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53 ー旅立ちー
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「男仕事だから、仕事も辛いんだろうよ。若い娘さんには外仕事より内仕事の方が楽だろうしな」
そう言われて、何かを考えることもなかった。
「私は、問題ないですけど」
生きて行くために働かなければならない。ただそれだけで、そう返すと、アラタは驚きながらそれを問い返して来た。
「いいんかね?いい男がいるかもしれんで。姿は男でも、偽ることにはなるでよ」
むしろ偽って働いた方が安全な気がする。
先ほどの話では、女がいるだけで危険というわけなのだから。
そう言った倫理は、この世界では薄いのだろう。
「いえ、むしろ男の方がいいです。女性っぽい仕事の方が、できなそうだし」
腕力はある方だと思う。あと神経も図太い。ただ体力が何とも言えないが、こちらの女性よりは男作業ができると思うのだ。
「それでいいならの、ちょっくらその話をしてくるで。ここで待っとりな」
「ありがとうございます」
アラタは善は急げと出て行った。キハチは概ね賛成しているようだったが、オノルは少し渋い顔を見せた。
「あんたは外国の方だろ。役人の家ってことは身分にうるさい。やってけるか?女だけでなく、男からも虐めに合うかもしれん」
役人の家。それがどの程度の家なのかは想像がつかない。
ただ、虐めとあれば陰湿そうではある。
フォーエンの所にいた時のように、ウーランにされたようなことであればやり返すので、それは気にしないが、男の虐めは想像し難い。
「いいお家なんですか?」
「良家と言っても、小さな豪族の屋敷だがね。商家よりはずっと大きい」
それは、さぞうっとうしい虐めをしてきそうだと想像する。
だが、それを断れば、他に仕事がないかもしれない。
「いえ、私は選べる身ではないので、仕事があればそれでお願いしたいです。そのお話だと、住む所も考えないですみそうですから」
理音の言葉に、オノルは少しだけ表情を緩めた。
「そうだな。食うも寝るも困らないだろう。しっかりやりなさい」
いい人たちである。
見も知らぬ怪しげな服を着た女に仕事を紹介し、しかも心配してくれる。
何だか意外だ。
町の人間はどこでも誰でも、殺伐としているのかと思っていた。
国が安定していないと、生活も安定しない。
安定のない生活は、人の心を荒らし汚していく。
容易く騙し、軽く刀を抜く。
それが誘拐された時にわかった、町の姿だ。
人の生活の質によって心は変わるのだと理解したつもりだったが、この町は荒んではいない。
あの町が特別悪かったのか、それとも時代が変わってよくなったのか。
自分がフォーエンから離れた間の時間の経過を考えれば、後者なのかもしれない。
働き口は、すんなりと決まった。
理音が働きたいと望めば、すぐにそれは許されたのである。
実は、かなり困窮していたらしい。
娘が嫌がりすぎて、縁談が滞るところだったのだ。
なので、できる人間がいればそれで構わないと、すぐに屋敷へ呼ばれた。
無論、着物を借りて行ったわけだが、特に怪しまれることはなかった。
礼儀作法などは、おいおい覚えていくようだ。どれだけ困窮していたかがわかるレベルである。
仕事としては主に荷物運びや伝達、警備となる。警備と言っても、さすがに素人に戦えとは言わない。そこは女中たちと同じで、娘を守ってくれればいいとのことだった。
フォーエンの所にいたことを思い出せば、何となくだが、その仕事がわかる気がした。
男はいたが、理音には近づいてこない。娘の近くにいる理音に、男が近づくことはないのだ。
都へ行くには時間がかかる。
そこまでは歩きで当然のこと。ただ、理音が気にしたのは服装、だった。
今までの経験で、流星は夕方から夜の間に起きている。その間、今借りている着物で、あちらに帰るわけにはいかなかった。
カバンと制服を肌身離さず持ち歩いていなければ、カバンと制服をこちらに置いておくことになる。それだけは避けたい。
何せ、スマフォとタブレットはこちらに置いたまま、あちらに戻ったわけなのだから、手にしていなければ置いていくのは必死。帰ってお母さんに怒られたくない。
帰ることができるとわかっていれば、気持ちは落ち着いたものだった。
前ほど、絶望的ではない。
きっと帰れると思って、その日を待つしかなかった。
せめて、夜に親が騒ぎ始める前に帰りたい。
前の時にはできるだけ考えないようにしていたが、バイトがない時は門限は十時で、その前に帰られればいい。
前回が三時間ならば、その時間内に帰れるわけである。そうであってもらわないと困る。
こちらの時間で、二ヶ月ちょっとだ。
