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悠生ゆう

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season3-1:恋人(viewpoint雅)

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 ベッドヘッドの棚に置いた携帯が鳴った。
「出ていい?」
 私が聞くと、私の肩に頭を預けて横になっていた彼女が体を起こして「どうぞ」と言った。
 私はベッドに寝転がったまま腕を伸ばして携帯を取る。画面を見なくても誰からの電話なのかは分かっていた。
「シャワー浴びてくるね」
 彼女は私を見ないまま言うとベッドから出て行ってしまった。
 私は一糸まとわぬ彼女の後姿を見送りながら電話に出る。
「なに?」
――ちょっと緊急事態なんだけど。
 少し声を押し殺したような満月の声が耳に届いた。彼女がいなくなった布団の隙間から入る空気が冷たい。
「だから、なんなの?」
 こうした満月からの電話は日常茶飯事だ。そしてそのほとんどがくだらない内容だった。
――矢沢さんと飲んでたら、酔っぱらっちゃって。
 矢沢さんとは満月が勤める会社の年下の先輩、矢沢陽のことだ。そしてその足りない言葉から、酔っぱらったのは満月ではなく矢沢陽だということを理解する。
 だがなぜそれを私に電話してくるのだろう。満月のそういうところが苛立つ。
「へぇ」
 予想以上に低い声が出たことに自分自身で少し驚いた。だが満月は私の気持ちを察することもなく言葉を続ける。
――寝落ちしかけてるから、ウチに連れて行こうと……。
「へぇ」
 それを私に報告する意味が分からない。
――どうしたらいい?
 私は大きくため息をついた。満月にも聞こえているだろう。
 私と満月は大学のころからの友人だ。満月の恋の話も山ほど聞いてきた。今、満月が思いを寄せているのは、満月の横で酩酊している矢沢陽だ。満月本人が気づいているかどうかは知らないが間違いないだろう。
 満月は私に何と答えてほしくてこんな電話をしてくるのだろう。本当に苛立つ。
「押し倒しちゃえばいいんじゃない?」
 それだけを言い放ち私は電話を切った。
 満月はいつもそうだ。私が答えたくない質問を平気で投げかける。そして私がそれに答えると信じ切っている。どんなに冷たい対応をしても、別の日にはそれをすっかり忘れて同じように問いかける。
 満月の私に対する意味の分からない信頼は、私にとって毒でしかない。
 私はベッドから這い出て浴室に向かう。シャワーのお湯がはじける音が脱衣所にまで響いている。
 私は黙って扉を開けて浴室に侵入した。
 立ったままシャワーを浴びている彼女の後ろに歩みより背中から抱きしめる。その首すじにキスをすると私の頭からシャワーが降り注いだ。彼女の腕に指を這わせてその肌の感触を確かめる。
「どうしたの?」
 彼女私から少し体を離して振り返った。
 肌と肌が触れ合う感触もその間をシャワーのお湯が流れていく感覚も心地いい。
 彼女は両手で私の頬を包み込んだ。
「そんな顔をするくらいなら打ち明けちゃえばいいのに」
 そうして彼女はこの世の中にある汚いものなんて一度も見たことがないような笑みを浮かべる。
「そうして壊しちゃった方が雅は楽になれるのに」
 錦 日和(にしき ひより)は天使が囁くような口調で言うと、私の唇にそのやわらかな唇を重ねた。


 私が満月と出会ったのは大学一年の頃だ。受けていた講座の席がたまたま近く、満月が落としたシャーペンを私が拾った。そんな出会いだった。
 その頃の私は拗ねていた。第一志望の大学の受験の日に思いっきり風邪をひいて高熱を出してしまった。無理をして受験会場まで行ったものの、結局試験を受けることすらできずに帰った。
 翌年再チャレンジする方法もあっただろう。だけど私は浪人するよりもレベルの低い大学に現役で通うことを選んだ。
 そして満月はそのレベルの低い大学に一年浪人して入学した同級生だった。
 最初は仲良くなるなんて思わなかった。だけどなぜか満月に懐かれてしまったのだ。
