上 下
32 / 244

32 ーその後ー

しおりを挟む
 動物に乗って長く走ると、やはり尻が痛くなってくる。
 痺れすぎて、尻の感覚がなくなりそうだった。

 走り続けた道の先、見たことのある建物が見えて、理音は顔を上げた。

「エシカル」

 短髪の男が指差した先は、確かに見たことのある場所で、そこがエシカルであるのは間違いなかった。

 戻って来た。

 何て、長い日々だったのだろう。
 エシカルを離れたのは、遠い昔のように思えてくる。

 城のてっぺんに赤い旗がなびいているのが見えて、理音は顔を上げた。
 フォーエンの行列でも、あの旗は見た。
 不思議な模様の、不思議な動物が描かれた旗だ。
 国旗だろう。それがやけに懐かしく感じる。

 門をくぐると、男はゆっくりと進んで行く。
 どこへ行くのかと思えば宿らしき場所で、乗っていた馬を預けるようだった。
 納屋に馬を繋いで主人に金を渡すと、さあ、どうするのか。と、理音を見た。

 ここまで来れば十分だ。
 理音はしっかりとお辞儀して礼を述べる。そのまま城へと向かおうと手を振って、男と離れた。
 つもりだった。

「え、ついてこなくていいって!」
 どこに行くのか興味があると、ほいほいついてくる。

「いや、ついてこられても、お礼なんてないよ?あげられないよ?」
 理音の言葉は届くことがない。
 口笛を吹きながら、気にせずついてくるようだった。
「えー、ついてきてもさー」

 正直、ここまで来て何なのだが、最後の難関があるのだ。

 大通りを進んで、道は真っ直ぐだった。
 坂道を登って階段を上がって、塀に囲まれた城へと歩んで行くと、重厚な門が見えた。

「最後のここがねー」
 門兵がジロリとこちらを睨みつける。
 平民が、何の用かと言うわけだ。

 男はキョトンとして門を指差した。ここに用があるのか?とでも言いたいのだろう。
 そうなのである。
 この中に入りたいのである。
 なので、とりあえず門兵に聞いてみる。

「すみませーん」
 門兵はあからさまに嫌そうな顔をした。言葉が違う女が何の用だ。である。
 しかし、そうだな。何と言えばいいのだろう。
「えーと、コウユウ。ツワ」
 あとは、
「理音」
 って言えば通じてほしい。通じるわけがないのだが。

 門兵は、怪訝な顔をする。それは当然か。
「えーと、どうしようかなー。フォーエン出してほしいんだけど。せめてコウユウさんか、ツワさん。リオンが来たって、言ってください」
 いや、無理か。
 門兵は犬を追い立てるように、シッシと追い立てる。
「じゃあ、理音、モニア」
 理音、家って何じゃい。

 自分で言っていておかしいとわかるが、他に関係する文字を思い出せない。
 帰って来たと伝えてください。とか、まだ難しくてわからない。

 門兵はみるみる険しい顔になってくる。いや、頼むよ。

 じゃあ、どうすればいいのか。考える前に、男が理音の襟首を引っ張った。無理だから、やめろの目だ。
 いや、わかっているが、他に方法がない。
「フォーエン!帰って来たから、門開けてー!!」
 大声でしめたら門兵に追い立てられて、男と逃げるように門から離れた。

「あー、どうしよー。ここまで来たのにー!」
 本当に最後の難関だ。この城の中に入るすべがない。

 普通、王様が滞在している中に、ほいほい入れさせてもらえるわけがないのだ。
 だとしたら、どうやって中に入るかである。
 大体、帰って来たと言う伝言すら届くのか怪しいのだが。
 何せ自分自身が怪しかろう。

「はー、もー、何か方法ないー?」
 何せこの城、王都の城ほどではないが、庭が広大である。
 まず門を過ぎて、大広場を過ぎて、更に門を過ぎて、そこから庭に入り建物に行き着く。
 その上フォーエンがいるとすればもっと奥になるわけで、無理に入り込んだとしても、大広場で捕まって終わりだ。
 しかし突破しようとし、できなくて捕まって中に入ると言う手はある。
 それが堅実だろうか。

