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150 ー祭りー

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 レイシュンは馬の腹を蹴り上げる。庭を突っ切り、いくつかの門を越えて、裏門らしき小さな門を抜けると、堀を越えて馬を走らせた。

 細い道を颯爽と進んでいく様は、迷いがない。これは間違いなく慣れた道だろう。
 そう言えば今日は後ろにギョウエンがいなかった。いつも連れてくるお付きの兵士たちもいなかった。
 彼らはこの事を知っているのか、それとも黙って来ているのか。

 門番は決まって頭を下げて開きっぱなしの門の側にいるだけ。レイシュンが通れば門を閉めていく。
 止まることなく進み続けて、最後の門を越えた。堀を過ぎ通りを進むと開けた場所に出た。

 こちらの町並みは王都と若干違う。違うと思うのはその色だ。王都は白壁が並んでいたが、こちらは薄い茶系や赤系で、やけに明るい。屋根瓦も茶系や赤系なので、西洋の雰囲気があった。城の中も雰囲気が違うので、州によって町の雰囲気も違うのだろう。この国は国土が広いようなので、地方によって色が違うようだ。日本だって北と南では建築様式が違う。それと同じだろう。

 祭りで混み合っていると思ったが、人があまりいない。レイシュンはわかってるとそのまま馬を走らせる。
「こっちは裏でね。人の行き来を制限しているんだ。何かあった場合には動ける場所がないと困るから」

 何かあった場合。つまり争いがあった場合、兵士が動ける開けた場所を確保している。
 祭りでありながら、最悪の場合を考えているのだ。

「そんなに、綱渡りな集まりですか?」
「まあねえ。一応ってとこかな。何かあって動けないんじゃ、しょうがないでしょう?」
 国境近くでありながら、不安定な情勢とは、中々危険な場所である。

 尚更、祭り期間に王都からの使徒はいないのか、気になるところだ。例え誰か来ていても、容易に助けを求めるができない立場なのが悲しい現実だが。
 聞いても仕方がない。そう思いながら、理音はレイシュンの胸で馬のたてがみを握った。できれば後ろに乗りたかったのだが、スピードを上げられると背中に抱きつくしかなくなる。それは遠慮したいし、服だけ掴んでいても左手しか力が入らないので、諦めて前に乗らせてもらった。

 レイシュンは最初横乗りにさせるつもりだったらしい。前から理音がレイシュンに抱きついて乗せたかったのに、とため息混じりのたまってくれた。
 そんなことしませんよ。と強くお断りしたので、現在馬の背に跨がっているわけである。
 チャラ男怖い。

 ひらひらの巻きスカートのような着物は、何とか跨ぐ事に成功しているが、やはりはしたないからと上掛けをもらった。足が出るのは好まないこの世界だ。フォーエンが見たら怒るやつである。
 上掛けもらってもひらひら舞うのはどうしようもないが。


「さて、ここからは歩くか」

 通りを兵士が通せんぼしている。そこの近くまで馬で進むと、兵士たちがさっと頭を下げる。兵士たちの先は人通りが多い。成る程、歩行者天国のように道を分けているわけだ。
 道には露店がひしめき合い、道行く人々も店を眺めては足を止めている。美味しそうな匂いもどこからか漂ってくる。食べ物以外にも、布や装飾品、置物などが売られていた。
 レイシュンはその道に入る前に馬から降りて手綱を引いた。自分は降りなくていいのかまごまごすると、レイシュンの顔が笑顔になる。

「リオンちゃんは降りちゃ、だーめ。こうやって私が手綱を引くと、お嬢様をお連れしている感じがしない?」
「は?」
「さ、お嬢様。どこへ行きましょうか?」
「え、ちょ、ちょっと、レイシュンさん」
 レイシュンはノリノリだ。馬に乗った理音をお嬢様に見立てて、行きたいところ行ってねー。と降りたまま歩んでいく。

 それはまずいよ、レイシュンさん。州侯を足にするとか、またこれ怒られるやつ。
 だから理音は市民の服ではないわけである。桜色の大人しめな、いかにもお嬢様な服を着せて、町をお忍びで周るつもりだったのだ。

「遠慮しないで、何か見たい物でもあったら言って。あ、あれなんてどう?異国の装飾品だよ。ちょっと待って、すぐ持ってくるから」
「レイシュンさん!?」

 あの人、お忍びが慣れているなんてものではない。人の隙間をぬって馬ごと進むと、ささっと運んで持ってくる。
「これとかどう?似合うと思うけれど」
 見せられたのは帯のように長い布で、赤から薄いピンクになるようにグラデーションで染められた布だ。何をどう思ってピンクが似合うと思うのか。今着ている服もレイシュンが選んだのだと気付かされる。

