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第3章 インプレゾンビの唄

3-5 リスカごっこ

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  夕ご飯前にシャワーを浴び終わって、階段下から凛に向かって呼び掛けた。
「おーい、風呂空いたよ」

  返事はない。
「凛?」
  階段を上がって、部屋のドアを開ける。

  ぞく、と恐怖が背筋をなぞった。
  妹が床にぺたんと座り、右の手首に何か描いていた。

「お前、何してんの」
「あ、気づかなくてごめん」
  凛はふにゃと笑って左耳からイヤホンを外した。
「リスカごっこしてた。ほら、青と緑を混ぜるとリアルでしょ?」

  右の手首に、ペンで書いた線が伸びていた。
  たしかに皮膚の上から見た血管は、赤くない。むしろ青緑色。
  凛の描いた線はリアルで、それがかえって心配を生んだ。

「お前、死にたいの?」
「別に」
  凛はあはは、と笑った。
「世那が一緒なら、生きててもいいかな」

  あと半年で、どうしようもない親が刑務所から戻ってくる。
  どうしたって親子という縁は切れない。
  俺たちに希望はなかった。

「当たり前だっつの」
  妹の手から強引に緑色のペンをもぎ取る。
  ぐい、と自分の右手首に線を描いてから、細い手首を真似て青ペンを重ねた。
「死ぬまで一緒、死んでも一緒だから」

  瞳に、濡れた髪の俺が映っていた。
  同じ顔をした妹は、もう一人の自分だった。
  こいつだけは、絶対に悲しませない――。

「……ありがと」
  凛が目を伏せて笑った。
「わたしたち、ゾンビだから不死身だもんね」
「来世では健全に万バズ狙おうぜ」
  俺なりの、精いっぱいの励ましだった。
「お前がリンなら、俺はレンだな」
鏡音かがみねレンくんに怒られろ」
「うるせぇ」

  いつもの生意気にほっとして、俺も床に腰を下ろす。
「俺も『歌みた』、出そうかな」
「誰が聴くわけ?」
  即答で噛みつかれる。
「世那がゾンビから歌唱力お化けに進化しないかなぁ」

  突きつけられた現実にぐうの音も出ない。
「こんなにイケボとカワボなんだから、来世は安泰だって」
「はいはい、ウザいっと」
  凛の声にやっと明るさが戻った。

  最初はクラスメートの拓海に頼まれて、歌詞入りの動画を作るだけだった。

  それが他の動画を研究するうちに、ボーカロイドの世界観を表現する歌い手の奥深さを知った。

  short動画やTiktok動画をスマホアプリで作りながら、自分で歌ってみたいと思うようになった。

  ただ、見つけてほしかったのかもしれない。
  透明化した「やぎすけ」を。

  インプレゾンビになり済ます「青柳世那」を。
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