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第5章 絵師の祈り色
5-3 計画
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「さて、みなさん。こちらに集まってください」
モラさんがスタジオの共有ラウンジからミーティングルームに移動するよう、みんなに呼び掛けた。
机と椅子だけが並ぶ、シンプルな部屋に移動する。
みんなは座ったり机に寄り掛かったり。アットホームというか、自由な雰囲気。
「皆さん、改めて初めまして。ぽめPです」
穏やかで柔らかい声が部屋に響いた(隣の桃花が「イケボ♡」と呟いた)。
「まずはお礼から言わせてください。いつも『サウンド・ドラッグ』を聴いてくださり、本当にありがとうございます」
隣で、モラさんとさぼじろーさんが一緒にぺこりと頭を下げた。
ぽめPの挨拶は続いた。
「個人的な話ですが、おれは2017年から耳鳴りと目眩を発症し、メニエール病と診断されました。様々な治療を試しましたが、右耳の低音域の聴力が落ちているのが現状です」
遠くを見るような目が一瞬、前髪に隠れた。
「今後、音楽制作に大きな支障が出ないとは言い切れません。先日『ぴよ』に再会したことをきっかけに、サウンド・ドラッグの集大成といえる作品を今のうちに作っておきたいと思うようになりました。詳しいことは後ほど説明しますが、とにかくみなさんの力が必要です。どうか、よろしくお願いします」
集大成、という言葉に力を込めた。
26歳。本来なら、その言葉を使うにはまだ早い。
深い絶望感の中で前を向く姿勢が切なくて、胸をえぐられる。
ぽめPは淡々と話を続けた。
「では続いて、皆さんに手伝ってもらいたいことを伝えます。おれたち3人は現状通り、作曲とイラスト、MIXを分担します」
薬剤師という職業のイメージを抜きにしても落ち着きがあり、ひなのが懐く理由がよく分かった。
「まず桃花さん。『ぴよ』が歌い手として楽曲に参加するので、録音時の付き添いをお願いします。環境設定の確認やニュアンスの調整などが必要なので」
「はーい」
「らじゃ~」
桃花とひなのが間延びした声で返事した。
「それから、拓海くん。きみにはサンプリング作りをお願いしたい」
「サンプリング? ヒップホップとかで使われる、あの?」
「そう。本心を言うと自分で楽器を鳴らしたいけど、この状態だからね」
ぽめPはそっと右耳に手をやった。
「かといって既存の音源だと新しさに欠ける。そこで、きみのセンスに頼らせてほしい」
「ふーん……うぃ、了解っす」
拓海は数秒間考え込んだものの、それ以上は突っ込まなかった。
「やぎすけくんは映像クリエイターなんて、どうだろうか」
「えぇ!」
間抜けな声が飛んだ。
「俺、動画編集はスマホのアプリだから……クオリティに自信ないっす」
「大丈夫、俺様が教えてやるよ」
さぼじろーさんがにやりと笑った。
「売れっ子の『神絵師』は手一杯なんだ。ちょうどもう一人、動画を作れる奴を探していたところでさ」
やぎすけがひっと息を飲んだ。
名前を呼ばれていないのは、あと一人。
「美咲さん」
「は、はい!」
緊張のしすぎで、声が裏返りそうになる。
ぽめPは心配しないで、というように優しく笑った。
「美咲さんは、僕らと皆さんをつなぐ連絡係をお願いします」
「はい……頑張ります……」
推しに近づけるチャンスを逃したくなくて、つい引き受けてしまった。
――もう戻れない。前に進むしかない。
友達の顔を見た。
みんなワクワクした顔で、隣のメンバーと何か話していた。
ここにいる全員が、主人公だった。
わたしだけが、わき役に見えた。
モラさんがスタジオの共有ラウンジからミーティングルームに移動するよう、みんなに呼び掛けた。
机と椅子だけが並ぶ、シンプルな部屋に移動する。
みんなは座ったり机に寄り掛かったり。アットホームというか、自由な雰囲気。
「皆さん、改めて初めまして。ぽめPです」
穏やかで柔らかい声が部屋に響いた(隣の桃花が「イケボ♡」と呟いた)。
「まずはお礼から言わせてください。いつも『サウンド・ドラッグ』を聴いてくださり、本当にありがとうございます」
隣で、モラさんとさぼじろーさんが一緒にぺこりと頭を下げた。
ぽめPの挨拶は続いた。
「個人的な話ですが、おれは2017年から耳鳴りと目眩を発症し、メニエール病と診断されました。様々な治療を試しましたが、右耳の低音域の聴力が落ちているのが現状です」
遠くを見るような目が一瞬、前髪に隠れた。
「今後、音楽制作に大きな支障が出ないとは言い切れません。先日『ぴよ』に再会したことをきっかけに、サウンド・ドラッグの集大成といえる作品を今のうちに作っておきたいと思うようになりました。詳しいことは後ほど説明しますが、とにかくみなさんの力が必要です。どうか、よろしくお願いします」
集大成、という言葉に力を込めた。
26歳。本来なら、その言葉を使うにはまだ早い。
深い絶望感の中で前を向く姿勢が切なくて、胸をえぐられる。
ぽめPは淡々と話を続けた。
「では続いて、皆さんに手伝ってもらいたいことを伝えます。おれたち3人は現状通り、作曲とイラスト、MIXを分担します」
薬剤師という職業のイメージを抜きにしても落ち着きがあり、ひなのが懐く理由がよく分かった。
「まず桃花さん。『ぴよ』が歌い手として楽曲に参加するので、録音時の付き添いをお願いします。環境設定の確認やニュアンスの調整などが必要なので」
「はーい」
「らじゃ~」
桃花とひなのが間延びした声で返事した。
「それから、拓海くん。きみにはサンプリング作りをお願いしたい」
「サンプリング? ヒップホップとかで使われる、あの?」
「そう。本心を言うと自分で楽器を鳴らしたいけど、この状態だからね」
ぽめPはそっと右耳に手をやった。
「かといって既存の音源だと新しさに欠ける。そこで、きみのセンスに頼らせてほしい」
「ふーん……うぃ、了解っす」
拓海は数秒間考え込んだものの、それ以上は突っ込まなかった。
「やぎすけくんは映像クリエイターなんて、どうだろうか」
「えぇ!」
間抜けな声が飛んだ。
「俺、動画編集はスマホのアプリだから……クオリティに自信ないっす」
「大丈夫、俺様が教えてやるよ」
さぼじろーさんがにやりと笑った。
「売れっ子の『神絵師』は手一杯なんだ。ちょうどもう一人、動画を作れる奴を探していたところでさ」
やぎすけがひっと息を飲んだ。
名前を呼ばれていないのは、あと一人。
「美咲さん」
「は、はい!」
緊張のしすぎで、声が裏返りそうになる。
ぽめPは心配しないで、というように優しく笑った。
「美咲さんは、僕らと皆さんをつなぐ連絡係をお願いします」
「はい……頑張ります……」
推しに近づけるチャンスを逃したくなくて、つい引き受けてしまった。
――もう戻れない。前に進むしかない。
友達の顔を見た。
みんなワクワクした顔で、隣のメンバーと何か話していた。
ここにいる全員が、主人公だった。
わたしだけが、わき役に見えた。
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