する。
「身分制度のない国の人間の意見だな」
フォーエンのため息交じりの言葉には嫌味がない。しかし、隣の男は眉を潜めていた。
これ以上言わない方がいいだろう。
「必要な物。教えるにも教科書が必要だから、その道具も用意しなきゃだね。最低でも一つの教室に教科書一つ?」
机や椅子、書き物などは最悪いらないと思う。高価だろうから、文字は地面に書くなどすればいいだろう。
「その教科書をどう作るのか。教科。先生の数、告知の仕方。他に何ある?」
「その書物を誰が作るかだな。内容の選定は必要だ」
フォーエンが紙に記す。フォーエン自体は理音の言葉にそこまでショックを受けたりしないが、男は別だろう。フォーエンが気にしていないことに驚きを見せて、目を瞬かせた。
「この別々の紙はどうするのだ?」
フォーエンは紙片に一語ずつ書いていたが、さすがに気になったか書き終えた紙片を広げた。理音はそれをカテゴリーごとに分けていく。
「本当は壁に貼って派生を増やしてくんだけどね。そうするとわかりやすいんだよ。問題点とかをどんどん書いてって、視覚化するの。色々な人に見てもらって、意見をもらうといいよ。気づかない点が出てくるから」
フォーエンは頷きながらカテゴリー別にしていく。分けると気づくことができたか、新しくメモを追加した。そうしながら、男を呼ぶ。
呼ばれた男の名前はサウェで、身分が卿だった。卿!?
サウェ卿は追加の言葉を口にしたが、フォーエンが記すので焦ったようにした。どう反応していいかわからないようだ。止めようにも止められないので、必死で堪えているのがわかる。
「面白いやり方だな。これも学ぶのか?」
筆を置くとフォーエンは理音に向き直った。
「学校で先生がやってたの。もっとうまい方法あると思うけど、そう言うのはもっと上の学年とかで学ぶと思う」
大学や会社でもっと効率の良い方法を行うだろうが、自分はそこまで詳しくない。お遊びみたいなものだ。
しかしフォーエンはそれでも新鮮だと、サウェ卿に紙片を使って他の人たちにも協力を求めるよう伝えた。頭を下げながら、サウェ卿は紙片を手に部屋を出ていく。
二人きりになって、フォーエンは少しだけ力を抜いた。直立の姿勢に微かな緩みが出る。部下の前では気を抜かないらしい。
「これから、民政に関しお前を関わらせる」
「へっ!?そんなことして大丈夫なの!??」
いきなり考えてもみないことを宣言されて、動揺する。この姿でここに来ている時点で、どうかと思っているのに。
「サウェ卿にはこれから関わるため、顔を覚えておけ」
「覚えるはいいけど…」
厚化粧をしているため気づかれないと思いたいが、ハク大輔やナミヤは自分の厚化粧でも気づいた人たちだ。他にもそんな目ざとい人がいるかもしれないのに、ここに来て大丈夫なのだろうか。
しかし、フォーエンは問題ないと頭を振る。
「考えていることがある。それに関しては気にするな。ただここに来ることは口にするな」
「それは、もちろん、だけど」
「何だ?」
ここの情報はダダ漏れだ。それは伝えておいた方がいい。
「昨日、ナラカが庭にいたよ。フォーエンの情報大抵知ってた」
「何だと?」
椅子を飛ばす勢いでフォーエンは立ち上がった。その途端、隠れて見えていなかった、兵士が二人、壁の両隅に現れた。
「出てくるな。問題ない」
フォーエンが手を振ると、兵士二人は頭を下げて再び姿を消す。
珍しく憤るように立ち上がったが、それを見て冷静になったか、すぐに席に座り直した。
フォーエンの机がある場所から奥、部屋の両隅には柱がある。その後ろにいるのか、こちらからは姿が見えない。朱色の柱や壁に掛けられた、大きな刺繍のされた布の後ろに隠れているのだろうか。
さすがに後宮でもない場所でフォーエンと二人きりにはしないらしい。それも当然か。この場所で情報が漏れるくらいなら何があってもおかしくない。
「何を話した」
「私が行方不明だったことは知っていた。犯人がシヴァ少将の可能性があるって話も」
「まだ可能性の話だ。だが、それを知っているか」
「レイセン宮とセイオウ院であったことは知らないと思う。ウーゴの話も出なかった。私が女官の手伝いをやっていることも、多分知らない。ハク大輔になりすましたことも知らなかった。けど、それ以外のフォーエンのことは、ほとんど知ってると思う」
ナラカが何のためにうろついているのかはわからない。しかし、どこまでも情報を得ている気がする。フォーエンの近くに、それもかなり近い場所に、ナラカの仲間がいる。
「ラファレイに成り済ませたのは、お互い忌中だったからだ。私の住まう棟ではなく、籠りの棟がある。そこでしばらく動くことがなかった。そこにいる者たちには信用がある。そのためだろう」
つまりその人たち以外は、信用できないと言うことだ。
「お前にも、警護をつける」
「私は大丈夫だよ。今のところナラカは私のこと情報源だと思ってるから」
「何かあってからでは遅い」
「私より、フォーエンでしょ」
「いつものことだ」
だからこそ、早めに対処してほしい。フォーエンに何かあっては困る。
「私は平気だし、ナラカから話は聞きたいから、大丈夫。とにかく情報はここから漏れてるから、情報統制に力入れた方がいいよ。難しいとは思うけど」
「…わかっている」
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