 満月はバカだった。裏表のない本物のバカだった。だから私は満月に惹かれてしまったのかもしれない。
 例えばレポートを書くとき、満月はそもそも何をどうしていいのか分からずにあたふたしていた。
 仕方なく参考になりそうなホームページを教えると、満月はそのホームページを律義に写してレポートを作った。もちろん先生に叱られていた。
 私はいくつかのホームページを参考に自分なりの考察を交えてレポートを完成させる。
 満月はホームページを写すだけだ。それが満月のバカさの象徴だと思う。せめてコピペするくらいのズルさがあればいいのにと思った。面倒臭がりで何事も真面目にできない。満月は自分のことをそう評価している。だけど私は違うと思う。ただ、ひたすらにバカなのだ。コピペすればあっという間に終わってしまうレポートを、ホームページを見ながら一文字ずつ写していくくらいバカなのだ。
 同じ講座を受けている同級生で飲み会を開いたとき、満月がモスコー・ミュールを頼んでいた。一歳年上の満月は、私よりも一足先に飲酒が解禁になっていた。
 私はその飲み物に記憶があった。少し前の飲み会で先輩が飲んでいたお酒だ。
「鈴木先輩が飲んでたヤツだよね?」
 私が言うと、満月は「おいしそうだったからさ」と言いながら頬を赤らめた。
 小柄で目がクリッとした鈴木先輩が、両手で抱えるようにしてモスコー・ミュールを飲んでいたのを思い出す。
「鈴木先輩のこと、好きなの?」
 そう聞くと満月はさらに赤くなった。
「なんでわかったの?」
 満月は誤魔化そうとすらしなかった。
 同性を好きになる。満月がそのことを話したのは私がはじめてだったらしい。正直、それまでの満月が隠せていたなんて思えない。でも、面と向かって話をしたのは私が最初だったという。
 それがうれしかったのか、満月はさらに隠しごとをせず私に色々なことを打ち明けてくるようになった。
 鈴木先輩に夢中だった満月は、いつでもモスコー・ミュールを飲んでいた。そうすることで鈴木先輩と近付けると信じているようだった。
 その頃から私は何か一つの食べ物に執着する時期がでてくるようになった。トマトが食べたいと思ったら飽きるまでトマトを食べ続けなければ気が済まない。
 最初はその理由が分からなかった。だけど、少ししてその理由に気付いて愕然とした。
 満月に真似をしてほしかったのだ。鈴木先輩が飲んでいるモスコー・ミュールを好んで飲むように「雅が食べているから」と同じものを食べてほしかった。そんなバカげた理由で同じものを食べ続けている自分が情けなくなった。
 好きな人ができるたびに満月はうれしそうに私に報告をした。私が冷たくあしらっても、毒舌を吐いても、満月は私から離れようとはしなかった。
 私が満月に想いを寄せているなんて微塵も疑わず、私を信頼して私を頼りにしてくれた。それがうれしくて悲しかった。
 満月に好きだと告げれば、驚くだろうが真剣に考えてくれるだろうと思う。そして多分付き合うことになっただろう。
 だけど私はそうしなかった。
 私はバカで単純で鈍感な満月が好きだった。
 付き合ってしまったら私は欲が出る。満月に満月らしくないものを求めてしまうだろう。狡猾になれ利口になれと強いてしまう。
 それが私の好きな満月を消すことになったとしても止められないと思う。今の満月を許容できるのは近づきすぎない距離を保っているからだ。
 満月に想いを告げることは、満月との関係にカウントダウンが灯る瞬間だと分かっていたから告げることができなかった。
 ときに呆れながら、ときに絶望しながら、ときに苦しみながら、それでもバカな満月を近くで見ていたいと願った。
 日和と出会ったのはそんな大学四年の頃だった。
 とあるバーに一人で飲みに行っていたときに日和から声を掛けられた。
 満月の前でお酒が飲めないフリをしているのは一つの食べ物に執着するのと同じ理由だ。モスコー・ミュールを飲み続ける満月の前でお酒を飲まないことがささやかな抵抗だった。
