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131 ー噂ー

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 知っている道をたどって、衛兵のいる扉をくぐる。
 しかし、何も言われない。

 前にいた男とは別の男のようだが、特に何も言われず、楽に渡り廊下へ出ることができた。着ている服のお陰だろうか。

 前は浅葱の着物だった。
 羽織が明るい色なので目立ちやすく、浅い水色を見ればすぐに子供だとわかる。けれど今は、群青のような濃い青色の着物を着ている。
 その差が出入りの可か不可かを決めているのだ。
 入れる場所が、その服装によって変わる。一見でわかる、その身分の差。それを基準に、出入りを制限する。
 重要な仕事をしているから当然なのだろう。大きな会社ならばドアキーくらいあるだろうし、パスを表示するのは普通のことだ。それを服の形や色で識別している。

 だからか、別の色をまとって歩めば、自然と目立った。
 しかも、ハク大輔の紹介と言う噂があったせいで、理音はここではそこそこ顔が知られている。それプラス、今回の襲撃で理音を知った者は多かったようだ。庭を歩んでいても視線を感じた。
 食堂へ入れば目立つだろうか。窓から中を覗いて、二人がいないか姿を探す。

 結局、彼らとはあれきり会えていない。傷を負ったせいでやっとレイセン宮から出られたわけで、彼らに無事であることも、自分の口から伝えられていなかった。
 それを誰かから聞いたともわからないので、気になっていたのだ。
 ひょっこり窓から顔を出して移動しながら二人を探すと、一人と目が合った。
 ガタリと勢いよく立ち上がる。
 それを見たもう一人が視線の先を見て、やはり勢いよく立ち上がった。
 それに手を振って手招きする。中に入るのは目立つのでやめておこうと、指差しをして裏口に呼んだ。二人はこちらを見ながら急いで走ってくる。

「リオン!」
「お前、大丈夫なのかよ!」
「平気ー。何か、聞いてた?こっち来ることできなくって」
「聞いてたって、お前、大変だったんだぞ!」
 ハルイが胸ぐらを掴みそうな勢いで叫んできた。セイリンもそれを抑えながら、同じことを言う。
「リオンがいなくなったって聞いたのは、夕食の時間頃だったんだ。子供がいないって、衛兵たちが探しているって話で」

 レイセン宮に戻る時間は、いつも同じだ。
 その時間を過ぎても理音は戻らない。遅すぎたのでツワが誰かに言ったのだろう。
 おそらくコウユウに。そこで衛兵が探しに走ったのかもしれない。
「結構、探したらしいんだよ。いつから探していたのかはわからないけど、見つからないって言って、そこら中衛兵だらけになって」
「そしたらお前、もう俺、ほんと生きた心地、しなかったんだからな!何で、よりによって、もう、信じらんなくって、あり得ないし!」
「…ごめん、何の話?」

 ハルイのおどけたような憤りがよくわからない。
 大仰な身振り手振りと興奮が、その時のハルイを表すかのようだったが、何を言おうとしているのか、さっぱり想像がつかない。
 ほんとに、もう、何で、を繰り返して大げさにする割に、はっきりと物を言わないのだ。
 理音が眉を寄せると、セイリンが、隣で言いたいことはわかるのだと、ハルイの肩を掴んで、一息吐いた。

「僕たちは衛兵に呼ばれて、部屋に行ったんだ。どなたかの尋問があると言って」
「尋問?」
「最後にリオンに会ったのが、僕たちだからね。それにリオンと一緒に仕事をしているから、僕たちが何か知っていないか調べることになったんだよ。それで、呼ばれた」
 尋問って、すごい言葉だ。
 子供たちに対して、まるで犯人のように呼んだのだろうか。それだけで悪いことをしたのだと感じた。きっとハルイはひどく怯えただろう。

「そこじゃねえ。驚いたのは、そこじゃねええ」
 憐れんだ目をされたと、ハルイは大きくかぶりを振った。
 言いたいところはそこではないと、再びオーバーアクションである。大きく手を広げて、あり得ないから!を繰り返した。
「だから、何…」
 もう本当に、こちらこそよくわからない。理音が頭を傾げると、セイリンは落ち着くようにハルイを押しやる。

