泣きたいきみに音のおくすり ――サウンド・ドラッグ――

第１章 難聴の薬剤師

1-4 ゲートキープ

  病室で過ごす、一人の時間。
  わたしはぽめPの代表曲「ゲートキープ」のMV(ミュージックビデオ)を再生した。

  Music and lyric : ぽめP
  Illustration and Movie : さぼじろー
  MIX : モラトリアム大仏

  概要欄に並ぶユニークな名前。
  この３人でつくるクリエイターユニット――「サウンド・ドラッグ」。

〈きみに聞きたいことがあるんだ    きみに言われたいことがあるんだ
  ねえ、楽しかったかい〉

   謎の多い曲だった。
  「きみ」とは一体誰なのか。
  「きみ」とは何があったのか。
  「きみ」が過去形になってしまったのは、なぜなのか。

  浮遊感のあるシンセを聞くと、安らかな気持ちになった。
  後ろで力強く刻むキックとベースは、わたしの背中を押した。 
  ボーカロイドの初音ミクが、張り裂けそうな心の叫びを歌う。

  サウンド・ドラッグはもともと好きだったけれど、障害があると分かってからはますます聞き入った。
  特にこの曲は何度リピートしたか数えきれない。
  16分音符のリズムが音の隙間を埋め、心の傷をふさいでくれた。

  ミステリアスな微笑みを浮かべた女性のイラストは、笑っているようにも泣いているようにも見えた。
  誰も知らない物語に、強く引き付けられる。

  細かなセリフ調の旋律が続く中、ピアノのコードが淡々と四分音符を刻む。
  サビのメロディラインは１オクターブ高く、逆に間奏では１オクターブ低く。
  「きみ」を思う「ぼく」の心の闇が浮かび上がっていた。


〈人生狂わす不協和音    使い回した声 爪立てて
  幸せにまた会おう    嗚呼ああたまったもんじゃない
  きみが生きる理由など   ぼくは絶対知りたくない

  きみに言いたいことがあるんだ    きみに聞かせたいことがあるんだ
  ねえ、楽しかったよね〉


  後半は歌詞が減り、音数が増える。
  迫力、凄み。ボーカロイドの生命力のすべてをぶつけた、躍動感。
  フォルテもピアニッシモもこれが正解なのだと見せつけるような、渾身の歌声。

  生きる喜び、生きる苦しさ。強い音圧に激しい感情があふれていた。