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第4章 ゲートキープ
4-10 出会い
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カオリさんの訃報が届いたとき、復帰したドラッグストアであの日のように陳列作業をしていた。
「一堂香織は本日午前3時9分、永眠しました」
バックヤードに戻り、淡々とした弟の連絡をもう一度見る。
香織という漢字表記。
本名だったんだ、と実感した。
心臓が泣いていた。涙は出なかった。
「あと」
メッセージは続いていた。
「先日提供したピアノ音源ですが。何という曲名ですか」
ネット上で探しても見つからなくて、と打ち明けられた。
「曲名は決まっていません」
あの日病院から帰ったきり、カオリさんのピアノは一度も聴けていなかった。
「ネットにも上げていません。ご家族から許可をいただいてないので」
「許可ですか?」
弟の問いに、戸惑った。
「ご家族の意見を聞かずに勝手にMVを制作するのは、どうかと思いまして」
「MVを作るのに、他に何が必要ですか」
「ええと……」
困り果て、返信の手を止めた。
どうも会話が噛み合わない。
この人は、いったい何を考えている?
「いろいろあります。例えばイラスト、動画、MIX……とか」
弟からのメッセージは簡潔だった。
「イラストと動画なら俺が引き受けましょう」
何かの画像が送られてきた。
はっとした。
ピアノに置かれた手、ゆるやかなウェーブの長髪――。
弟が描いたという肖像画のカオリさんが、微笑んでいた。
「せめてもの供養です。弟として何かお手伝いしたいです」
弟はおれより1歳年上の美大生だといった。
SNS上の活動名は「さぼじろー」。
「そういうことですか」
バイト中なのに、スマホを片手にバックヤードにこもっていた。
ぽっかり空いた心に、じんわりと体温が戻ってくる。
「では、よろしくお願いします」
命を救えなかった自責、後悔、哀情。
脳裏に曲名が浮かんだ。
ゲートキープ。
「一堂香織は本日午前3時9分、永眠しました」
バックヤードに戻り、淡々とした弟の連絡をもう一度見る。
香織という漢字表記。
本名だったんだ、と実感した。
心臓が泣いていた。涙は出なかった。
「あと」
メッセージは続いていた。
「先日提供したピアノ音源ですが。何という曲名ですか」
ネット上で探しても見つからなくて、と打ち明けられた。
「曲名は決まっていません」
あの日病院から帰ったきり、カオリさんのピアノは一度も聴けていなかった。
「ネットにも上げていません。ご家族から許可をいただいてないので」
「許可ですか?」
弟の問いに、戸惑った。
「ご家族の意見を聞かずに勝手にMVを制作するのは、どうかと思いまして」
「MVを作るのに、他に何が必要ですか」
「ええと……」
困り果て、返信の手を止めた。
どうも会話が噛み合わない。
この人は、いったい何を考えている?
「いろいろあります。例えばイラスト、動画、MIX……とか」
弟からのメッセージは簡潔だった。
「イラストと動画なら俺が引き受けましょう」
何かの画像が送られてきた。
はっとした。
ピアノに置かれた手、ゆるやかなウェーブの長髪――。
弟が描いたという肖像画のカオリさんが、微笑んでいた。
「せめてもの供養です。弟として何かお手伝いしたいです」
弟はおれより1歳年上の美大生だといった。
SNS上の活動名は「さぼじろー」。
「そういうことですか」
バイト中なのに、スマホを片手にバックヤードにこもっていた。
ぽっかり空いた心に、じんわりと体温が戻ってくる。
「では、よろしくお願いします」
命を救えなかった自責、後悔、哀情。
脳裏に曲名が浮かんだ。
ゲートキープ。
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