「記念に、どう?」
「いえ、大丈夫…」
「これはどう?君に似合うと思うなあ。ね、これは?」
「レイシュンさん…」

 どこの女子か。小河原を思い出す。あれが似合う、これが似合うと、やたら理音に合わせようとする。
 小河原は好きフィルターがかかるので、何でも似合うと屈託なく言ってくれるが、レイシュンは別だ。本当に似合わないし、いただく理由もないので、とりあえず断っていく。

「気にすることないよ。折角のお忍びだしね。欲しいものがあったら言ってほしいな」
 笑顔で言われても、気にするのはこちらである。助けてもらった身で贈り物などとんでもない。大きく左右に首を振ってお断りしたが、レイシュンはいつの間にか腕輪を買っていた。
 紅茶色の宝石が繋がれた、華美ではなく落ち着いた色の腕輪だ。紅茶色の石以外に、薄い黄緑の石やイエローゴールド色の石が繋がっている。

「かわいいでしょ。あげる。つけててね」
 言いながら理音の左手をとると一瞬レイシュンは目を眇めた。何に目がいっているかと思えば、理音のお高い時計である。まずいと思ってさっと腕を引いたが、もう遅かろう。

「左手は予約済みだったね。じゃあ、こっちで」
 何もなかったように言うと、包帯の巻かれた右手首にレイシュンは遠慮なく結びつけた。紐で結ぶ腕輪なので、しっかり結ばれると取れることがない。取るなと言う意味である。
「ありがとうございます…」

 ここは素直に礼を言っておく。もらう理由は全くない。ないのだが、礼を言えば若干タレ目なレイシュンの顔が更に緩んで目が垂れた。
 可愛く笑うものである。その笑みにつられてへらりと笑って見った。

 左手の時計は防水なのでしっかり動いている。しかし、しばらく昏倒していたこともあって、こちらで何日寝込んでいたのか正確にはわからず、時間が毎日若干ずれることもあり日にちはよくわからなくなっていた。
 時間はまた鐘がなるごとに時計の針を動かしているので、時間はわかるのだが。

 理音の装いがお金持ち仕様だったので、お高い時計を見てもそこまで疑問に思わなかったのかもしれない。
 ほっと息をついて、紅茶色の石を見つめた。透明感のあるグリーンやイエローゴールドの石は、現代でも露店で売っていそうなパワーストーンと変わりない。研磨されてはいたが完全な球ではなかった。手作り感のある温かみが残るアクセサリーだ。とてもかわいい。


 祭りだけあって、人の通りはかなり多い。王都の賑わいも中々だったが、こちらは道がさほど広くないのもあって、混み具合は王都よりひどかった。
 一人馬の上、眺めはいいが、人々からも眺めはよかろう。理音は自分がかなり目立っていることに気付いた。人々が理音を目で追っていくのだ。

 どこの偉い方が見学に来ているのか、町の人々は想像するらしい。時折、どこの部族の姫かしら。と囁くのが聞こえた。耳になれない言葉もあったので、おそらく部族の名前を言っているのだろう。
 行き交う人々の人種は案外違う。今まで会ってきた人々に比べて、明らかに違う人種であると思う者もいた。肌の色しかり、着ている衣装しかり、しかも団体でうろついていることが多いので、ああ、あれはどっかの部族の人たちなのだろうな。とすぐわかる。

 写真、撮りたいな。
 思っても、手元にスマフォはないのだが。

 フォーエンにこの景色を見せたいが、無い物ねだりである。こんな部族の集まり、間違いなくフォーエンは気にするのに。


「ジャカ。買い物かい?」
 ふと、レイシュンが店の前にいた男の子に声を掛けた。

 雌黄色の髪はクチナシの花のように美しく、陽に当たり金にも銀にも見える。身長はあまり高くなく理音と変わらなそうだが、乗っていた顔は美少年と言わざるを得ないものだった。

 目でか。まつ毛長っ。とか、かろうじて言うのを抑えた。
 西洋のお人形さんである。美少女と言っても過言ではない。着ている服が男物だから男と認識した程度だ。
 年齢は理音より下だろう。ハルイやセイリンぐらいだろうか。

