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第1章 難聴の薬剤師

1-1 再会

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  冷たい消毒液のにおいが鼻をついた。

  目を開けた。失敗した、と分かった。
  天井から吊るされたベッドカーテンが重そうに、どよんと揺れた。

間杉ますぎさん!」

  若い女性の看護師さんが駆け寄ってきて、わたしの顔を覗いた。
  ひどく喉が渇いていた。
「の、のど……」
  言葉が空気になって喉から漏れた。強烈な吐き気が押し寄せる。
  看護師さんがとっさに、そら豆型の容器(ガーグルベースンというらしい)を用意してくれた。
    
  少し、吐いた。
  黒く濁った液体が出てきた。この世に悪魔がいるなら、こんな色なんだろうな。

  とにかく、生きていた。
  ひどい吐き気と喉の渇きと闘いながら、看護師さんの聴取に少しずつ答えていく。

  やり取りの中で、ここは都内の大きな総合病院だと知った。
  母さんが自室で倒れているわたしを見つけ、すぐに119番したらしい。
  あいにくそのタイミングで救急搬送できる病院が近くになく、千葉から県境をまたいだこの3次救急病院に運ばれたと説明された。

「失礼します、間杉さん」
  看護師さんの聴取が終わると、カーテンの向こうから柔らかい声が聞こえた。白衣を着た若い男性が、一礼して入ってくる。
  医師?  看護師?  どちらとも雰囲気が違う。
  清潔感のある黒髪。賢そうな瞳。俳優の高橋一生にちょっと似てる。
  
「薬剤師の南条なんじょうと申します」

  声が少し微笑んだのが分かった。聞き覚えのある、優しい声。
  瞬間的に、脳裏に幼少期の記憶が甦った。
「ぽめにい?」

  南条駿しゅん
  隣の家に住んでいた、年の離れたお兄さん。
  真っ白なポメラニアンを飼っていた。だから「ぽめ兄」。
  わたしが中学生になる頃には大学生になっていて、7年も会っていなかった。

「どうして?  どうしてここに?」
  思わず大きな声を出してしまって、むせ込んだ。
  ぽめ兄は綺麗な人差し指を唇の前に立てて、ふふと笑った。
「久しぶりだね、ひなのちゃん」

  嬉しい。恥ずかしい。どうしてここに。
  顔が真っ赤になって、心がぐちゃぐちゃになった。
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