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14 ー不安ー

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 お局に連れられたのは、最初の場所だ。
 大木のある、あの円錐の部屋。

 そこには織姫と彦星がいた。課長もいる。あとは最初に見た従者たちだ。

 思ったのだが、ここにいる従者たちは装いが地味である。
 歩んできた間に見た男たちは同じ服を着ている者が多く、それが警備役であったり、従者だったりはしたのだが、そこにいる者たちはもう少し柄の多い服を着ていた。
 単色で地味な服を着ているのは、ここにいる彼らだけだ。
 身分が低いのかと思えばそうとは言い切れず、彼らのいるこの場所が全体的に地味で、ある意味の宗教臭さを感じたのだ。

 おごそかで、そして洗礼されていた。

 この円錐の部屋が、何かしらの宗教的なシンボルを持っているのかもしれない。木を神に見立てるなんて、よくあることだ。

 彦星は盆に乗せられたナイフを手に持つと、大木の枝を傷つける。そこから出た樹液を銀の器に入れた。
 従者はかしこまって、それを織姫に渡す。彼は口をつけると飲み干した。
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 ああ、やはり宗教臭いな。
 そう思わずにはいられない。

 自分にもそれを強要されるのかと思ったが、織姫が別の行動に出た。
 手を差し伸べたのである。

 何、その手。
 何で?が顔に大きく出たらしい。織姫は片眉をぴくりと上げた。怒らないでほしい。
 彦星が手に触れるようにと促してくる。課長は口を挟まない。後ろで見ているだけだ。
「手をつなげってこと?」
 仕方なしに手を差し出したが、織姫は遠慮せずに引っ張ってくれた。急に手を引くものだから、つんのめりそうになる。
 段差にいるのだから転ぶだろうが。しかし、織姫は気にもしていない。

 ほんと、この野郎…。

 しかし、その後何もなかった。ただ、大木の側まで引っ張られただけである。
 それに不審を示したのは、何も理音だけではない。織姫が唸るように彦星を叱りつけた。ように聞こえた。少し怒気がこもっていた。
 困惑するのは彦星も同じらしい、おろおろと怯えるように言葉を発する。それに納得がいかないのか織姫は応戦した。それを無言で見ている課長は口を挟まない。
 しばらく言い合って、彦星は大きく頭を下げた。何かしらの不具合か、為すべきことが為されなかったのだ。
 そうして、放るように手が離された。
 手を繋いで、何かが起きるはずだったのだろうか。当てが外れたと放られたのかもしれない。
 しかし、この状況を説明する者はいない。織姫はとっとと部屋を出ていく。その後ろを課長がついていく。残された彦星は申し訳なさそうにうなだれた。

 いや、自分はどうすればいいと言うのだ。

 彦星が大きなため息を一つ。
 従者に何か言うと、小瓶を持って来させた。そして再度、木の枝をナイフで傷つけた。そこから出てきた液体を小瓶に詰めるとしっかりと蓋をして、なぜか理音に渡してきた。
「え、これどうすんの」
 今、ここで飲めと言うわけでない。それならば器に入れて渡すだろう。
 持っていろと言うことだろうか。一応それを手に取ると、彦星はほんのりと安堵を見せた。

 しかし、よくわからない。
 結局、そのまま部屋まで戻されてしまった。残ったのは瓶詰めの樹液だけだ。
 開けてみると、独特の香りがした。
 甘い香りの中に、嗅ぎ慣れない匂いがある。鉄のような、そうでないような。

 樹液を飲んだ織姫が理音と手を繋いで、何が起きる予定だったのだろうか。
 この樹液に意味があるのだろうが、それを口にする勇気はなかった。香りがあまりに気持ち悪い。
 気持ち悪いのだ。甘みに何かが含まれている。

「よくこんなの飲み干すよな」
 お怒りの織姫は、理音に何を言うでもなく退出してしまった。
 悪いのは理音であったのかもしれない。
 何をしろと期待されたわけでもないのだが。

 元々、織姫は理音を見る目が厳しかった。そして、その態度はずっと変わっていない。蔑んでいるように見て、けれど近づいてくる。近づかなければならない理由があるのかもしれない。
「って、想像だけど」
 自分がここに来た意味なんてない。だから早く帰りたい。
 もうここに来て、一週間が経つのだ。

 その日の夜は、中々寝付けなかった。
 宴のあとベッドでゴロゴロしていたら、うっかり眠ってしまった。昼寝にしては遅すぎる昼寝で、がっつり三時間ほど眠ってしまった。
 その結果、何度も寝返りをうって、未だ眠れない。

 時間にして、そろそろ二時になる。
 ただでさえ、こちらの人は早く眠る傾向があった。そのためいつも早寝で、寝入るのは難しいのだが、昼寝をしたせいで目が覚めてしまっていた。
 さっきまでタブレットで日記を書いていたので、なおさら眠りにつけない。
 睡眠導入音を流していたが、無駄なようだ。それを止めて起き上がると、タブレットを引き寄せた。

 織姫の撮った写真だが、それはもうかなりの数で、多くがぶれていた。そして連写も多く、無駄な枚数を重ねて撮っていたようだ。それでも何枚かしっかり撮れているものがあって、それはデータに残しておいた。
 歓談する舞台下の人々や踊り子たちだけでなく、警備をしている者や脇で控えている女性たちも撮れている。
 彼が撮ろうと思った被写体たちは彼の動向を見守っている者たちが多かったせいか、みなカメラ目線だった。理音が撮った写真では、別の方向を向いていた人ばかりだったのに。

 彼は王さまだ。
 この場所の、王である。

 その王が、理音の手を振り払った。
 それが何の意味をもたらすのか、考えて、首を振った。

 今の待遇がおかしい理由はわからずとも、そのうち本当に待遇がおかしいとなるだろう。
 邪魔だと織姫が思ったら、王の思う通りになされる。

 言葉のわからない場所へ放り出されたら、自分はどうなるのだろう。
 保護されるのだろうか。
 王に捨てられた女を、誰かが保護できるのだろうか。

 ここに保護されたことは、まず幸運だった。
 けれどその後は?

 日をおう度に、少しずつ不安が積もってくる。
 いつまでここにいればいいのか。いつまでここにいられるのか。

 いつまで、許されるのか。
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