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第十五話

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 金は唸るほどにあった。あとは脳みその使いようだ。
 1月のイベント。これは初詣が最大のものであり、当然フルで活用する。ここで重要なのは、親の処遇だ。
 ストレートに寝技に持ち込むのなら、両親は不要だ。しかし、以前近い方法で失敗していることを考慮すると、ここは「ご両親にご挨拶的キャッキャウフフ」が正解だろう。
 果たして、哀れな五反田のご両親には年末夫婦水入らずな旅行が欠便により急遽キャンセルと相成り、紅白からゆく年くる、さだまさしの黄金リレーを楽しんでいただくことになった。金さえあれば飛行機だって止められる。飛行機だけは勘弁な、というのは私には当てはまらない。
 その五反田家の玄関で、大晦日に待ち合わせ。
「じゃあ、行ってくるから」
「アンタ、マコトさんにご迷惑をかけるんじゃないわよ」
「いえいえ、お気遣いありがとうございます」
 御母堂の温かい眼差しに、にこやかに手を振る。ここで良妻賢母ポイントを獲得する。三月まで、ボディーブローのようにあらゆる場面でポイントを獲得したい。
「じゃあナオトくん、行きましょっ」
「お、おいっ」
 ガッと手を半ば強引に組む。しかし五反田が振りほどこうとはしないあたり、悪い気はしていないのだろう。うしろから、「おほほほほ、いってらっしゃーい」という五反田母の声が聞こえる。
 腕を組んだまま、神社に向かう。この時点で八割方目的は達成できてはいるが、ダメ押しのもう一手を打つ。
 名付けて、ダブルデート大作戦。
 神社の前で、田端と香織のカップルと予定通り落ち合うところからがスタートだ。
「おー、二人もアツアツだねぇっ」
 見るからにお熱い二人を揶揄する。お世辞にも趣味が良いとは言えないプリント生地のペアルックに、二人で一つのマフラー。平成を飛び越えて昭和のカップル、もといアベック感が否めないが、本人たちが楽しんでいるのでそれはそれでよいことだ。田端の表情を見ても、若干振り回す香織に辟易しているように見えるものの、頭の中の八割は幸せが占めているように見える。どう見ても向こうの方はa・chi-a・chiだが、こっちはこっちで新しいステップで素直になればいい、という目論見だ。
「そっちの二人は……どういう関係なんだ?」
 香織に気圧されていた田端が、こっちの事情を聞いてくる。
「ええと……」と口ごもり、五反田と顔を見合わせる。腕はまだ組んだまま。
「ねえ……」と困った表情の五反田。もちろん腕は組んだまま。
 戸惑う私達の背中を、香織がバンバンと叩いた。
「まあいいじゃないっ。とにかく今日はダブルデートってことでさっ」
 それを聞きたかった! ダブルデート、なんて良い響きだろう。既成事実というか、外堀から埋めるというのは肝要。
 そうとなれば早速参拝お賽銭。キャッシュレスな生活を送っているので小銭が少ないが、どんなことをしてもきっと払いますともっ。
 ざわざわした境内に二人で並んで参拝、即解散。「カップル的に参拝」と「ダブルデート」という実績解除をした今、ここにはもはや用はない。正月イベントは完了した。さあ、次つぎっ。

