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朝は毎日学習ラウンジでセンパイと勉強して、放課後は予定のない晴れの日だけ自転車の練習を続けた。
藤花は桃にかなりきつく叱られたようで、文化祭からしばらく経ったある日の朝、学習ラウンジに現れた。
「この間はすみませんでした」
藤花はセンパイに深々と頭を下げて謝った。
「ああ、うん、大丈夫だから気にしないで」
センパイは苦笑いを浮かべて言った。
「紫蒼もゴメン」
「うん」
「だけど紫蒼は友だちだから。大事な友だちだから、苦しんだり悲しんだりしてほしくない。だから先輩、紫蒼がそんな思いをしないようにしてください」
藤花は真摯な顔でセンパイに向かって言った。だが先輩は少し悲しそうな顔をするだけで答えない。先輩が海外に行くことは決まっている。そのとき私は苦しむだろうし、悲しむだろう。それは変えられない未来だ。その瞬間は必ずやってくる。
だけどそれでも私はセンパイと一緒にいようと決めた。苦しくても、悲しくても、後悔だけはしたくない。
「心配してくれてありがとう、藤花。だけど大丈夫だよ」
私ははっきりと藤花の顔を見て言う。センパイは私の顔を見て小さく頷いた。
それから藤花と桃とはこれまでと同じように仲良く過ごしている。藤花と桃が、以前よりも仲良くなっているような気もしたが、それには触れないでおくことにした。多分、そのときがきたら桃が教えてくれるだろう。
定期テストの結果も上々だった。夏の結果はまぐれではなくて、やはり朝の勉強が効いているようだ。
センパイの自転車も少しずつ上達している。
週二日から三日、三十分くらいのしか練習できなかったが、センパイは想像以上に真面目に練習に取り組んでくれた。
ときどき「乗れる感覚を思い出したい」と言って、私に二人乗りをしろと脅迫することもあったが、それはご愛敬だ。
そのおかげか冬休みに入る頃には、ふらつきながらもある程度走れるようになっていた。
「センパイ、冬休み中の練習はどうしますか?」
「冬休みはちょっと忙しそうだから難しいかな?」
「また下見に行くんですか?」
「ううん。一応、親類にご挨拶周りをね」
「会う時間って作れたりしますか?」
「多分、お正月明けなら……」
「それなら、初詣に行きませんか?」
「初詣?」
「はい。バンクーバーに行ったら初詣も行けなくなりますよ」
「確かにそうだね」
センパイは笑顔で頷いてくれた。詳しい日程はメッセージで決めることにして、今年の自転車の練習は終わった。
センパイとの初詣は一月五日に決まった。
駅で待ち合わせて、少し遠くの有名な神社に行くことに決めた。電車に揺られること四十分。私はノックアウト寸前になっていた。
「大丈夫?」
「すみません」
電車を降りたホームでベンチに座って休憩すると、センパイが水を買ってきてくれた。
「本当に人混み苦手なんだね」
「はい……あんなに混んでるとは思いませんでした」
「みんな初詣に行くのかな?」
「そうかもしれませんね」
「そうすると、神社も混んでると思うけど、大丈夫なの?」
「あー、それは大丈夫だと思います。狭い空間に押し込められる感じがダメなんです。妙な熱気があって、二酸化炭素が多い感じがするじゃないですか。だから外なら大丈夫です」
センパイは、「そっか」と言って私の隣に座った。
「寒くないですか?」
「うん、大丈夫」
吹き抜ける風に当たって、人混みのせいでで沸騰したよう頭がゆっくりと冷えていく。
学校がはじまれば、二カ月足らずで三年生は自由登校になる。あとは卒業を待つだけだ。
それまでにはセンパイもちゃんと自転車に乗れるようになるだろう。私はセンパイの思い出に残れただろうか。
「センパイ、ありがとうございました。もう平気です」
私はそう言って立ち上がった。センパイもそれに続いて立ち上がる。
「本当に平気?」
「はい。あ、でも……人が多そうだし、迷子とかになるのもアレだし、だから、手をつないでもいいですか?」
勇気を出して言ってみたけどかなり恥ずかしい。さっきまでとは違う意味で頭が沸騰しそうだったけれど、センパイは笑みを浮かべて手を出してくれた。私は遠慮なくその手を握る。
駅を出て人波に沿って神社へと向かう。文化祭でもセンパイとは手をつないだし、自転車の練習で抱き着かれたことだってある。だけど今日はそれらと比べものにならないくらい緊張する。
ちょっと歩き方も分からなくなってきた。手と足ってどんな風に出すんだっけ?