 声を掛けられた美少女。もとい美少年ジャカは、一瞬真顔にして、焦って首を垂れた。
「レイシュン様!」
「あ、いいよ。頭を上げて。お忍びなんだ」
 レイシュンはふんわりと笑って言ったが、ジャカは首を振ってそのままにした。
「そのままだと困るよ。今日は偵察みたいなものだからさ」
 ジャカはおそるおそる顔を上げた。申し訳ないと冷や汗をかいている。

 あ、あれが普通の反応ですか。なんて、とぼけた感想を持ったのは理音だ。
 そうだよね。州候って偉い人だよね。
 ギョウエンも、レイシュンに対して結構ひどい扱いをしていたので忘れそうになるが、州候は偉い人です。本当対応気を付けよう。

「香辛料を買っておりました。行商が出ており、良い品が安く買えますので」
 ジャカはそう言って手元の袋を見せた。布袋いっぱいに何かが詰め込まれている。
 こっちの香辛料って、何があるんだろう。と上から見やったが、袋の中にも袋があって、何だかわからなかった。

「そう。城の手伝いはどう?慣れた」
「はい。種類が多く、覚えるには骨が折れますが、他では学べない知識を学べます。リンネさんにも良くしていただいていますし、お役に立てるよう頑張ります」
 ジャカは小さくはにかみながら返答する。

 若いが言葉がしっかりしている。上に対する物言いは見習いたいところだ。
 リンネとは何でも植える庭師の名前だが、彼の手伝いをしているようだ。種類というならば植物の種類だろう。
 庭いじりなんて似合いそうにない、白い肌の男の子だが、話からすると最近働き始めたに違いない。

「あの、そちらの方は」
 話がこちらに振られて、理音は苦笑いをする。
「ただの、」
 カモフラージュって日本語で何て言えばいいんだ?と思ったその一瞬の間。
「私のお嫁さん」
「えっ!?」
 ジャカと理音の声がハモった。
「予定の人」
 続けて言ったが、それ意味あるのか。

「ご結婚なさるんですか。おめでとうございます」
 いや、ちょっと待て。
 ジャカは驚きと共に祝いの言葉を口にする。
「ちょ、レイシュン…」
「まだね、公表前だから、誰にも言っちゃいけないよ。お嫁さんに、町を見せたくてね。祭りも丁度行われているし、外に連れ出さなきゃと思って、お忍びで連れてきたんだ」
 焦る理音に、レイシュンは適当な会話を続けて、理音の言葉を遮ってくる。

 いやいや、何言ってんだ、この人。

「じゃあ、ジャカ。私は彼女に色々見せてあげたいから」
「は、はい。申し訳ありません。失礼いたします」
 深くお辞儀をして、ジャカは少し離れると、もう一度礼をして走り去っていった。

「レイシュンさん…」
 意図があって言ったのか、そうでないのか。この男の考えはわからないが、とりあえず恨みがましい顔をして名を呼ぶと、レイシュンは大きく吹き出した。

「信じちゃったかなあ」
「信じちゃったかなあ。って、信じちゃいましたよ、あの感じ!いいんですか。いたいけな子供騙しちゃって!?」
「ええ、じゃあ、ほんとにお嫁さんになる?」
 レイシュンは口元に人差し指を指し、可愛く照れるように言った。来てくれてもいいんだけどー。と付け加える。

 こいつめ、目が笑ってないんだよ。
 顔の温度が上がりそうになりつつも、理音はレイシュンをねめつける。
 こちとらもいたいけな少女だわ。言わないけど!

「からかわないでください。それより、さっきの子、庭師さんのお手伝いをしているんですか?」
「そうだよ。ジャカは両親を亡くして、姉妹と共にこの町に来たんだ。とても聡明な子でね。城で働かせた方が有益と思ったんだよ」
 手習で計算や詩なども学んでいたこともあり、将来有望だそうだ。
 そんなのどこで知り得るのだろう。ふと考えるとレイシュンはクスリと笑った。考えていることはお見通しのようだ。

「町の情報は耳に入るようにしているんだよ」
 つまり、いつも通りお忍びをしていると言うことだろうか。諜報部員はいるのだろうが、レイシュンの場合自ら足を運んでいるような気もする。ジャカを見つけたのもレイシュン本人ではなかろうか。
 そう思いながらも、理音は更に疑問を持った。
 手習で計算が早くて、なぜ庭師。

「断られたんだよ。そんな身分じゃないのに、城の中で私の手伝いはできないって」
 口には出していないのに、レイシュンは理音の疑問に答えた。
「まだ、何も言ってませんが」
「顔に出てたよ。聡明な子を、どうして庭師の手伝いなんてやらせてるのかって」

