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168 ーセオビー

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 レイシュンは身分など関係なく気安く話しかけるので、かけられた方は恐縮するだろうが、問われれば世間話だろうが答えることになる。当たりが柔らかいので接する機会が少なければ少ないほど、レイシュンの印象はかなりいい。失礼だがそう思う。

 関われば関わるほど底が知れないと気付くのは、全てを暴露してからになるだろう。普段の自分ならばそうなっている。フォーエンのことがなければ自分はそうしていたはずだ。何でも話して理解を得ることに安心を覚える。否定されずこちらの話を聞いてくれる上司の印象が悪いわけがない。
 本当に偉い人なので、周囲からすれば恐れ多いのだろうが。

 しかし、そうやって品定めされているのは間違いない。何かしらの琴線に触れると、レイシュンは側に置くのだろう。まさに今自分がそうなっているように。
 だが、それが過ぎればどうなるかと言う恐れがあった。きっと長くは続かない。

 今回自分にどうやってウルバスが殺されたのか調べさせたのは、何かしら理由がある気がするのだ。犯人が知りたいから?本当にそれだけなのか?
 例えば本当に、ジャカがウルバスを殺したとして、レイシュンは分かっていても放置しそうだ。ジャカの信頼云々は置いておいて、興味がなければ首を突っ込もうとしそうにない。部下に命じて犯人を見つけるだろう。

 レイシュンが首を突っ込んだのは、ウルバス殺しに何かしら興味の湧くことがあったからではないだろうか。



 リンネとジャカのいる棟に来て数日、怪しい人間などわかるわけがなかった。毒の植物に近付く者もおらず、手詰まりである。ただ薬草の用途をお互い確かめ合ったり、薬草の混ぜ方などと話し合ったり、再び違うところに足を突っ込み始めていた。
 たまにギョウエンが現れてレイシュンのところへ連れていかれる。レイシュンとのお茶を楽しみながら、世間話程度に事件の話が出た。

「あの植物ですけど。犯人を見つけなくとも、もう処分しませんか?」
 今更犯人が植物を得に来るとは思えないので、根から掘り出して燃やすなりして処分した方がいいだろう。燃やして処分するにも猛毒が発生するので、処分の方法は考える必要があるが、放置するよりいいと思う。

「また犯人が毒を使うために、取りに来るのでないの?」
 レイシュンは目を細めて問うた。犯人をおびき寄せられるならば必要であろうと。

 毒の使い方を知らないレイシュンは、現状ある木の何を使うのか知らない。実際は実を使用しているので、実のなっていないあの植物でウルバスを殺すような殺し方はできなかった。
 ただ他の部位を使って殺すこともできるので、犯人が別の殺し方をしたければ取りに来るかもしれないが、さてどうだろう。しかし、もし奪われて悪用されるくらいならば、処分した方がいいと思う。

 もし本当にジャカが犯人だった場合、最悪抵抗された時に死人が出る。
「もう少し待ってみるよ。確実な証拠が欲しいからね」
 レイシュンはゆるりと笑んで、静かに瞼を下ろした。

 毒の木をそのままにしておく方が危険だけれどな。

 殺し方なんて多々あるのだが、それを口にするのはやめた。悪用の仕方は理音が知っているだけでも幾つかある。植物園に行って孫娘に大概な情報を与えた祖父は、それは楽しく教えてくれた。
 海外にも良く訪れる祖父は、不思議な知識をやたら仕入れてくる。豆知識的な物でも目の前にあればすぐに思い出して教えてくれた。
 植物で人を殺せる話を当時小学生の孫娘にするのもどうかと思うが、そんな知識をもっと調べようとする自分もいるので、祖父の育て方は理にかなっており、こうして役立つことになったわけだ。



「今日はレイシュン様にお客様がいらっしゃいますので」
 ちょっとした時間のお茶だったので、ギョウエンが短かった時間の理由を言ってきた。別に気にしなくていいのに。と思ったのだが、ギョウエンは前から歩いてきた男に目を向けていたのに気付いた。
 この城で見ることのない、毛皮を着た男たちがこちらを歩いてくる。