 一度の遊びのつもりで日和の誘いにのった。日和はとても普通の女の子に見えた。自然に持っているフワフワとした雰囲気を意識的に演じられる。満月のようなバカではなく、ちゃんと裏も表もある女の子。だから安心して一夜の遊びに興じられた。
 だけど日和との関係は一夜では終わらなかった。
 私は日和のことを見誤っていた。日和は『ちゃんと裏も表もある女の子』ではなかった。満月とはまったく違う意味で日和には表も裏もなかった。
 満月が表だけの裏を持たないような人間だとしたら、日和は表が裏であり、裏が表であるような人間だった。
 多くを語らなくても日和は私のことを理解してくれた。そして許容してくれる。
 日和は頭がいい。だけどそれは計算や狡猾さという感じではない。とても自然に、感覚的に理解して感覚的に行動する。そしてある意味では私が知る誰よりも欲望に忠実なように感じた。そんな日和だから私は安心できた。
 真綿のようなやわらかさで手足を縛られながら、私はそれを心地いいと思っている。そんな私の狡さを知りながら、日和は私を許してくれる。私は日和に甘えているのだ。
 就職をしてから日和と満月が同じ会社だったことを知った。日和はホワホワと笑いながら「あれが雅の好きな子なんだね」と言った。
 私はそれにどう返せばいいのか分からなかった。
 日和は適度な距離を取りながら満月と仲良くやっているようだった。
「ねえ、満月さんに好きな人ができたら、雅はどうするの?」
 ある日の週末、私の部屋で一緒にテレビを見ているときに日和が言った。
 並んでソファーに座り、私の肩に頭を預けて、テレビに映し出される料理がおいしそうだね、というような軽いノリだった。
「別に、どうもしないよ」
 これまでも満月は私以外の人を好きになった。それでも私と満月の関係は変わらなかった。
「その人とうまくいったとしても?」
 そんな日和のひと言に、私の右眉がピクリと反応してしまう。
 満月は私のことを好きにならない。そして私は満月と付き合うつもりはない。
 それなのに満月が好きになった人と結ばれることを想像すると面白くなかった。それはただのわがままだとわかっている。
「いじわるなこと、言った?」
 日和は少し体をずらして私の目を見る。
「いや、別に……」
 私は日和から目を逸らした。目を逸らしていけない場面で私はいつも目を逸らしてしまう。
「お茶でも入れようか? それともお酒にする?」
 そう言って立ち上がった日和の腕を引っ張る。バランスを崩して私の上に倒れ込んだ日和をそのまま抱え込んだ。やわらかくていい匂いのする日和の胸に顔をうずめて目を閉じる。
 日和は何も言わずに私の髪を撫でた。


 満月から呼び出されると文句を言いながらも応じてしまう。自分がどうしたいのか分からない。
 満月が『年下の先輩』の愚痴をこぼすのを聞き、日和の言っていた満月の好きな人がその人だと直感した。
 まだ満月自身も気づいていないような恋の芽に、私や日和が気付いてしまうのが腹立たしい。
 そして私はそれでも満月の前ではお酒を飲まず、ホッケを食べ続ける。ホッケに伸びてきた満月の手を叩き拒絶するのに、満月の前で私の執着を示すようにひとつの料理を食べ続ける。
 日和と二人で過ごす部屋で私は聞いた。
「矢沢陽ってどんな人?」
「んー、不器用な人、かな」
「不器用……」
「でも、子どもみたに素直な人」
「そう」
 日和は雑誌をめくりながら気にする素振りも見せずに答えていた。
「そいえば、満月がいたずらされてるみたいだけど」
「ああ、確かに」
「知ってるの?」
「満月さん以外の人には隠すつもりもなさそうだから、みんな知ってるんじゃないかな?」
「満月だけが分かってないの?」
「多分ね」
 私はため息をついた。満月は必死で犯人を推理していた。第一容疑者が矢沢陽だという。その人を一番に疑うのは惹かれはじめている反動だろうか。
「まさかいたずらをしているのって矢沢陽じゃないよね?」
「違うよ」
「だろうね」
「うん」
「そいえば満月、日和のことも疑ってたよ」
「えーひどいなぁ。私、そんなことしないのに」
「でも、教えてはあげないだよね」
「聞かれたら教えてあげるよ」
 そして雑誌をめくる手を止めて振り返った。
「雅は、私が犯人だとは思わないの?」