その時間を楽しむ程度に気楽にやっていけば、心も保つと思った。
例えここが、フォーエンのいない世界であったとしても。
そう言われて、何かを考えることもなかった。
「私は、問題ないですけど」
生きて行くために働かなければならない。ただそれだけで、そう返すと、アラタは驚きながらそれを問い返して来た。
「いいんかね?いい男がいるかもしれんで。姿は男でも、偽ることにはなるでよ」
むしろ偽って働いた方が安全な気がする。
先ほどの話では、女がいるだけで危険というわけなのだから。
そう言った倫理は、この世界では薄いのだろう。
「いえ、むしろ男の方がいいです。女性っぽい仕事の方が、できなそうだし」
腕力はある方だと思う。あと神経も図太い。ただ体力が何とも言えないが、こちらの女性よりは男作業ができると思うのだ。
「それでいいならの、ちょっくらその話をしてくるで。ここで待っとりな」
「ありがとうございます」
アラタは善は急げと出て行った。キハチは概ね賛成しているようだったが、オノルは少し渋い顔を見せた。
「あんたは外国の方だろ。役人の家ってことは身分にうるさい。やってけるか?女だけでなく、男からも虐めに合うかもしれん」
役人の家。それがどの程度の家なのかは想像がつかない。
ただ、虐めとあれば陰湿そうではある。
フォーエンの所にいた時のように、ウーランにされたようなことであればやり返すので、それは気にしないが、男の虐めは想像し難い。
「いいお家なんですか?」
「良家と言っても、小さな豪族の屋敷だがね。商家よりはずっと大きい」
それは、さぞうっとうしい虐めをしてきそうだと想像する。
だが、それを断れば、他に仕事がないかもしれない。
「いえ、私は選べる身ではないので、仕事があればそれでお願いしたいです。そのお話だと、住む所も考えないですみそうですから」
理音の言葉に、オノルは少しだけ表情を緩めた。
「そうだな。食うも寝るも困らないだろう。しっかりやりなさい」
いい人たちである。
見も知らぬ怪しげな服を着た女に仕事を紹介し、しかも心配してくれる。
何だか意外だ。
町の人間はどこでも誰でも、殺伐としているのかと思っていた。
国が安定していないと、生活も安定しない。
安定のない生活は、人の心を荒らし汚していく。
容易く騙し、軽く刀を抜く。
それが誘拐された時にわかった、町の姿だ。
人の生活の質によって心は変わるのだと理解したつもりだったが、この町は荒んではいない。
あの町が特別悪かったのか、それとも時代が変わってよくなったのか。
自分がフォーエンから離れた間の時間の経過を考えれば、後者なのかもしれない。
働き口は、すんなりと決まった。
理音が働きたいと望めば、すぐにそれは許されたのである。
実は、かなり困窮していたらしい。
娘が嫌がりすぎて、縁談が滞るところだったのだ。
なので、できる人間がいればそれで構わないと、すぐに屋敷へ呼ばれた。
無論、着物を借りて行ったわけだが、特に怪しまれることはなかった。
礼儀作法などは、おいおい覚えていくようだ。どれだけ困窮していたかがわかるレベルである。
仕事としては主に荷物運びや伝達、警備となる。警備と言っても、さすがに素人に戦えとは言わない。そこは女中たちと同じで、娘を守ってくれればいいとのことだった。
フォーエンの所にいたことを思い出せば、何となくだが、その仕事がわかる気がした。
男はいたが、理音には近づいてこない。娘の近くにいる理音に、男が近づくことはないのだ。
都へ行くには時間がかかる。
そこまでは歩きで当然のこと。ただ、理音が気にしたのは服装、だった。
今までの経験で、流星は夕方から夜の間に起きている。その間、今借りている着物で、あちらに帰るわけにはいかなかった。
カバンと制服を肌身離さず持ち歩いていなければ、カバンと制服をこちらに置いておくことになる。それだけは避けたい。
何せ、スマフォとタブレットはこちらに置いたまま、あちらに戻ったわけなのだから、手にしていなければ置いていくのは必死。帰ってお母さんに怒られたくない。
帰ることができるとわかっていれば、気持ちは落ち着いたものだった。
前ほど、絶望的ではない。
きっと帰れると思って、その日を待つしかなかった。
せめて、夜に親が騒ぎ始める前に帰りたい。
前の時にはできるだけ考えないようにしていたが、バイトがない時は門限は十時で、その前に帰られればいい。
前回が三時間ならば、その時間内に帰れるわけである。そうであってもらわないと困る。
こちらの時間で、二ヶ月ちょっとだ。
その時間を楽しむ程度に気楽にやっていけば、心も保つと思った。
例えここが、フォーエンのいない世界であったとしても。
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