 見たことのある顔に理音は男の顔を凝視した。バラク族のセオビだ。お客って、あの男のことである。まるで鉢合わせるのがわかっていたかのように、ギョウエンはそっと理音の前に立ち、脇に避けるように言った。
 軽く頭を下げてバラク族たちが通り過ぎるのを待つ。近付いてきたバラク族はギョウエンを見知っていると、声を掛けてきた。

「これはこれは、ギョウエン殿。相変わらず顔色の悪い。西の方が好む季節だが、顔色の悪さがさらに悪くなってしまいそうだな」
 セオビの後ろにいた男が心配げな言い方をしてきたが、口角を上げている。他の男たちがにやにや笑うのを見る限り、どうも嫌味のようだった。
 ギョウエンは西の方の国から来たのだろうか。肌が青白いので、褐色の肌のバラク族からしたら確かに体調が悪そうに見えるが、余計なお世話である。

「急激に寒さが強まりましたので、体調には気を付けたいと存じます」
 ギョウエンは言われ慣れているのか、そつなく返す。代わりにセオビの後ろにいた男たちが顔をしかめた。ギョウエンに堪えていないのが気に食わなかったようだ。

 しょうもないやつらだな。
 睨みつけた理音のよそに、セオビはそれに対して何も言わず、こちらへ視線を伸ばしてきた。レイシュンの隣にいたことに気付いただろうか。相手をしたくないので気付いて欲しくない。一度会った程度なので覚えていないと思うが。

「見たことのないのを連れているな」
 セオビはやはり覚えていないと、理音を見てそう呟いた。ギョウエンと一緒にいて男の格好をしているからか、城にいる者と勘違いしたようだ。
「王都よりいらっしゃった、薬師見習いのリオン様です」
 ギョウエンがレイシュンレベルで適当なことを言った。しれっと言うのでセオビは信じたのか、珍しそうにこちらを見つめる。これ挨拶とかした方がいいの?いや、問われなかったらこちらから挨拶は駄目なはずである。

 セオビを間近で見ると、身体はゴツイし身長もあり、上から見下ろされると迫力があった。
 なのに甘い香りがする。こちらの人は香りは嗜みみたいな感じなのだろうか。お風呂少ないから匂い消すあれかも?それもあるかも?

「王都からの客が多いようだな。薬師見習いが来たとは知らなかったが」
 王都からの客に誰が含まれているのか、理音は眉を潜めた。マウォのことを言っているのか。それとも皇帝の妃について言っているのか。セオビは嫌味っぽく言うわけではなく、ただ理音をしげしげと見つめるだけだった。深い意味で言っているようではない。

「随分前からいらっしゃっております。これから庭園へ参りますので、失礼させていただきます」
 ギョウエンは軽くお辞儀をしてセオビの質問をかわすと、気にせずその場を離れる。理音も軽く頭を下げてギョウエンの後をついた。セオビはこちらを目線で追っていたが、踵を返すと今自分たちが来た道へと進んでいった。

「バラク族が城に来ることなんてあるんですね」
「ほとんどございません。今回はレイシュン様への用向きがあるようです」
 バラク族が来る予定があって、レイシュンはわざと理音に会わせるようにしたのか、タイミングが良すぎた。
 そうなると薬師見習いは予め用意されていた答えだろう。そんな答えで妃を招き入れた噂を払拭するつもりだったのだろうか。
 そう思って頭の中で否定する。さすがに短絡的すぎるか。

「レイシュン様の隣にいた者とは気付かれませんでしたね」
「そうですね。良かったです」
 言うとギョウエンは足を止める。ぶつかりそうになって、理音もすぐに足を止めた。
「そう思われますか?」
「思われますけど?あの嫌がらせで覚えられた方が困ります」
「嫌がらせ、ですか」
「嫌がらせですよ」
「そうですか」
 ギョウエンは納得してまた足を進める。ギョウエンの気になるポイントも全く良くわからない。

「セオビは男色ですので、お気を付けください。リオン様が男の格好をしているので、興味を持ったと思われます」
「は?」
 それって男の格好で会わない方が良かったってこと?女の格好をしてレイシュンの隣に座っていたと知られた方が良かったのかな。微妙すぎる。
 とは言え、早々会う相手ではないのだから、気を付けるもないと思うのだが。

