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63 ー結局ー

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 この世界に、フォーエンがいる。 ここは、フォーエンのいる時代だった。

 自分の考えていた時間軸とは、時間経過が違う。

 あれから、自分が自分の世界に戻ってから、この世界でどれくらい経ったかはわからない。けれど、ここにあの短髪の男がいると言うことは、フォーエンもいると言うことになる。

 なるのだ。

 溢れる涙が止まるわけがない。
 会えないと思っていた人が、この時間にいる。もうとっくに過ぎてしまった時代だと思っていたのに、ここは彼の時代なのである。

「リオン?大丈夫かい?!」
 嬉しくて、ただ嬉しくて、涙は止まらなかった。
 ナミヤがついに狼狽しても、止まることはなかった。



 落ち着いたのは、それから半刻は経っていたかもしれない。
 ぐすりと鼻をすすって、出してもらったお湯を飲み込んだ。随分前に出してもらっていたので、もうぬるくなっている。

「大丈夫かい?一体、何があったの?」
 問われて理音は袖で涙をこすった。理由は言えない。しかし、何でもないとも言えない。あれだけ泣いたのだから。

「ただの思い出し泣きです」
「何それ。豪快な思い出しっぷりだね」
 アイリンの鋭い突っ込みが飛んできた。
 席を一緒にして慰めてくれていたわけだが、意味のわからない理由に呆れる声だ。
 理音も呆れる。泣いたら止まらなくなった。人前でこんなに長く大泣きしたのは、子供の時以来ではないだろうか。

「さっきの短髪の男の人って、何なんですか?」
 ナミヤはあの男はダメだと言った。理音が後を追うことを許さなかった。何か理由があるわけで、それは理音も問いたいことだった。男も妙なことを言っていた。
 皇帝の命令で、草?

「あの男は、この辺りにいるごろつきだよ。あんな男に付いて行ってはいけない」
 ごろつき。は理音も想像しうることだが、ナミヤはかなり警戒していたように見えた。 
 ごろつきはごろつきでも、何か特別な意味合いを持っているように思える。
「ごろつきって、何か悪いことでもしてるんですか?」
 ナミヤがあの男を警戒する理由がわからない。
 悪いことをしていたとして、この屋敷に何か不利益でも与えるのだろうか。
 しかし、ナミヤはふわりと笑う。
「物騒な所に出入りしている男なんだ。裏通りなどを通ると、ああ言う男に捕まって金品を奪われるかもしれない」

 曖昧な答えだ。
 あの男が物騒な所に出入りして、カツアゲをしていても納得はする。
 だが、兵士に紛れ込んだり、城に簡単に潜り込んだりするツテのある男だ。逆にその程度だとは思えないのだが、それは黙っておいた。ナミヤが問い返してきたからだ。

「リオンは、あの男と何か話したね。何を話したの?あの男と知り合いのなのかい?」
 瞳の奥に、何かが住まう。ナミヤはどこか底知れない雰囲気を持っている気がする。笑っていながら、瞳が笑っていない。
 小河原のような、表と裏のある、その視線だ。理音に探りを入れるように問うてくる。

 話したこと。問われて理音はそれを思い出した。
 短髪の男が一方的に話してきたことは、ナミヤたちにとって、どう言う意味を持つ言葉なのだろう。

 オウの屋敷。皇帝の命令で草の真似。
 草の真似、の意味がわからなかった。
 けれど男は、皇帝の命令で理音が男の格好をして、この屋敷に来たと思ったようだった。
 あと、何を言っていただろうか。
 皇帝の女。
 これを口に出すのは難しい。間違いにもほどがあるし、なぜそう思われるかの説明もできない。しても信じてもらえないだろう。前に皇帝の側にいたなどと。
 そしてあの男のことは知っていても、あの男の素性の何を知っているわけではなかった。ただ会って助けてもらい、別れた。それだけである。

 そして、それを説明するのはとても難しかった。

「リオン?」
 ナミヤは笑顔で催促してくる。
「知り合いってほどではないですけど、前に会ったことがあって」
 全ては言わない。詳しく話すとぼろが出そうになる。
 説明できるところはどこなのか思案していると、どこで会ったのか聞かれた。なぜそこまであの男が気になるのか、そちらの方が問いたくなるのだが。
 そしてどこ、なのか理音にはわからなかった。どこの町だったのか、名前を知らない。

「会ったのは、どっかの町で名前は知らないんですけど。都ではないです」
「リオンは、都に来るまではどこに?」
 お、嫌なところをついてきた。
「えーと、私、この国の人間じゃないので」

 それで誤魔化せるのか、今一わからない。
 普通、他国から入ってきたら、パスポートのようなものが必要あるのではないか。あるはずないか。王都にすんなり入れたのだから、身分証などは必要ないのだろうけれど。

「あの男とも、君の国で会ったのかい?」
「や、違います。その時私、エシカルを目指してて。たまたまあの人が助けてくれて、エシカルまで連れてってくれたんですよ。胡散臭いのはもう十分わかってたんですけど、私は切羽詰まってて、とにかくエシカルに行かなきゃで、行き方を選んでいられなかったもので。おかげですぐに着けたんで助かったんですけど」

 実際、ありがたかったのは確かだ。そして思い出した。男に礼を言うのをまた忘れた。
 さっきの話を含め、しっかり話せればいいのにと、ナミヤが反対しそうなことを思う。 
 だが、ここまで警戒している理由は気になるところだ。

「エシカルには何の用で?」
 ナミヤはまだ気になると、しつこく詳細を聞いてくる。
 そのうち話せないことが出てきそうだが、黙っているのも怪しまれそうである。
「エシカルに知り合いがいたので、彼に会うのに行きたかっただけです」
 嘘は言っていない。

「知り合い…。同じ国の人でもいたの?」
「え、いえ、違います。この国の人で」
 誰とかはさすがに聞かないだろう。エシカルは広く、一人を追跡できるような狭さではない。
「エシカルに住んでいる人?」
「いえ、住んでるのは…都で」

 なぜここまで聞いてくるのだろう。
 男と接点がないことを信じていないのだろうか。
 確かに、あの男の言い方とナミヤの言い方を考えれば、お互いに逆の立ち位置にいるように思える。どちらもお互いを嫌悪しているような。
 だからと言って、まるで密偵を暴くかのように突っ込んでくるのは、やはり理由があるのだろうか。
 調べられたくない、何かが。

 ナミヤは何か考えているようだった。
 隣で聞いていたアイリンも微妙な顔をする。
「ねえ、ナミヤ、何気にしてるの?あの男は確かにあちこちうろうろしてて、そろそろ捻り潰そうかなって思ってるけど、リオンにそんなこと聞く必要ないんじゃない?金品でも巻き上げられてたら困るけど、ねえ?」
 前半、結構過激なことを言っているように聞こえた。だが助け舟を出してくれてほっとする。
「いやね。少し、気になることを思い出して。悪かったね、リオン。とにかくあの男には近づかないように。近づいてきたらすぐその場を離れるといいよ。得体の知れない男だから」
「…はい」

 得体は知れない。確かに。
 けれど聞きたいことができてしまった。また偶然会わない限りは話もできないのだが。
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