 そこで攻撃されたら、嫌だわ。

 あり得る話である。


「裏口あるかなー」
 自分がどうやって誘拐されたかはわからないが、誘拐犯は理音を誘拐する際、ここから出る時に正門から出たのだろうか。
 ふと考えて、まずは門の周りを見てみようと思い立った。
 理音が歩き始めると、男もついてくる。

「だから、ついてきても何も出ないって」
 しかし男は聞かない。

 わかっていないだろうか。
 いや、わかっていて、面白がってついてきているようだった。 
 これから何をするのか楽しみだと、顔が言っている。
「私は真面目にだな。フォーエン、理音だよー!」
 いきなり大声を出す。男はおかしいと笑ってばかりだ。
「真面目にやってるんだって」
「フォーエン!理音!」
 大声で叫ぶと塀の上で兵士たちが注目してくる。
 お、いいんじゃない?
「りおーん、帰ってきたよー!フォーエーン!ただいまー!」
 自分でも何言っているのかな。である。この声が届くわけがないのに。

 城は、塀を一周するにも時間がかかるほど、広い。
 門がいくつかあったが、理音が使った門は正門だけだ。
 それは当然だろう。王が使う門である。お供を連れた行列である。地方視察とは言え、多くの人を伴った。裏門など使うはずがない。
 塀から建物は遠く、近くに建物が見えるところと言えば、高い塀がそびえた。坂道を利用しているので、高さが他と段違いである。

 登るのは無理だろうか。
 無論、物見塔に人がいて、こちらを見ていた。
 兵士たちは、しっかり真面目に働いている。
 だったら、自分が誘拐された時もしっかり真面目に働いてほしいものだ。ならばこんな苦労はなかったのに。
 今更なことをちらりと考える。
 戻ってこられたから、まだしもなのだが。
 ただやはり中に入るためのすべがなかった。
 一体どうやったら、城の中に入れると言うのだろう。

 自分が泊まった部屋は、どこだっただろうか。
 かなり奥まったところに連れていかれたわけだが、フォーエンもその近くには泊まっていただろう。
 そうすると、彼が出てくる時と言えば視察の時だけで、それがまだ行われるかどうかである。その出てくる時を狙うしかないか。
 最悪、彼がもうここにいない。という話もあるのだが。
 それは今は忘れておく。

 フォーエンがここにいて、視察に出るのであれば、朝方になった。今はもう午後なので、既に帰ってきているか、これから帰ってくるか。になるわけだが。

 うーんと唸る。
 一日二度のチャンスである。
 そうであれば、ずっと正門前で待ち続けるしかないだろうか。
 フォーエンの視察は、町から出ることが多い。町中はもう既に散策していた。
 だとしたら、町から外に出ているかどうか。

「門前で待つのが一番いいかなー」
 ぶつくさと言いつつ、一周を終えると、門兵がまた来たのかと言う目を向けた。
 男も、ここにいるの?と問いかけてくる。
「うーん。他に中に入る方法がね」
 中に入りたいと言うことは、男もわかっているだろう。

 声をかける以外に方法はないかと算段する。
 フォーエンが出かけるであろう、二度のチャンスを待つ以外は思いつかない。
 フォーエンと行動を共にしているコウユウが一人外に出るとは思えず、またツワもそれはないだろう。
 他に見知っている者たちは顔しか知らず、名を知らなかった。

 フォーエンについていた理音であるが、理音の顔を知っているのは一部の人間だろう。 
 フォーエンの接客者たちは理音と話すことはなかったし、理音は化粧もしていたので、覚えている者もそう多くないかもしれない。
 だとしたら、実質、理音を知っている人間は数少ないのだ。

「やっぱ、騒ぎを起こすくらいしか思いつかないなー。一日待って、来なかったら騒いで目を引いて、捕まって中に入るが一番いいかな」

 無謀だろうか。
 牢屋に入れられて、それこそ放置になる可能性もある。
 それをやるには、中にフォーエンがいるかどうかが重要なわけだが。

「もう帰っちゃってたりして。ねえ、中にさ、フォーエンいると思う?フォーエンエーゲー」
「フォーエンエーゲー?」
「そう。フォーエンエーゲー」
 それくらいは通じると、男は復唱した。
「中にさ、まだいるかなって」

