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兎と狼 第2部

第76話 クワガタの大顎

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 ボクシンググローブを装備した俺は、オオクワガタのその硬さにものすごく苦戦した。

 殴っても反動で自分が仰け反る。全然ダメージが入っているように感じない。それはケイも同じようで、紋章の力で攻撃力上乗せしてもビクともしなかった。

 これには彼も頭を悩ませる展開らしい。甲殻はかなり頑丈に設定されてるようで、これではらちが明かない。

 それでも、肉質がやわらかくなると信じ、攻撃を継続する。なのに弾かれてばかりでなかなか柔らかい部分にたどり着けない。

 クワガタが大きな鋏を開閉させる。これは攻撃モーションだと感じた俺はケイの手を引っ張り攻撃エリアから離れる。

 直後クワガタの鋏は勢いよく閉じて俺たちの方向に突進してきた。その巨体のせいで避けるのが難しいと判断した俺は、少し軌道がずれるようにストロングブレイクを浴びせる。

 しかし、効果がなかった。少し軌道をずらすことには成功したが俺の鼻をかすめて過ぎ去っていくオオクワガタ。

 俺はケイがダウンしていないかを確認すると、紋章が発動していても聞こえるように声をかけることにした。

「ケイ。本当に大丈夫か? 実はリアルで体調悪いとかじゃないよな?」
「大丈……」
「ケイ!」

 やはり紋章の影響だろうか? 少し意識が薄い。このまま戦闘を継続したらお互いの体力が持たない。

 俺はメールでVさんを呼ぶとすぐに来てくれた。俺がVさんに事情を説明すると一回で理解してくれて彼の空間魔法でギルド拠点へ。

 一度Vさんにはログアウトしてもらい現実世界側からケイの意識レベル調査をしたところ、魔力がかなり暴走していたとのことだった。

 魔力暴走は今までもあったようで、本人は軽視していたらしい。

 戻ってきたVさんにその後どうなったかを聞くと、紋章制御を強化したとのこと。

 これでしばらく紋章を発動できなくなるようだが、だんだんと暴走が収まってきたとのこと。

「カケ……ル……」
「よかった。目を覚ました。ケイ大丈夫?」
「う、うん。ちょっと頭がぼーっとしてるけど……」

 まだ状況を理解していないようなので、ゆっくりと説明する。そして、俺は自分の紋章を発動させようとしたが、Vさんに止められた。

 俺がこの紋章を使う場面じゃない、そう言っているかのように無言で制される。

 たしかにその通りかもしれない。俺の紋章は記憶を辿るためのもの、そう澪が教えてくれた。

 だけど、やっぱり澪がVさんのことを"神様"と言っていたこと。それに、Vさんがそれを知っているはずなのに、なにも言わないこと。

 だけど、今はそうしている暇はなかった。ケイにはアリスたちのところで待機してもらおう。俺はVさんと一緒に裏世界に戻ることにする。

 1人で攻略するには能力値が低いけど、まあ何とかなるだろう。

 Vさんバレンさんチームは敵があまりいないエリアとのことなので、Vさんには一時的に俺のチームに入ってもらうことになった。

 これでいくらか楽になる。俺は一度武器の内容を確認すると、Vさんの空間魔法で裏世界へと移動した。その先には少し前に対峙した巨大オオクワガタがいた。

「Vさん!」
「了解!」

 Vさんはあまたの空間を作り出すと5本の剣を取り出した。そのうちのひとつは黒い刀だった。

 たしか、絶夜という名前だったはず。そんな刀を手にしたVさんは、ステップを踏みながら相手の出方を伺っている。

 漆黒の夜空のように真っ黒な刀は、切れ味強化しなければ斬撃属性は付与されない。だから、Vさんは毎回切れ味をよくしているようだ。

 そして、歪みの中に消えた彼は上空にいた。複数の剣で肉薄するとクワガタは身動きがとりづらくなったのか、その場に伏せる。

「カケルくん! 今がチャンスだよ/」
「わかりました!」

 俺はVさんの合図でストロングブレイクを発動させる。甲殻は相変わらず硬いが、グイッと食い込み、中の状態がわかるくらいまでえぐれたが、一瞬で治ってしまう。

「大顎が動くよ!」
「ありがとうございます! どっちに逃げればいいですか?」
「それは君に任せるから早く逃げて」
「は、はいっ!」

 と言いつつも優しいVさん。俺の後ろに歪みを作ってくれた。俺がその歪みに入ると、そこはオオクワガタの背後。

 俺は腹部を狙うことにしてオオクワガタの真下に入り込む。Vさんも亜空間を展開し貫通属性を付与した武器で補助。

 少しずつ敵の体力を削り。部位破壊の段階に入る。俺は武器をボクシンググローブからアイアンクローに変えた。

 そしてオオクワガタの大顎目掛けて攻撃すると、『ミシミシ』というどこからか聞こえてきた。

 何かが挟まった? 俺は一度上を見て見る。すると大顎の付け根にVさんの剣が刺さっていた。

 Vさんの剣は貫通属性付き。お祭りの時も必ず貫通させて一撃で倒していた。だけど、今回の現状にVさんは顔をしかめて。

「なんかおかしい。いつも使っている魔法をかけたはずなんだけど……」
「貫通……していないですね……」
「そうなんだよ。もしかして貫通効かないのかな?」
「さあ?」

 俺は高くジャンプしてVさんの剣を回収する。そしてアイアンクローで切りつけた。すると、さらにミシミシ言って、大きな切れ込みができる。
 それはかなり深いもので、Vさんの攻撃も無意味じゃなかったということがよくわかった。
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