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10 ー着替えー

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 今の所、ホーム画面で遊んでくれているからいいが、間違ってパスワードを入力して中まで見られたら、今日は間違いなく返してもらえないだろう。

 そう思って気づいた。
 今、隣でこの男、パスワードめちゃくちゃ入力している。

 これって、何回間違えたらロックがかかるんだっけ。と真剣に考えた。
 その内、何分待ってくださいとか、言われたりしなかっただろうか。

「ちょ、それは勘弁」
 すぐ様取り上げた。何度目かの入力ミスは今の所問題ない。指紋認証しようとしたら、今度は織姫が取り上げる。
「こら!」
 人の心知らずと、パスワード入力を続けるこの男の好奇心は、どこから来るのだろう。
「ダメったら!」
 おもちゃを取り上げられた子供のように取り返しにかかると、相手もわかりやすくおもちゃを天に掲げた。
 いわゆる、小さい子の手に届かない上に上げる、である。

「おい!」
 ベンチに足をかけると、相手の腕より上がって手に持っていたそれを奪い返した。
 ベンチに立ち上がったまま、急いでパスワードを入力する。
 もう、指紋認証もしてくれなかったのだ。
 そうして承認されて安堵すると、織姫が最大級の眉間のシワを刻んで、理音を見上げていたのだ。

 いや、それはこちらがしたい顔だろう。
 その顔のまま、呪文が聞こえた。
 文句でも言っているのか。そして言いたいのはこちらだ。
「パスワードで遊ぶのやめてよ。ロックかかったら使えなくなるんだから」
 言っても無駄なことを説明したくなるくらい、やめてほしいことだ。

 理音はリュックを持ち上げると、タブレットを持ってベンチから飛び降りた。
 そそくさとその場を去る。
 そうでないと、またパスワード入力をしつこく行うのだろう。
 どうやら織姫は、中々強情な性格をお持ちだ。

 リュックにスマフォとタブレットを突っ込んでしまうと、充電器とシートを片付けるの忘れていたので、織姫の方へすぐに戻った。
 織姫は追って来る気はなかったようだが、戻ってきた理音を不審に見る。
 その視線も気にせず、理音は充電器とシートを引っ張るとそのまま走り去った。
 織姫はその後も追ってきたりはしなかった。
 背後に姿を見ることもなく、とりあえずは諦めたのだと安心した。代わりに別の問題が起きたのだが。


 次の日の朝、いつもならば女性が食事を運んできてくれるのだが、今朝は食事の前に別の女性が部屋に入ってきた。
 少々体格のいい、年配の女性。月蝕の時に、織姫と話していた女性だ。が、着物を持ってやってきた。
 地面に擦る布の音は静かで軽く、理音の手前で緩やかに微笑んで優雅に礼をする。それがとても身に付いていた。
 礼儀作法が素晴らしいとは、こういうのを言うのだろうか。その所作に見入っていると、女性は丁寧に着物を広げる。
 最近着物を着るように強制してこないのに、今日は着させる気のようだ。
 広げられた袿の淡い花びら舞う柄はまるで桜吹雪で、春めいたものである。
 それを着ろと、袖を広げて待たれた。

 首を左右に振るものの、女性はにこりと笑顔を崩さない。
 それがどうしてか、迫力を感じた。
 いつまでも袖を持ったまま待ち続けるのだ。
 彼女は理音に怯えは持っていないのか、笑顔はそのままだ。他の女性とは違うので名前をつけた。彼女はお局だ。

 なぜ、しつこく着物を着ることを強要してくるのかわからない。
 今まで平気で、それが許されないのならば、何かあるのだろうか。そう思って仕方なく袖を通すことにした。
 着物は触り心地のいい滑らかな素材で、絹なのか肌に優しい感触だ。
 二枚三枚と重ねられると腰より上に帯を締められ、飾りをつけられる。
 着終えたら終わりかと思えば今度は椅子に座らされ、髪を櫛でぐいぐいと引っ張られた。
 髪の毛のセットまでしてくれるようだ。
 どんな頭にされるのか、彼女の持っている道具を見ても想像がつかない。
 ただ、持ってきていた髪飾りが扇に似たものから櫛に似たものと、種類があり、それを全て使う気なのか心配になった。
 結局、選んで飾ってくれたのだが、思ったより重い。
 鏡をもらって見せてもらったのだが、頭の左側に扇の飾りが刺さっており、ぶらりと飾りがいくつか垂れ下がっていた。頭を動かすと重みを感じる。

 こちらの女性は、結構な重量を頭に乗せるようだった。何せ飾られているのは扇だけでなく、何本かのかんざしが頭にあった。これも少なからず重みがあるのだ。
 これだけで肩が凝りそうだ。

 頭のセットが終われば、次は化粧と色々してくれる。
 もうそれをずっと無言で無抵抗でいるだけで、どっと疲れが出た。
 着物を着てから全てが終えるまでに要した時間はどれくらいだったのだろうか。
 一時間以上はゆうにかかっている。もしかしたら二時間以上かもしれない。
 これだけの気合いを入れためかし込みは、何が起きる前ぶりなのか。
 問うても答えはわからないので、相手のすることを黙って流れるままにするしかない。

 その姿で通された場所は豪華な一部屋に思えたが、どうやら廊下のようだった。いくつもの柱が並列し、扉と扉で部屋のように隣の廊下と隔てられている。

 色々な場所を見るたび思うのだ。
 こちらは壁や天井、柱や柵に至るまで何もかもが細かい装飾を施されており、色目も派手なものが多かった。
 赤であったり青であったり、金や黒も多く使う。
 落ち着いた渋い色は好まないのか、一番渋いと思った色は、最初に見た従者の濃い深緑の着物くらいだった。
 黒を使っても、赤や金を一緒に使うので渋さは感じないのだ。

 豪華、華美、煌びやかで絢爛な趣味だ。

 天井の細工すごいな。
 あれなんて言うんだっけ。

 口を開けながら見上げていると、年配の女性がコホンと咳払いした。
 にこり笑顔をしてくる辺り、注意されたのに気づいた。
 口を閉じろと言っているのだ。そして見上げるなだろう。後ろから織姫がやってきたからだ。

「うわ」

 つい口に出してしまった。一応感嘆の声だ。

 派手だな。

 織姫の着物が、真骨頂を遂げている。
 勝手に思っていることだが。
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