 城を指差し、フォーエンエーゲーを連呼する。
 会いたいのだと、わかるだろうか。

 男はしばらく考えて、エーゲーを口にした。
 まあ、その後何を言ったのかは、もちろんわからない。
「会いたいのね、フォーエンエーゲーに。どうにかして、入り込めないかなー」
 理音の言葉は、男には理解できない。
 故に独り言であるが、男は何か考えると、理音の腕を引っ張った。
「へ。何?」
「エーゲー、…」

 この男が何者かわからないのに、ついていっていいのか。
 今更だが、男は理音を連れて、ある店に入った。
 店の者が男を見ると、接客の笑顔の挨拶から途端変わって、引きつらせた顔を見せる。
 急いで客から遠ざけようと、男を店の奥へと、客の目から見えないように隠した。

 その時点で、もう怪しかろう。
 歓迎されていないのは明白だが、男は大して気にしていない。
 何かを店主らしき男と話して、親しい関係のように肩を叩いた。店の主人は苦い顔しかしていないのだが。
 男は理音を手招きして呼び寄せる。
 悪いことに使われそうな雰囲気だ。
 店の主人がだ。

 それはきっと当たりで、渡された服がそれを物語っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

竜帝陛下と私の攻防戦

えっちゃん
恋愛
彼氏だと思っていた相手にフラれた最悪な日、傷心の佳穂は考古学者の叔父の部屋で不思議な本を見付けた。 開いた本のページに浮き出てきた文字を口にした瞬間、突然背後に現れた男によって襲われてしまう。 恐怖で震える佳穂へ男は告げる。 「どうやら、お前と俺の心臓が繋がってしまったようだ」とー。 不思議な本の力により、異世界から召喚された冷酷無比な竜帝陛下と心臓が繋がってしまい、不本意ながら共に暮らすことになった佳穂。 運命共同体となった、物騒な思考をする見目麗しい竜帝陛下といたって平凡な女子学生。 相反する二人は、徐々に心を通わせていく。 ✱話によって視点が変わります。 ✱以前、掲載していた作品を改稿加筆しました。違う展開になっています。 ✱表紙絵は洋菓子様作です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【完結】偽者の辺境伯令嬢は、帝国へと輿入れを切望される。無理があると思うのは私だけなのかしら。

まりぃべる
ファンタジー
目が覚めたら、銀髪で赤い瞳のとても綺麗な外見の女性になっていた。この外見の女性はエルヴィーラという名前で隣国の小国の辺境伯令嬢で、今日、隣のアーネムヘルム帝国へと輿入れ予定だという。 どう考えても無理があるし、どうして私が?とも思ったがそれしか生き残る術はないという。 こうなったら、なるがままよと思いながら輿入れの為に迎えに来た馬に乗る。 しかし、やっぱり同行した軍隊に本当にあの辺境伯令嬢なのかと疑われやしないか、ちゃんと演じているかとびくびくしながら、それでもどうにか帝国へついて、皇帝と結婚するお話。 ☆現実世界にも似たような言葉、表現、地名、人の名前などがありますが、全く関係がないです。そのように読んでいただけると幸いです。 ☆まりぃべるの世界観は、きっと独特です。そのように読んで下さると幸いです。 ☆緩い世界観です。そのように思っていただけると幸いです。 ☆完結しておりますので、順次更新していきます。全27話です。

人間不信の異世界転移者

遊暮
ファンタジー
「俺には……友情も愛情も信じられないんだよ」  両親を殺害した少年は翌日、クラスメイト達と共に異世界へ召喚される。 一人抜け出した少年は、どこか壊れた少女達を仲間に加えながら世界を巡っていく。 異世界で一人の狂人は何を求め、何を成すのか。 それはたとえ、神であろうと分からない―― *感想、アドバイス等大歓迎! *12/26 プロローグを改稿しました 基本一人称 文字数一話あたり約2000~5000文字 ステータス、スキル制 現在は不定期更新です

処理中です...