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兎と狼 第2部

第68話 不可解な朝 紋章の名前

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 結人お兄さん? 澪も一度会ったことがあるということだろうか。俺はそのことを聞きたかったが、気持ちを押し殺して紋章の話題に繋げる。

「なあ澪」
「何お兄ちゃん」
「この紋章。どういう効果かわかるか?」
「わからない。でも、お兄ちゃんがここにいるってことはそういうことじゃないかな?」

(ここにいる? 夢の中だぞ)

「リアゼノン事件。それをきっかけに記憶障害を持って生まれた人がたくさんいる。お兄ちゃんにはその人を救って欲しい」
「俺が救う?」
「そう。もちろん、ゲームのキャラも似たようなの持ってる人たくさんいるから、その紋章で過去を見て、正しく直してあげて。運命を変えるんだ」

 ちょっと何言ってるか分からない。でも、紋章にそんな効果があるなら危険性はないと思った。五感を失うようなものじゃなくて良かった。

「じゃ、お兄ちゃん。ぼくは元の場所に戻らないとだから、またしばらくお別れだね」
「ちょっ。ちょっと待ってくれ!」

 目の前で透けていく澪の身体。俺の方も覚醒状態へと誘っていく。気づいた時には俺は起き上がっていた。
 何も起こっていない。澪に会ったのは幻想だ。そう思ったが、俺の手には1枚の紙が握られていた。

 "インフルエンザ蔓延のため、全校閉鎖いたします。次の登校日は1月23日です"

「暇だぁー」

 俺は朝日に照らされる部屋で大声をあげた。これにはなにか仕掛けがある。俺は自分の部屋では何も出来ない――まあ、ゲームくらいはできるけど――ので、俺は空間魔法の練習をする。
 なぜかイメージがしやすかった。1回だけで小亜空間を開くことができたので、紫色の剣を使って景斗さんの家に遊びに行くことにした。だが……。

 ――ポロン……。

「メール?」

 俺はスマホを見る。そこには景斗からのメッセージが書かれてあった。

「メルとアリスがいない!?」

 俺はパソコンを開いてダイブギアと繋げ、ベッドに横たわってログインする。到着したのはギルド拠点。そこにはケイや仲間全員がいた。

「ケイ。アリスたちは?」
「それが見つからなくて……。僕もフォルテやバレン。それと黒白様にも頼んで探したんだけどね……」
「黒白様!? 結人さんもこのゲーム遊んでるのか?」
「遊んでるよ。まあギルドには入っていないけどね」

 出遅れたか。結人さんがどのアバターを使って操作しているのか気になって仕方ない。
 すると、ケイは1枚のスクリーンショットを見せてくれた。そこには亀のアバターをしたキャラがいた。

「黒白様はゲーム内でも空間魔法が使える紋章をつけてるから。鈍いキャラでいいやって。でもかなりスピード速いことに気がついてガッカリしてたよ」
「そうなんだ……」
「あ、ヤマトはちょっと外出て待ってて」
「承知しました」

 ケイはヤマトを外に出すと、俺の左手を持った。彼の青い瞳が俺の目と合わさる。これから何が起こるのだろうか?

「やっぱり。黒白様がカケルに紋章を……」
「なんでわかったんだ?」
「勘ってやつ?」
「は、はあ……」
「あ、さっきのは嘘。黒白様から頼まれていることがあってね」

 俺はなんだか不安になってきた。本当に何が始まるのかわからない。この環境に関わるようになって、いいことなんてあまりなかった。澪が言ってたことが本当なら、俺の紋章で全部解明しなくてはならない。
 その中でも一番知りたいのは澪の病名。親からは小児がんと言われたが、きっとその病気ではないはずだ。なんで澪はいなくならなければいけなかったのか? なんで澪は結人さんの存在を知っていたのか?
 だんだん俺の左手甲が熱くなる。自分の意思でやってるのか? それともケイに誘発してもらっているのか? 俺はわからなくなった。

「よし。初期段階は済んでるようだね。僕の場合はこういうことなかったからよくわからないけど。カケル夢は見た?」
「見ました。なぜかわからないけど俺の弟が出てきて。記憶障害を持ってる人を救ってほしいと」
「そうか。僕は黒白様じゃないから、正直あの紙に弟の名前を書かせたのかわからなかったけど、そう理由があったんだね。どう? 紋章の名前決まった?」
「追憶……追憶の紋章……とか?」

 俺はそのままの意味を名前にした。追憶の紋章。対象者の記憶を辿って、世界を元に戻し紐解いていく紋章。この紋章はもう俺のもの。誰のものでもない。
 だけど、初期段階? 初期段階が夢ということは第二段階があるということなのか? 俺はどういう状況なのか頭が真っ白になるくらいはてなを浮べて立ち尽くす。

「じゃあ。自分で紋章を発動してみて」
「え? ど、どうやって……」
「黒白様風に言うと……『自分で考えてやってねー翔斗くんファイト!』かな?」
「何それ……」

 結人さんと一緒に生活しているケイのものまね。思った以上に完成度が高過ぎて驚いた。だけど、自分で考えてということはやり方は教えてくれないということ。ちょっと困る。紋章使えなければただの見えない飾りになってしまう。
 それだけでは嫌だった。ケイの場合は感情で発動できる。バレンさんとフォルテさんは自分の意思で。俺も自分の意思で使えるようになりたい。それから少しして、拠点のドアが開いた。

「お姉ちゃん。楽しかったね」
「はい! とても楽しかったです……!」

 入ってきたのはアリスとメルだった。2人は大きな綿あめをもってパクパクと食べている。一体何があったのだろうか?

「小娘どもどこ行ってんだよ!」

 バレンさんが怒りを爆発させて、2人の綿あめを取り上げる。アリスは何事もなかったが、メルは涙目でバレンさんを見つめていた。少し困惑したのか、バレンさんはメルに綿あめを返すとすぐに食べるのを再開した。

「カケル。1月20日。今日はビースト・オンラインサービス開始1周年記念です。催しものがたくさんあるみたいです……!」
「そうか、じゃあケイどうする?」
「うん。一旦全員解散で。全力で楽しもう!」
「「はいっ!!」」
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