「部屋に呼ばれた僕たちは、近衛の人間に尋問されるのだと思って待ってたんだよ。けれど、それが、そこに現れたのが」
「皇帝陛下だったんだよ!」
「ああ」
 そう言うことか。ハルイの大仰さが納得できた。

 部屋に呼ばれたら、フォーエンが現れた。皇帝陛下の顔を子供たちが知っているのかと、そっちを感心してしまうが、ハルイがワナワナ震えるので、聞くのはやめておいた。
「ああ。じゃ、ねえだろ!?陛下だぞ!皇帝陛下がいらして、それがお前、すっげー怖くて!」
「ひどくお怒りだったんだ。ハルイなんて怯えて」
「ああ、やっぱ怯えたんだ」
「そこじゃねえっつの!皇帝陛下が、本当にお怒りになってたんだぞ!俺、あそこで死ぬと思ったんだからな!」

 それは、申し訳ないことをした。もうそれだけである。
 フォーエンを見ることすらまずないはずなのに、それが現れて怒っていたのだったなら、ハルイなんて震えたのではないだろうか。
 セイリンだって、何事かと驚いたはずである。
 だが、理音は何だか納得がいかない。

「怒ってたんだよね。そんなこと、私も聞いたけど。何か、意外…」
「何がだよ!」
 何が、の理由は言えないが、意外なのだ。
 囮として襲われたと思っていれば、怒ることなどない。それが起きると想定されて、自分は囮を行なっているのだから。

 実際何度も襲われて、一度目に暗殺者とかち合った時など、フォーエンは無言だった。怒ることも何もない。何も言わず無表情な能面のまま、感情の何もない。
 なのに、なぜ、今回はそんなに怒っていたのだろう。
 最近は、何かあれば気にしてくれている感はある。それはわかっている。
 何だかんだで理音に甘くなっていることもあるが、しかし囮は囮だろう。怒るような話ではなかった。
 それが自分の基準であり、フォーエンの敵を捕まえるために、レイセン宮に住まわせてもらっているのだから。

「恐ろしかったよ。僕たちだけじゃない、他の衛兵たちだって怯えていた。終始お怒りになっていて、理音が一体どこへ消えたのか心当たりはあるのか聞かれて、最初僕だって何を話していいのかわからなかった。恐ろしさに震えたよ」
 そこまでか。セイリンを怯えさせるほどの。
 フォーエンには心配をかけたと思う。目が覚めた時の憂い顔はそれを意味していた。

「セイリンがミンランの話をしたら、もっとひどくお怒りになられて。ダン大将に命令された時なんてお前、怖すぎてちびりそうになったんだからな」
「あの声は僕も怖かったよ。ミンランの手足一本二本なくなっても構わないから、リオンを必ず探し出せって、命ぜられたんだ」
「手足って…」

 子供相手に、そんな言葉を使うのか?
 一体何故、そんなに怒ることがあるのだろう。考えれば考えるほどよくわからない。
 ミンランが子供だとわかれば、そこから犯人を導き出せる。手足の一本二本などと本人に対して脅すならともかく、それを命ずるなど、いつもの冷静なフォーエンらしくない言葉だ。

「その後すぐにミンランが喋ったんだろ。リオンが見つかったってなって、俺らも行ったんだ、そっちに。そしたら…」
「そしたら?」
「皇帝陛下が、直々にリオンを抱きかかえて、後宮にお戻りになったんだよ」
「フォーエンが…」
 わざわざ探しに来てくれたのか。
 夢の中で見えたあれは、フォーエンの姿だったのかもしれない。まるで海の中を漂うように、揺れて眠りに入った。

「お名前で、呼ばれるんだね」
 あ、やべ。思ってももう遅い。
 セイリンは納得したような顔をし、ハルイは驚きと混乱で、おかしな顔になっている。八の字眉毛と、絵も言われぬだらしなく開いた口。

「もう、そんな噂もたっているよ。聞いていない?陛下が出仕の子供を、大切になさっているって」
「え、や、大切って、ちょっとどうかな」
「本当なのかよ…、皇帝陛下が?男色?」
「うん!?」
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