 私は首を捻る。そんなことは微塵も想像しなかった。
「雅の好きな人に嫌がらせをしてるのかもしれないよ」
 日和は笑みを浮かべる。
「日和はそんなことしないよ」
「わー、信頼されてるんだー」
 日和はニコニコと笑った。
 日和はつまらないいたずらなんてしない。もしもやるのならばもっと効果的に打撃を与えられる方法を選ぶと思う。しかもそれが日和の仕業だとは絶対に気付かれない方法で。そう確信できるくらいには日和のことを信頼している。
「ねえ、どうして日和は私と付き合ってるの?」
 思わず聞いてしまってから後悔した。日和はキョトンとした目で私を見る。そしてクスクスと笑った。
「それ、聞いちゃうの?」
「あー、ごめん」
 それ以外の言葉が見つからない。
「雅のことが好きだからに決まってるでしょう」
「あー、うん」
「雅だって私のことが好きでしょう?」
「うん」
「二番目で繰り上げ当選っていうのは少し悔しいけど、まあ、それでもいいよ」
 日和はソファーに座っている私の膝に頭を置いて目を閉じる。私は日和の髪を撫でた。そして喉元まで出かけた「ごめん」の言葉を飲み込む。
「いつか……」
 日和は目を閉じたまま静かに言う。
「いつか、雅も自由になれるといいね」
 日和の髪を撫でながら思う。
 どうして私は日和のことを一番に好きになれないのだろう。
 日和と過ごす時間は安心できる。それなのに少し苦しいと感じるようになっていた。


 満月が酔った矢沢陽を家に連れ込んでから一週間が経った。
 翌日には事後報告の電話が入ると思っていたのだが、満月から連絡が来ることはなかった。
「どうしたの? 満月さんからの電話を待ってるの?」
 テーブルに頬杖をついてテレビを見ていた日和が不意に振り向いて私に尋ねた。
 いつものごとく日和はズバリと私の心情を言い当ててしまう。
「別にそんなんじゃないけど」
 私がそっぽを向いて言うと、日和はそれ以上追求することなくニッコリと笑った。
 そしてテレビを消すとソファーに座る私の隣に移動する。
 日和はやわらかな表情で私の顔を見ると「別れようか」と言った。
「は?」
 何を言い出したのかわからずに焦る私を日和は楽しそうな顔で見ている。
「なんの冗談?」
「冗談じゃないよ」
「どうして、突然……」
「突然でもないんだけど……そろそろ潮時かなと思って」
 私はどう反応していいのかわからなかった。だけど日和がそう言うのならば、それが正しいのかもしれない。
「いや、でも……」
 そのとき携帯が鳴った。その音で満月からだと分かる。
 日和はやわらかな笑みを浮かべたまま立ち上がった。
「それじゃあ、今日は帰るね」
「いや、ちょっと」
「満月さんでしょう?」
 日和はそう言うとバッグを持ってさっさと玄関に向かってしまった。私は日和を引き留める言葉も見つからないままその姿を見送る。
 しつこくなり続ける携帯を掴み壁に投げつけたい気持ちになる。満月の嫌がらせにしか思えない。それでも電話に出てしまう私もバカだと思う。


 満月からの電話で呼び出されて、私はノコノコと待ち合わせの居酒屋に来てしまっていた。
 満月から指定されたのははじめて来る店だった。
「場所、ちょっと遠くてゴメンね。いつもの店は顔見知りが多いから……」
 今日はいつもよりも満月の能天気な顔が腹立たしい。
 店員にいくつかの料理とともにモスコー・ミュールとウーロン茶をオーダーした。
「それで、急に呼び出して何なの? 私も忙しいんだけど?」
 心の底から不機嫌な声で言ったが満月はいつものことだとでも思っているのだろう。気にする様子もなく「ゴメンゴメン」と軽い調子で謝る。
 こんなことをしているから私は日和にまで愛想を付かされてしまうのだ。
「あー、あのさ、この間のことなんだけど」
「ああ、矢沢陽を押し倒した話?」
「押し倒してないからね! そんなことするわけないじゃん」
 満月は鼻の穴をふくらませて大声で否定する。
 そのとき店員がモスコー・ミュールとウーロン茶をテーブルに置き「もう少しお静かにお願いします」と一声掛けて去って行った。
「じゃあなんなの?」
「えっと、矢沢さんに告白した」
