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23 ー決心ー

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「お尻いたーっ」

 車に比べればもちろん、上下左右運動が激しく起きる。クッションは柔らかく座り心地はいいのだが、石にでも引っかかれば体が浮いた。馬車は思ったよりも衝撃がある。

 到着した場所は、小さな町だった。今までいた場所に比べて、の話だが。
 一日中馬車に揺られて辿り着いた場所だが、そこまで遠くはなかろう。
 馬車の速さはフォーエンに遠慮してか、カラカラコトコトレベルである。そこまで速さはなかった。

 馬車が停められたそこは城のようで、そこまで大きくもなかったが、それでも庭の広さがあった。ここでも迷子になりそうだなと思った。
 出迎えられて案内されるフォーエンの後ろを、ただついていく。ツワもついてきてくれた。
 他の女性たちは理音を怖がるので、あまり世話をお願いしたくないのだ。世話と言っても、道を案内してもらったり、服を着させてもらったりなどのことなのだが。
 それでも嫌がる風は否めない。
 ツワはそれがないので、安心がある。
 フォーエンは、最初出会った頃のような、見下すような瞳を向けてこなくなった。対話するようになったからだろう。
 そして、もう一人。

 彼の名前は、コウユウ。大人の色気を持つ課長だ。
 コウユウはフォーエンの後を、一定の距離を保ってついていく。
 何かを言われれば、すぐに動けるような距離だ。
 他にも何人もついてきているわけだが、一番近くに置いているのは確かだろう。
 その中でも、彼は理音に恐れを抱いていない。
 会った時も、小さく笑んでお辞儀をしてきた。それを見て、あ、お辞儀あるんだ。などと思いつつ、それが礼節を持ったものだと感じた。


「リオン」
「はい!」
 呼ばれて返事をする。きょろきょろすることが多いので、フォーエンはそれをやめるようにと名前を呼ぶのだ。そしてこっちに注目しろ、だった。
 彼は理音に広間にあった木を指差した。見たことのある枝ぶりだ。

「ウーゴだっけ」
 円錐の部屋にあった木だ。
 ここでは部屋の中になく、屋根のない庭に植えられている。
 枯れているわけないのだが、葉が一切ついていない。それも同じだった。
「ねえねえ、これいつ咲くの?時期じゃないの?」
 言いつつ絵を描く。葉を描いたわけだが、フォーエンは一瞬目を眇めて、すぐに顔を振った。
「咲かないの?あのまま?」
 前のように傷でもつけて、樹液を飲むためだけのものなのだろうか。そうこうしているとフォーエンは奥へ進んでいく。慌ててその後を追った。

 あのウーゴの木は、きっと宗教的シンボルだ。どの城にも植わっているのだろう。
 枯れ枝のような木。実るものもない。それでも生きている、不思議な木だ。
 この場所で何をやるのかと思ったのだが、フォーエンとコウユウたちとはすぐに別れた。  
 理音が案内された部屋は中庭があり、繋がれた廊下に囲まれていた。
 なるほどここから出るな、だな。と一人納得する。建物の中心に中庭が位置しているため、出入り口を塞がれてしまえば外には出られない作りなのだ。

 自由は許される。けれど出入りは許さない。それはここでも同じだ。
 とは言え、ここで自由にどこかへ行く気はない。出ていっても行くところがない。逃げるところがないのに、閉じられた空間にいる。
「警備しやすいのかも」
 それは多分当たりで、半分くらいは自分が外に行かないためだろうと思った。
「ま、いっか」
 どのみちどこへ行くでもない。夜空が見えればそれでいい。


 ツワに呼ばれて理音は衣装を変えた。旅用と来客用みたいなものだろうか。
 ここに来るまでに着た服よりも派手な装いに、終始無言になる。
「おしゃれ似合わないから、やなんだけどな…」
 それを言っても理解してもらえるのかどうか。
 フォーエンと一緒にいれば、しなければならないのだろう。別に奥さんであるとかいうわけでないのだから、そこそこの服を着ていればいいだろうに。過剰に盛りつけたがるのはいかがなものか。
 言葉を覚えたら、まずそこから断ろうと心に決める。
 何せ歩きづらい。人を池に突き落とし女の子、ウーランもいい服を着ていたが、裾を踏まずによく歩いていると感心する。それを言えばフォーエンもだが。

 連れられた場所は、宴会場だった。
 座った席の隣に、フォーエンが当然のように着く。
「女装だ」
「ジョソーダ?」
 おうむ返しはお互いにやるのだが、それは言わなくてよかった。ただの呟きを拾われてしまった。
 しまったと思いつつ、うふふとごまかす。

 フォーエンは髪を垂らしていた。
 馬車に乗っていた時はツーピースの装いだった。
 長い帯に膝丈までの裾のある服で、下にはズボンとブーツと言う、普段のフォーエンからすればかなり男性的で、男装の麗人。などと失礼なことを思っていたのだが、今夜はワンピース型の着物である。しかもオレンジである。派手さ半端ない。
 今日も半端ないの間違いか。

