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黒銀の魔女

黒銀の魔女 2

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 拾った子供を家に連れ帰ると、魔女は鼻歌を歌いながら魔法を使い始めた。魔女の紡ぐ呪文に合わせて空中に湯の渦が出現する。


「まずはお風呂よね」


 庭に大きな盥を出現させると、盥に空中の湯の渦を移動させ服を剥ぎ取った子供を入れる。


「あら。お前オスだったの?」


 服を剥いて初めて気付いたと魔女は言葉を漏らす。しかしその間も魔法を止めることはなく、石鹸花と呼ばれる白い花の形をした石鹸を泡立て子供を洗い始めた。


「うわっぷ!」

「お前本当に汚いわねぇ。お湯が真っ黒になっちゃった。何度洗えば綺麗になるのかしら?とりあえずお湯が透明になるまで洗いましょうか」


 洗われている子供が少し苦しそうだとか、そういったことは一切気にせず魔女は自分が満足するまで子供を洗い続けた。


「うん、綺麗になったわね!」


 すぐに真っ黒になっていた水が徐々に透明になっていき、魔女が満足する頃には真上にあった太陽が沈み始め、洗われ疲れた子供はグッタリと魔女の腕に抱えられていた。


「あらいやだ。もしかしてやりすぎちゃった?ごめんなさいね。洗うより先に食べ物が必要だったかしら」


 困ったような魔女の言葉と同時に、腕の中の子供の腹からグーッと言う音が辺りに鳴り響いた。顔を真っ赤にした子供を見て魔女は軽やかに笑った。


「あははははっ。ぐぅぅぅって!凄いね、初めて聞いたよ!食事にしようか。おっと、人間が食べても大丈夫なものうちにあったかな?ちょっと待っててね、何か採ってくるから」


 家の中には吸魔草の香茶しか無いことを思い出し、抱えていた子供を自分のベッドに押し込むと魔女は慌てて外に飛び出した。


 家から離れた場所で魔法陣を展開すると、近くに居た草食獣ベースの魔物を仕留めた。魔石になってしまう前にその場で捌くと、時間経過の無い亜空間を呼び出し肉を入れる。
 そして付近に生えているごく普通の食べられる植物を手当たり次第に引き抜き、やはりこちらも亜空間へと入れた。多少多く採り過ぎても亜空間内であれば時間の劣化は避けられるから、と魔女は人間にも食べられる物を手当たり次第に亜空間へ放り込む。


「魔力回復を伴う料理なんて何年振りだろう。作り方覚えてるか不安だなぁ」


 食事が娯楽となってしまった魔女は、吸魔草の香茶以外久しく作っていなかった。しかし拾った子供の為にも作り方を思い出さねばなるまいと、家へと戻る道すがら記憶を掘り起こしていた。
 しかし遥か昔の記憶を直ぐに呼び戻すことなど出来る筈もなく、料理を思い出せなかった魔女は家へ戻ると塊に切り分けた魔獣肉をそのまま豪快に炙り始めた。


「ん?もしかして薄くした方が焼けるの早い?」


 途中でそう気付き、焼きながら魔法で薄くスライスしていく。採取してきた薬草でスープとサラダを作り、主食が足りないと倉庫の片隅に置いてあった何年前のものかもわからない小麦粉からクレープを焼いた。保存の魔法を掛けているし大丈夫だろう、と小麦粉を使った魔女だがこの小麦粉、軽く数十年は倉庫に放置されていた年代物だった。保存の魔法がなければ使えなかっただろう。そんな事情は子供にわかるはずもなく、そして料理をしない魔女に小麦粉を使った記憶が残っているはずもなく、年代物の小麦粉はようやく料理に使われたのであった。
 コトリ、とテーブルに皿を並べるとベッドに押し込んでいた子供を椅子に座らせた。


「クレープにお肉と野菜を挟んで食べるんだよ。これはお前分の食事だから、ゆっくり食べなさい」


 子供の向かいに座り、がつがつと口の中に詰め込むようにして食べる子供に優しく声を掛ける。しばらくがつがつと食事をしていた子供だが、ようやく腹の虫が治まったのか手を止めた。椅子の上で居住まいを正し向かいに座る魔女を真っ直ぐ見つめ、舌足らずな声で懸命に言葉を紡ぎ始めた。魔女は途切れ途切れな子供の言葉にも嫌な顔をすることなく、柔らかな微笑みを浮かべ耳を傾けた。


「ぼくを、ひろってくれて、ありがと、ござい、ます。あなたを、なんと、よべ、ば、いいで、すか」

「人に名を訊ねるときは、まず自分の名を名乗るものじゃないかい?」


 微笑みを浮かべたまま魔女は言う。魔女の言葉に子供の表情が目に見えて落ち込んだ。


「まあ良い。私は『黒銀の魔女』と呼ばれているよ」

「こくぎんの、まじょ、さま?」

「そう。ここには私とお前しかいない。そして私にとって名前など然して重要ではない。どう呼ばれようと個体が判別できるなら呼び方など気にしないわ」


 その魔女の言葉に、名前を呼んでもらえないかもしれないと言う焦りを覚えたのか、子供がまた口を開いた。途切れ途切れの言葉は他者との会話が少なかったからなのかもしれない。言葉を重ねる度に子供の舌足らずな声に迷いが消えていく。


「まじょさま。ぼくは、なまえ、ない、です。ぼくになまえ、ください。ぼく、だけの、なまえ」

「ふうん……お前名無しなの。名前……名前、ねぇ。魔女の言葉はある種の呪《しゅ》を孕む。私がお前に名を与えるとお前はそれから逃れられなくなるのだけれど、それでも良いの?」


 魔女の言葉に臆することなく頷いた子供に、魔女は少し迷いながらも自分の中にある音と子供が惹かれ合うと感じた言葉を口にした。そして一時の暇つぶしに拾ったのだからと言葉を続ける。


「『リヒト』。お前の進む未来が明るい光に満ちた物であるように。お前の名は今日からリヒトよ」

「りひと……すてきな、なまえ!ありがとう、まじょさま」

「リヒト。今日から私達は『家族』よ。魔女と呼ぶのでも構わないけれど、母と呼んでも構わないのよ?」

「おかあさん?」

「なぁに、リヒト」

「ぼくの、おかあさん!」


 無邪気な笑顔を浮かべて喜ぶ子供、リヒトを魔女は少し眩しそうな顔をして見つめていた。魔女はリヒトの顔に手を伸ばし掌で彼の両目を覆うと、魔力を乗せた声で囁いた。


「今日はもうお休み、リヒト。お前を追う者はなく、ここはお前の家。安心してゆっくり眠ると良い」


 意識を失い崩れ落ちるリヒトの身体を抱き上げ、魔女はぽつりと零した。


「ヒトの一生は短い。お前は私の『リヒト』。共に過ごす日々は決して長くはないだろう。しかし、その時間が光に溢れるものである事を祈るよ」


 魔女の魔力で眠りに落ちたリヒトは、魔女に拾われてから三日後に目を覚ました。慌てた様子で飛び起きたリヒトを見て魔女は笑う。リヒトは目の前の魔女を見て、拾われたのは夢ではなく現実だと認識し安心した。


「おは、よ……です。おかあさん」

「おはよう、リヒト。よく眠れたかしら」


 目を細めて優し気に微笑む魔女に、リヒトの耳が赤く染まる。目の前の魔女を母と呼び、独り占め出来る優越感に彼は悦びを覚えた。
 お腹が空いたでしょう、と魔女はリヒトが眠っている間に用意していた料理の数々を並べ始めた。



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