   ☆

「五反田って結構モテるじゃない? アンタ今日、どうするのよ?」
 と香織が言ったのは2月14日のバレンタインデー。進駐軍のバレンタイン少佐が子供たちにチョコレートを配ったという故事に由来する本日――間違っても、バン・アレン帯の誕生日ではない――は、女子高生的には一年で最も大きなイベント。
 もちろん物語的ご都合主義に乗っかるこの学園のこと。イケメン高校生には、その日に限り人権はない。
 そしてそれは、五反田も例外ではない。というか、被害者筆頭だ。
「いや実際、大変なのよそれが」
 陰から表から五反田を観察していると、まず二人でa・chi-a・chiに登校しているにも関わらず、他校の女子生徒からチョコレートを貰う。この時点でカバンの容積の大半は茶色に染まる。正門前で待ち構える後輩生徒も山のようにいる。ハイライトは下駄箱で、スチール製のそれがパンパンに膨れている。私はBC兵器を疑った方がよい膨れ方と言ったが、毎年のことだからと臆せず開く。すると、どうみても下駄箱の容積を遥かに越える色とりどりのラッピングが飛び出してくる。
「その調子じゃあ教室でもえらいことになってそうね」
 私はE組。彼はA組なのでその様子を伺い知ることはできないが、
「うーん、見てないからわかんないけど。とにかく、そんなんだから怒って見限ってきちゃった」
「うんうん、それがいいよ。私も今日田端クンにムッとしちゃったもん」
 などという女子トークをペラペラと話して過ごす。もちろん、ムっとして見せたのも戦術である。
 彼女としての立場が一定程度確立してからの振る舞いというのは、これも少女漫画に学べる。そしてそこから導き出される答えは、
「ツンデレなのよね、やっぱり」
「?」
 香織は疑問符。
「つまりね、こう、いちゃいちゃしたカップルがいるとするじゃない」
「私達のことね」
 ふんす、と鼻息が荒い香織。
「まあそういうことにしておきましょう。でね、そういうカップルは倦怠期のようなものを起こすわけよ。バレンタインという敵を勇気づける日は、恋人を持つ私達みたいな立場の人間にとって、どうにもならない今日だけど」
「平坦な道じゃきっとつまらないわけね。それが君と生きていく明日だから」
「あら、わかってきたじゃない。そんでもって続けると、そこから這い上がるくらいで丁度いいわけなのよ。要すれば、一回落として、上げる。これが長続きのコツなわけですわ。」
 つまりは、バレンタインというイベントで「ツン」としておいて、その後即座に「デレ」るというJFKも真っ青な勝利の方程式。
 香織は納得したようで、
「なるほどね。トラブルがあったほうが絆が深まると。確かにブラピも映画でそんなようなことになってたわね。ブラピが言うなら間違いないっ」
 多分それはMr.&Mrs.スミスの映画内での話であるが、そのあとブラピはアンジーと離婚してえらいことになっていたので、例として適切ではないだろう。

 放課後、部活の開始。冬場の練習と言えばどの部活も体力強化つまりは鬼のサーキットトレーニングと相場が決まっているが、本校においてはそれは当てはまらない。
 なぜなら、私がノックを打ちたいからだ。
 しかし、今日は事情が違っていた。
「五反田ナオトチョコレート争奪戦、はじまるよ~ッ」
「「「ウオーッ!」」」
「「「姐さんサイコーっ!」」」
「「「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」」
 トラック一杯分はあると思われる甘い香りに誘われて、イカ臭いイガクリ頭共ががん首を揃える。
「OK! 行くぞっ‼」
 カーンというノックバット特有の音と共に、白球がグラウンドを駆ける。そこを、猛然と選手が飛び掛かる。さながら犬のよう。あーっと犬が交錯した。ボールの奪い合いだ。遊撃手のボールを三塁手が強引に奪い取ろうとしている。
「そんなに欲しけりゃくれれやるよ、ほらっ」
 ライナーで三遊間をぶち抜く打球を打つと、そこには三塁手の顔面。もんどりうってひっくり返ったその後頭部が遊撃手のアゴに直撃。
 場内騒然。しかし、
「だ、ダブルプレーよっ。むしろ競争相手が減ったと喜びなさいっ。ほら、お前らチョコレートが欲しくないのかァ!」
 激を飛ばすと、
「「「よっしゃー! こいやー!」」」
「「「チャンス! チューリップ全開!」」」
「「「俺たちはウジ虫を卒業する!」」」
 元気があって大変よろしくてよ。