 そんな出てるだろうか。理音は両頬を両手の平で上げてみせる。
 レイシュンは口元で笑うと、馬を引き始めた。
「私は身分なんてものはただの飾りだと思っているから、何も気にしないんだけれどね。けれど、あの子は昔ながらの制度を習っているから、身分もないのに城には上がれないと意固地でね」

 昔からの制度。まあおそらく、身分によって階級が決まるのだから、階級によっては就けない仕事があるのだろう。宮廷の政治に近い部署で働いたりとか、皇帝陛下に近い仕事はできないとか。
 何にせよ、くだらない差別的なものだ。
 それに対してレイシュンは身分など関係なく能力のある者を集めたいようだ。おそらくここの国では珍しいのだろう。

 ジャカは自分の身分を恥じているか、身分の高い者たちのする仕事はできないと言いたいのだ。それでレイシュンは別の役割を与えた。庭師の手伝いだが、城で確認できる場所にジャカを置いたようだ。
 おいおい別の仕事に就かせるのかもしれない。まずは城の中ではなく、外の仕事を与え、様子を見るのだろう。

「能力のある者を育てるのは、偉い人の義務ですよね」
「え?」
 レイシュンは珍しく惚けた顔で問うた。

「お金があるんだったら、学校とかに通わせてあげられるんでしょう?偉い人ならば優秀な子を育てるのは、むしろ特権なんじゃないですか?お金がなくて学べない子なんて多いだろうし」
「リオンちゃん、面白いこと言うね」

 今の何が面白いことなのだろう。
 理音は首を傾げた。ついでに眉を潜めた。
 お金があるならば、それくらい余裕でできるだろ?と言いたいだけなのだが。
 そもそも、レイシュンだってそのつもりだろう。
 こちらの貧富の差は歴然だ。荒れた町や王都を比べればわかる。おそらく義務教育的な学校もない。手習というならば、家の仕事などを手伝う子供にはそんな機会すらない。

「等しく学べない国は、人材を無駄に扱っているだけなんだし、偉い人なんてお金持ってるんだから、その人たちが率先すればいいんですよ。そうすれば国だって次第に豊かになります」
 フォーエンも学校の話については、義務教育についてやたら食いついて聞いてきたものだ。同じ歳の子供に同じレベルの教育を施す。その大切さをどうやって満遍なく行えるか。それを問題にしていた。

「へえ」
 何がへえ。

 レイシュンは口元だけで笑った。時折その顔をするが、目は笑わない。
 面白いものを見つけたような、悪巧みをしているような。つまり、関わりたくない顔である。
「そんな顔しても、何も出ませんよ?」
「え、私どんな顔してる?」
「悪い顔です」
「ええ、してないよー」

 してるって。自覚あるだろ。
 今更おどけてみても遅い。この男は油断ならない男である。優しく接しながらも言葉の端々で、何かを探り当てようとしている。

「ハク大輔のところでも、そんな話をするの?」
 急に出た、ハク大輔。忘れた頃に名前を出してくる。
 理音は意地の悪い顔をしているレイシュンを横目で見やる。

「ハク大輔と、そういう話はしたことないですね」
「じゃ、どんな話するの?」
 どんなって、フォーエンのこととか、フォーエン周辺のこととか。とりあえずフォーエン関係の話である。これ言っていいものかな。

「ヘキ卿がぐずって働かないから、誰かお尻押してくれないかな。とかですかね」
 正確には尻を押してくれてありがとう。だが。まあよかろう。
 レイシュンは一瞬間を置いて吹き出した。
 予想外の答えだったらしい。笑いを堪えて口元を手の平で抑えている。思いの外ツボにはまったようだ。

「ヘキ卿も今回の件で、居場所を確立したからね。ハク大輔が尻を押したのかな」
「さあ、どうですかね」
「まあ、ヘキ卿が討伐に出るとは、誰も予測しなかっただろう。皇帝陛下がヘキ卿の手綱を握ったのは、私も予想外だったよ」

 引っかかる言い方に、理音は口を閉じた。あまり好意的な意見ではない。
 そう思うくらいわかるだろうに、理音の顔を見上げて口端で笑うあたり、やはり曲者だ。
 理音ごとき、どう取られても構わないと思っているのか、謎である。

「おや、結婚式だね」
 何かに気付いたか、レイシュンは道の先を見て呟いた。
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