「オレンジは、あんま似合わない気がする」
 と余計なことを、またぽそり。
 フォーエンは何だ?と見やった。
 うふふ。とごまかす。

 着物が同じであったことが今の所ないので、どんだけ服を持ってるんだと思うのだが、そこにも似合う似合わないは微妙にある。微妙にだが。
 きっとフォーエン専用のファッショニスタでもいるのだろうけれど、オレンジは好みではない。本人に言いたい。
 そして、彼の衣装替えは理音の中で密かな楽しみとなっていた。現れるたびにいい服装をしてくるのだから、楽しみにしてもバチは当たるまい。
 こっそり写真にでも撮って、ランク付けしたいところだ。あ、本当にやろうかな。
 今の所お気に入りの服は、青のワンピースだ。
 戦隊物の敵の女王とか着てそうな服である。似合うから許されるわけであって、他の人が着ても許されない服だ。
 そんな失礼なことばかり考えている間に、フォーエンを取り巻く人々がついで挨拶の列をなした。
 ここに何しに来たのか。彼らに会うためなのかわからない。が、フォーエンの表情は無になっている。どちらかと言うと不機嫌な方であろうか。
 初めて出会った時の彼の表情だった。蔑みが瞳の中でくすぶっている。

 嫌なんだ。ここにいるの。
 ならばなぜここに来ているのか。理由があるのだろう。

 フォーエンに笑顔を振る舞う男たちは、彼からすればかなり年上だ。
 父親以上であるかもしれない。
 それを相手に、あの表情である。よい相手ではなさそうだ。
 地方の挨拶周りだろうか。それに自分が連れられる意味がわからないのだが。
 大体において、フォーエンに囲われているようなこの状態の時点で意味がわからないのだが、そこは目を瞑る。
 長ったらしい口上か、話し始めたら終わりそうにない呪文の長さに、フォーエンは一言二言で返して終わりにさせる。
 ほとんど流れ作業に思える。その流れ作業中でも、必ず男たちは理音を見やった。多分それについて語る者もいるだろう。
 それをどう対処しているのか聞きたいものだが、理音にわかるわけもなく、男たちの顔を覚えるだけに専念した。
 念のためだ。話に出てきたらわかるくらいにしておきたい。なのでこっそりと写真を撮っておく。フォーエンは咎めたりはしないので、問題なかろう。
 そうしてそれが終わると、やっと宴会らしく女性の踊りや音楽がメインで流れ始めた。

 その間も、終始フォーエンは不機嫌なわけだが。

 この人、実は宴会嫌いなんではなかろうか。楽しんでいる風ではない。踊り子たちを見ているのか見ていないのか、見ているのはどこなのだろう。
 視線の先は、酒を飲みながら言葉を交わす者たちだ。
 仲良しなのか見てるのかな。
 それに、あまり食事に箸をつけていないように思えた。

「お腹、減ってないの?」
 もしかして、体調が悪いとか。
 長旅であったし、お屋敷住まいならば疲れるのは当然だろう。それに、あまり体が強そうに見えないのだ。
 失礼ながら、女性より女性らしい顔を持っているフォーエンが虚弱でも、たやすく納得できる。
 お腹をさする仕草をしてみたが、彼はこちらを見るだけで反応しない。
「これおいしかったよ」と食事を進めてみる。
「食べないの?」
 言ってわかっただろうか。フォーエンは理音の指差した食べ物に箸を伸ばした。
 ホッと安心するのも束の間、箸が食べ物ごとこちらに来たのだ。
「違うよ。フォーエン食べないの?ってことで」
 なのに彼はそのまま待ち続ける。いやもう、知ったことか。
 遠慮なく箸からいただいた。
「おいひいよ、これ。フォーエンも食べなよ」
 再三言ったが、彼はあまり口にしないまま、時折箸と食べ物がこちらに来て、理音が食べる羽目になった。首を横に振っても持ってくるのだから、食べるしかない。
 食べたのは理音ばかりだ。それなのに、彼は用は済んだと立ち上がった。集まった者たちが立ち上がるのを見ることもなく、背を向けて行ってしまった。

 体調悪いのかな。大丈夫かな。
 そういう言葉もかけられないとは、なんだか情けない。日常単語辞典がほしい。子供向けにそういった本はないだろうか。あればそちらを優先して勉強するのに。


 部屋に戻った頃は、もうかなり夜が更けていた。月は大小が離れていったか、今は大月しか見えない。
「面白いな。やっぱ軌道が違うから、どんどん離れて、それからまた交わるんだ」
 周期はどれくらいなのだろう。
 こちらの時間は、実際は二十四時間ではない。
 時計は緩やかにずれて、日記は意味のないものになってしまっていた。だから日記帳のアプリは使用していない。メモで毎日の日記を書いた。
 時計が意味をなさないので、毎朝鐘が鳴るたびに針を五時に合わせた。
 夜までに小さくズレるだけなので、一日であればそこまでの違いは生まれないからだ。
 時間は二十三時間と何十分かになっている。これのおかげで繰り返しの目覚ましが使えない。毎日時間を計算して、セットしなければならなくなり、不便になった。

 世界が違うのだと、思い知らされる。

 一体、家ではどうなっているのだろう。自分は行方不明にされているのだろうか。
 考えても答えが出ないので、考えないようにしている。理由を考えても答えは出ないのと同じだ。
 食いっぱぐれていないだけ感謝している。
 そして考える。いつまで続けられるのか。

「終わりが怖い」
 怖くならないように、何かを得ておかなければならない。

 怖いのはそれだけだ。
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