 廊下に先ほどのセオビの香りが残っている。狩猟民族なのに香水きついってどう言うこと?部族長は狩りをしないのかな。これ残り香で後ついていけるよ。そう言うと、ギョウエンはかぶりを振った。
「狩猟はもう一部の人間しか行っていません。バラク族のいる山は玉が採れます。今の収入は玉からの物が多いでしょう。いい収入になりますから」
 狩猟より宝石の方が儲かるらしい。それもそうかと納得する。温泉があって宝石売って生きていける山だった。温泉いいなあ。

「じゃあ、町で売ってる宝石って、バラク族が売ってることが多いんですか?」
 ふと思い、そう問うと、ギョウエンは一度間をとった。また変なことを聞いたらしい。
「リオン様は、レイシュン様が喜びそうなことばかり言いますね」
 何だ、その感想。

「レイシュン様にとって…、レイシュン様が治めるこのラカンの町にとって、バラク族の住む山の玉は大切な資金源になります。バラク族だけが得られる物ではない。バラク族が戦の時どさくさに紛れて山の鉱山を占拠したため、今はバラク族のものなだけです」
 それで貴族と組んで何かとやっているならば、目の上のたんこぶなわけである。テコ入れでもすればバラク族にとってもレイシュンは邪魔だろう。それで暗殺ならば、根が深そうだ。

「粛正できるのならばできる時に行いたい。レイシュン様が考える当然のことです」
 ギョウエンはさらりと言う。とは言え粛正するための証拠がないわけだ。理音を狙う者がリ・シンカやセオビだった場合、証拠を掴めば一掃できるのかもしれない。山も戻り一石二鳥か。
 だからこその囮。しっくりきた。その囮もうまくいってないわけだが。しかしそうなると、セオビに会うような時間をとったのも、囮か?男の格好で?
 いやいや、セオビに会う機会ないってば。あるのかな? 

 こんなところで囮になって、一体いつフォーエンの元へ帰れるのだろうか。
「ギョウエンさん、ハク大輔に連絡とかいってないんでしょうねえ」
 急な問いに、ギョウエンがさっと目を逸らした。おい。

「王都へ調べはいっています。あなたが狙われているのはわかっていますので、犯人探しにももちろん力を入れています」
 犯人探しは確かにしてくれているのだろうが、王都の話はどうもあやしい。
「王都まで戻るといくらくらい掛かりますかね」
 理音の問いにギョウエンは押し黙る。

「そう言う発想をされるんですね」
 帰れなければ稼げばいいではないか。そう言う発想以外に何があると言うのだろう。むしろ首を傾げると、ギョウエンは何とも言えない顔をした。
「あなたが皇帝陛下の妃だろうが、ハク大輔の侍女であろうが、平民風なのは否めません」
 そりゃそうだ。ただの一般市民である。だが残念、皇帝の妃は間違っていないのだ。笑えるね。

「どっちでもいいですけど、この際ハク大輔じゃなくてもいいですよ。ハク大輔の部下のナミヤさんかウンリュウさんに連絡つけられないですか。正直、冬になってここに閉じ込められるのはきついです」
「そうですね」
 さらりと言うが、本当にそう思っているのだろうか。

 理音をここに留め置く意味すら分からなくなってくる。そもそもそのハク大輔愛人云々も、作り話ではないかと勘ぐりたくなってきた。ここに留めておく必要があるとか言われた方が納得する。
 レイシュンが何を考えているかよく分からない人物であることを鑑みると、助けてもらって何だが、何か企みがあるように思えてきた。もう疲れてるね、私。

 そろそろ自分も強硬に出るべきか。本気で考える。

「レイシュン様は、あなたを殊の外気に入ってますから」
 それ何の答え?ギョウエンは庭園前で足を止めると、理音を見据えた。真面目な顔に理音は背筋を伸ばす。

「お気を付けください。私から言えるのはそれだけです」

 ギョウエンの言葉は、今までになく、深く暗い渦に巻き込まれる気がした。
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