 地獄の伊東キャンプ(二回目)が終わるころには、トラック一杯分あったチョコレートもピラニア共に供出でき、長靴いっぱい程度に収まっていた。
「はいっ」
 帰り道、残ったチョコレートを紙袋に詰めて五反田に渡す。
「お、おう……」
 中身をわざわざ確認するほど五反田は野暮ではない。そのあたりは、少女漫画のプリンスとしての自覚があるようだ。
「で、お兄さん。どんな娘から貰った?」
 ずい、と顔を五反田に近づけて聞く。もちろん、とびきりの悪意が込められた笑顔で。
「ど、どんなって言われても……」
 たじたじな表情。脂汗が額に滲んで見えるのが良い演出だ。
「いや、別に全然覚えてないよ。派手な子も、地味な子も、見たこと無い子もいたけれど……とにかくピンとはこなかったさ」
 うつむき加減で、言葉を紡いだ。愛おしいっ。抱きしめたいくらい。
 でも、ここで図に乗らせてはいけない。
「ふーん」
 あえて、不満げな表情を作り出す。
「神谷ちよこはいなかったようね」
「は?」
「まあいいわ、とにかくっ」
 少し前を歩いていた私が、やにわ振り向く。
 手の中には、ピンク色の包み紙。
「私からもっ!」
 そう言って、強引に五反田の胸に押し付ける。
 えっ、と五反田が顔を上げたときには、
「じゃあまた明日ね!」
 と私は駆け去った後。
 後には紙袋とチョコレートを抱えた五反田ナオトが一人。今日は悶々とすることだろう。
 これがデレ。一日を賭した、ツンとデレである。

   ☆

「あ~もしもし香織? こっちは上手くいったわ。やっぱりツンデレって最強よっ。ツンデレは無敵、無敵はステキ!」
 勝利報告を誰かと分かち合いたかったので、香織に電話を掛ける。
「あ、マコト? ごめ~ん、いまちょっと取り込んでて……」
 電話の奥からは、申し訳なさそうな香織の返事と、肉が触れ合う音。
「……聞こえてるわよ。なかなか楽しそうじゃない?」
 こめかみに青筋が入ったような気がする。
「ゴメンゴメン。でも、ブラピも言ってたじゃない? セックスのことを聞いてくれませんかって?」
 あんっ、という嬌声が電話越しに聞こえる。
 仕方がないので、
「それでは……」
「10点‼」
 電話を切る。もう知らん。この怒りはどうするべきか。
「ねえ、どうするべきだと思う?」
 椅子代わりに使っていた代官山に聞く。赤本を開きながらもマゾヒズム道を邁進すべく椅子に立候補するその姿は感動を誘う。
「あ、ちょっと今採点してるから……」
 あ、ふーん。そういう言い方するんだ。
 恩知らずな人間椅子にはお仕置きをしなければいけない。机の上から煮えたぎったチョコレートをスプーンで一すくい。
「誰のおかげでセンター9割取れたと思ってんの?」
 背中の丁度真ん中あたりの上空50センチに、スプーンを傾ける。粘度があるので、少し傾けた程度では零れない。受け答え次第だ。プロのSM嬢は融点が低い蝋燭を使っている。それよりは大分熱いのがこのチョコレート。流石に無茶はさせられない。
「それはマコトのおかげだけれど、それとこれとはちょっと別……」
 代官山が、赤ペンに持ち替えたときに、その背中が少し揺れた。
「あっ」
 今、一筋のブラウンカラーが欧州貴族のような青年の柔肌に垂れた。
 そのとき、不思議なことがおこった。閑静な住宅街にそびえるお屋敷には、とても似つかわしくない絶叫が響き渡ったのである。
 いやあ、不思議だなあ。人間ってそこまで叫べるんだ。
 いや、ごめんて。

 ともあれ、香織のセクロス三昧報告に対する溜飲も下がり、もちろん当初の目的であるツンデレ☆バレンタインデーも完璧に達成した。今頃は悶々を乗り越えて一発ヌいていることだろう。若い男なんだから、それくらいやってもらわなくちゃ困る。
 となれば、布石はもう十分。あとは春の大告白祭になだれ込むだけだ。いよいよ最終章である。エンディングだぞ。泣けよ、ハンカチの用意はよろしいか? 私は心の中で、少しだけ泣く準備は出来ているよ。
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