「紫蒼さん、大丈夫?」
「へ、あ、大丈夫です」
ギクシャクした動きのまま答えると、センパイが八重歯を見せて笑う。笑う振動が腕から伝わってきてなんだかくすぐったい。
じわりじわりと時間をかけで参道を進んで拝殿までたどり着く。そして、センパイと繋いでいた手を離して神様に手を合わせた。
願い事はいっぱいある。センパイともっと一緒にいたいとか、センパイと離れたくないとか……。だけどどの願いも叶えられそうになかった。だから私は「センパイと出会わせてくれてありがとうございました」と神様に伝えることにした。
お参りを終えて拝殿を後にする。私はもう一度手を繋いでもいいだろうかと考えながらセンパイに声を掛けた。
「何をお願いしたんですか?」
「それは内緒だよ。言わない方がいいんでしょう?」
「教えてくださいよ」
「紫蒼さんは教えてくれるの?」
「あ、いや、教えません」
「だったら、私も教えないよ」
センパイはそう言うと私の手を取った。
「おみくじひく?」
「悪いのが出ると本気で凹むのでひきません」
私は答えてセンパイの手をギュッと握った。
藤花は桃にかなりきつく叱られたようで、文化祭からしばらく経ったある日の朝、学習ラウンジに現れた。
「この間はすみませんでした」
藤花はセンパイに深々と頭を下げて謝った。
「ああ、うん、大丈夫だから気にしないで」
センパイは苦笑いを浮かべて言った。
「紫蒼もゴメン」
「うん」
「だけど紫蒼は友だちだから。大事な友だちだから、苦しんだり悲しんだりしてほしくない。だから先輩、紫蒼がそんな思いをしないようにしてください」
藤花は真摯な顔でセンパイに向かって言った。だが先輩は少し悲しそうな顔をするだけで答えない。先輩が海外に行くことは決まっている。そのとき私は苦しむだろうし、悲しむだろう。それは変えられない未来だ。その瞬間は必ずやってくる。
だけどそれでも私はセンパイと一緒にいようと決めた。苦しくても、悲しくても、後悔だけはしたくない。
「心配してくれてありがとう、藤花。だけど大丈夫だよ」
私ははっきりと藤花の顔を見て言う。センパイは私の顔を見て小さく頷いた。
それから藤花と桃とはこれまでと同じように仲良く過ごしている。藤花と桃が、以前よりも仲良くなっているような気もしたが、それには触れないでおくことにした。多分、そのときがきたら桃が教えてくれるだろう。
定期テストの結果も上々だった。夏の結果はまぐれではなくて、やはり朝の勉強が効いているようだ。
センパイの自転車も少しずつ上達している。
週二日から三日、三十分くらいのしか練習できなかったが、センパイは想像以上に真面目に練習に取り組んでくれた。
ときどき「乗れる感覚を思い出したい」と言って、私に二人乗りをしろと脅迫することもあったが、それはご愛敬だ。
そのおかげか冬休みに入る頃には、ふらつきながらもある程度走れるようになっていた。
「センパイ、冬休み中の練習はどうしますか?」
「冬休みはちょっと忙しそうだから難しいかな?」
「また下見に行くんですか?」
「ううん。一応、親類にご挨拶周りをね」
「会う時間って作れたりしますか?」
「多分、お正月明けなら……」
「それなら、初詣に行きませんか?」
「初詣?」
「はい。バンクーバーに行ったら初詣も行けなくなりますよ」
「確かにそうだね」
センパイは笑顔で頷いてくれた。詳しい日程はメッセージで決めることにして、今年の自転車の練習は終わった。
センパイとの初詣は一月五日に決まった。
駅で待ち合わせて、少し遠くの有名な神社に行くことに決めた。電車に揺られること四十分。私はノックアウト寸前になっていた。
「大丈夫?」
「すみません」
電車を降りたホームでベンチに座って休憩すると、センパイが水を買ってきてくれた。
「本当に人混み苦手なんだね」
「はい……あんなに混んでるとは思いませんでした」
「みんな初詣に行くのかな?」
「そうかもしれませんね」
「そうすると、神社も混んでると思うけど、大丈夫なの?」
「あー、それは大丈夫だと思います。狭い空間に押し込められる感じがダメなんです。妙な熱気があって、二酸化炭素が多い感じがするじゃないですか。だから外なら大丈夫です」
センパイは、「そっか」と言って私の隣に座った。
「寒くないですか?」
「うん、大丈夫」
吹き抜ける風に当たって、人混みのせいでで沸騰したよう頭がゆっくりと冷えていく。
学校がはじまれば、二カ月足らずで三年生は自由登校になる。あとは卒業を待つだけだ。
それまでにはセンパイもちゃんと自転車に乗れるようになるだろう。私はセンパイの思い出に残れただろうか。
「センパイ、ありがとうございました。もう平気です」
私はそう言って立ち上がった。センパイもそれに続いて立ち上がる。
「本当に平気?」
「はい。あ、でも……人が多そうだし、迷子とかになるのもアレだし、だから、手をつないでもいいですか?」
勇気を出して言ってみたけどかなり恥ずかしい。さっきまでとは違う意味で頭が沸騰しそうだったけれど、センパイは笑みを浮かべて手を出してくれた。私は遠慮なくその手を握る。
駅を出て人波に沿って神社へと向かう。文化祭でもセンパイとは手をつないだし、自転車の練習で抱き着かれたことだってある。だけど今日はそれらと比べものにならないくらい緊張する。
ちょっと歩き方も分からなくなってきた。手と足ってどんな風に出すんだっけ?
「紫蒼さん、大丈夫?」
「へ、あ、大丈夫です」
ギクシャクした動きのまま答えると、センパイが八重歯を見せて笑う。笑う振動が腕から伝わってきてなんだかくすぐったい。
じわりじわりと時間をかけで参道を進んで拝殿までたどり着く。そして、センパイと繋いでいた手を離して神様に手を合わせた。
願い事はいっぱいある。センパイともっと一緒にいたいとか、センパイと離れたくないとか……。だけどどの願いも叶えられそうになかった。だから私は「センパイと出会わせてくれてありがとうございました」と神様に伝えることにした。
お参りを終えて拝殿を後にする。私はもう一度手を繋いでもいいだろうかと考えながらセンパイに声を掛けた。
「何をお願いしたんですか?」
「それは内緒だよ。言わない方がいいんでしょう?」
「教えてくださいよ」
「紫蒼さんは教えてくれるの?」
「あ、いや、教えません」
「だったら、私も教えないよ」
センパイはそう言うと私の手を取った。
「おみくじひく?」
「悪いのが出ると本気で凹むのでひきません」
私は答えてセンパイの手をギュッと握った。
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