「え?」
 一瞬頭の中が白くなる。なんとなくだけど満月は告白なんてできないと思っていた。たかがそれだけのことに動揺して仮面が剥がれ落ちそうになる。
「いや、私も頑張ったんだよ」
 満月は顔を赤くして頭を掻いた。
「それで?」
 私はウーロン茶を飲んで気持ちを落ち着ける。
「フラれたような? フラれてないような? よく分からないんだけど、とりあえず伝えられてよかったと思って」
 喉が渇く。何があったのか知りたいのに、それを尋ねる気持ちにもならなかった。
「別にそんな報告必要ないんだけど」
「いやぁ、雅にはいつも相談に乗ってもらってるからさ」
 ふと気づくとウーロン茶がすでに空になっていた。私は店員を呼ぶ。
「シャンディー・ガフ」
 私がオーダーすると満月は目を丸くした。程なくして頼んでいた料理とともにシャンディー・ガフが届く。
「ねえ、それってどんな飲み物?」
「ビールのジンジャーエール割り」
「雅ってお酒飲めるの?」
「……飲めるよ」
 満月は興味深そうな目で私がシャンディー・ガフを飲むのを眺めていた。
「それっておいしい?」
「そんなの人それぞれなんじゃない?」
「ちょっと味見させて」
「は? 満月はモスコー・ミュールしか飲まないんでしょう?」
「別にそう決めてるわけじゃないし」
 そう言いながら私の手元のグラスをジッと見つめていたが、私がグラスを差し出さないことに焦れたのか、満月は店員を呼んでシャンディー・ガフをオーダーした。
 別に味見をさせたくなかったわけではない。だけど理解が追い付かなかったのだ。
 満月は届いたシャンディー・ガフを恐る恐るひとくち飲むと「おー」と言って笑みを浮かべる。
「おいしいし、アルコール低いし。いいね、これ」
「どうして?」
「何が?」
「いままでモスコー・ミュールしか飲まなかったのに……」
「ああ、なんかお酒って冒険するコワイじゃん。だから慣れてるのを飲んでただけだよ。ビールは苦くて好きじゃないし。でもシャンディー・ガフなら飲める」
 満月はうれしそうな顔でもうひと口シャンディー・ガフを飲む。
 私は思わず吹き出してしまった。ケタケタと笑う私を満月は不思議そうな顔で見る。
「なんで急に笑い出すわけ?」
「いや、バカだなと思って」
「失礼な!」
 満月は頬をふくらませた。本当に私はバカだ。自分で作り出した鎖に自分で囚われてもがいていた。
「ごめん、で、何だっけ? 矢沢陽のことだっけ?」
「ああ、まあそうなんだけどさ。一応気持ちは伝えたし、これからじっくり時間をかけて頑張ろうと思って」
「そう」
「でさ、いつも雅に相談に乗ってもらってばっかりだから、たまには雅の話も聞こうと思って」
「私?」
「うん。雅ってそういう話、全然しないでしょう? もしも私に気を使っているなら、そういうのなくていいよ」
 私は首を傾げる。満月は私が満月のことを好きだなんて全く気付いていないはずだ。では何のことを言っているのだろう。
「気を使ってるってどういう意味?」
「私が女の人を好きになるからさ、雅は好きな男の人の話をしづらいのかなと思って」
 私はビックリして言葉を失った。満月はそこから勘違いをしているのか。またしても笑いが込み上げてくる。
「ちょ、何で笑うの? 人が真面目に言ってるのに!」
「別にそういう気は使ってないよ。私、彼女がいるし」
「そうなんだ、彼女いたんだ……彼女!」
「うん」
「ちょっと待って、それって雅も? そんなの聞いてないよ!」
「言ってないからね」
「それは言ってよ! 知ってたら……」
「私と付き合ってた?」
「……いや、それはない。怖い。無理」
 私はさらに笑い声をあげた。満月もつられるように笑う。
 満月はシャンディー・ガフを飲みながら「彼女いるのかぁ、いいなぁ」とぼやいた。
「今度、彼女を紹介するよ」
 その言葉に満月はうれしそうに笑う。
 ついさっき日和から別れを告げられたばかりだけどもう一度ちゃんと話をしよう。
 そんなことを考えながら、私はシャンディー・ガフをグイッと飲んだ。
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