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第3章 インプレゾンビの唄

3-9 MIX

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  モニター画面に、インスト音源と俺の歌唱音源の波形が現れた。
  大小の波は声で描く心電図。俺が生きている証明。

  智也さんは慣れた手つきでノイズの除去やボリューム、ピッチ、パンの各調整をさくっと終わらせた。
  すぐさまEQ(イコライザー)処理に取り掛かる。

「楽器ごとに持ち味は違う。ここでは特定の周波数の帯域を増減させて、不要な音を除いたり、クリアないい音を作ったりしていくよ」

  大きなカーブを描くグラフ線をマウスでつまみ、上下に引っ張ると音圧に変化が現れた。

「だいぶ大まかな例えだけど、キックやベースは低音域で生かして、ピアノやバイオリンは高音域に振っていく、というイメージだと分かりやすいかな。で、ボーカルの声はこのへん。ほら、それぞれの特徴が生きてすっきりしたでしょう?」

「わ、ほんとだ!」
  俺の声がちゃんと一つの楽器になって、インスト音源と一体化していることに感動する。

  それから、智也さんは「コンプレッサー」を使用した。

「小さい音量に合わせると、もともと大きかった音は音割れしちゃうよね。そういうことを防ぐために音を圧縮して、ダイナミクス――抑揚を均一化するんだ」

  コンプの程度は強すぎても弱すぎても良くない。
  もはや俺には違いが判らないレベルまで、智也さんは微調整を続けた。

「すげぇや。俺にはできないや」
「はは、僕の耳はぽめに鍛えられたよ」
  智也さんは困り眉で笑った。
「あの音が欲しい、この音は違うって、納得するまで妥協しないんだ」

  そう言って、コンデンサーマイクに目線を移した。  
「結局本人がここで最終調整しちゃうんだよね。マイクがあるのはコーラス用だよ」

「えぇ!  Discordとか使わないんすか」
  ボカロにまつわるクリエーターは基本的にSNSのDMやDiscordで連絡を取り合っていると思っていた。

「いや、使うよ。基本はチャットかメールだし、通話もする」
  智也さんはぽつりと呟いた。
「だけど、ぽめは通話が苦手だからね」
「苦手?」

  もしかして――病魔の存在に触れそうになった瞬間、智也さんはぱっと笑顔を作った。
「さて、作業に戻ろうか」

  それ以上は話に触れにくくて、俺たちはまたパソコンの方を向いた。

  エフェクトというのは俺も聞いたことがあった。
  お風呂場みたいな残響音が広がる「リバーブ」、山びこみたいに音が追いかけてくる「ディレイ」、歪みを生み出す「サチュレーション」などなど。

  MIXに正解なんてない。

  俺たちは「ゲートキープ」をどう表現したいのかを話し合いながら、エフェクト調整を重ねた。

  レコーディングから1時間後、簡易的なMIXが終了した。

「すげえ!  俺、かっこよくなってる」
  俺の声が輪郭を持って、ぽめPの音楽と融合されていた。

  初めて体験したMIX。
  俺が智也さんの力を借りて作った「音のおくすり」。

  インプレゾンビに智也さんの強烈な蘇生ドラッグが効いて、「青柳世那」の自我が戻っていた。

  凛、ごめん。
  両親に続いて、俺も「ドラッグ」の気持ちよさを知ってしまった。
  もう、病みつきだ!

「MIXって一見地味だけど、良い音を作れると気持ちいいでしょ?」

  智也さんがペットボトルのお茶をごくごくと飲んだ。

「音楽の楽しみ方っていろいろあるんだよ。直したり、生き返らせたり」
  デスクにとん、とボトルを置く。

  その脇に置かれた木製の写真立てが目に入った。
  ――肩を組んだ3人の男性。

「あの、もしかして」
  真ん中で、穏やかな笑みを浮かべた黒髪の人物。
「この人が、ぽめP?」

「そうだよ」
  智也さんはふにゃと笑った。
「僕の、好きな人」
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