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兎と狼 第2部
第62話 結人の早業
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「き、気にしてないですよ。結人さん」(冷や汗)
「ならよかった。やっぱり亜空間の存在は嬉しいよ……。小さい時から練習しておいて良かった」
「そ、そうなんですね……」
小さい時から練習したということは、何歳くらいからなのだろうか? とても気になる。それ次第で熟練度がわかるから。
「ところで……」
「あ、何歳から練習を始めたかは言えないよ? 僕は普通に使ってるけどね。前にも言ったでしょ。原理は教えられないって」
「は、はあ。別に何歳から始めたかも、原理も必要ないです」
「なら、なにかな? 翔斗くん」
俺は何を言おうとしたのか思い出す。そうだ。俺が使う紋章の現状について話すんだった。どこから切り出そうか考える。
その間にも刺身としゃぶしゃぶの皿は宙を舞い、どんどん食材が減っていく。大樹の目の前にあった刺身の皿は綺麗さっぱりなくなっていて、満腹そうな表情をしていた。
「なにか言いたいことなら早く言って貰えるかな?」
「あ、はい……。その俺の紋章は……」
「それなら最終調整終わってるよ。だけど、最後のピースを何にするか思いつかなくてね」
「最後のピース……」
最後のピースとは何のことだろうか? もしこれで行き詰まってるなら、紋章をつけずに済むかもしれない。
でも、俺に合った紋章が見つかった以上協力するのが一番だ。
「君が大切にしていたものをひとつ教えて貰えるかな?」
「大切にしていたものですか……。特にないですね……」
「なら。人の名前でもいいよ」
大切な人の名前。やっぱり両親? 俺を大事に育ててくれたし、たくさん助けて貰った。だけどなにか違う気がする。
次に思いついたのは、学校の先生。小学校中学校と一緒だった先生。それは高校でも一緒になって、今は陸上部顧問の齋藤先生。だけど、これも違う。
次に思いついたのは大樹。大樹とは小さい時からの仲だが、今近くにいるしやっぱり違う。
俺はなにかを忘れている。大事なことを忘れている。本当に心から大事だと思ってることを忘れている。
すると、景斗さんが声を上げた。
「そういえば。翔斗に弟いたよね? なんて名前なのか、気になるんだけど」
「弟……。そうだ弟だ!」
そう俺が発した時。結人さんはクスクスと笑いながら続ける。
「ちょうどいい人が見つかったみたいだね。翔斗くん」
すると、2階にある結人さんの部屋から1枚の紙が落ちてきた。そこには赤い字でびっしり書かれていた。
この赤い字はきっとバレンさんの血で書いた下書き。絶対失敗したくないという気持ちがひしひしと伝わってくる。
対して俺は弟の名前を思い出すことに集中していた。なかなか思い出せない。弟の名前。お母さんに聞く手もあるが、きっと怒られるかもしれない。
なぜなら、2日間東京にいるなんて言えないから。どちらにしろバレるものだから、電話をかけてもいいのだろうけど。
「えーと……。たしか……。み、みおだったはずです」
「みおね。漢字はどう書くのかな?」
俺は結人さんから赤いインクのついた筆を受け取り思い出しながら書く。弟の名前を書くのは久しぶりだった。
"澪"
「うん。オーケー。じゃこれで行こう。ちょっと僕と翔斗くんで行ってくるね」
「わかりました。黒白様」
返事したのは景斗さんだけだった。俺は結人さんに連れられ亜空間の中に入る。そこは結人さんの部屋に直通だった
「これでよし」
「へ?」
「翔斗くんの利き手は右だよね?」
「はい。そうですが……」
「良かった。ちゃんと食事中の手を見ておいて正解だったよ」
「え?」
俺は頭の中が真っ白になった。結人さんはというと、バレンさんの血液を注射器に詰めてる最中。
もしかしてそれを俺の中に? アナフィラキシーショックとか起こらなければ言いけれど……。
いやいや、結人さんがそんなことするわけない。絶対しない。するはずも根拠もない。
「あ、これ? 紋章は魔力あってこそ機能するものだからね。翔斗くんは魔力持ってないでしょ? だからただ紋章をつけただけでも効果がないんだよ」
「な、なるほど……。でバレンさんの血液を俺に……」
「そゆことー。あ、安心して、アナフィラキシーは98パーセント起こらないから」
(紋章は魔力あってこそ……。ん? もしや)
俺は両手甲を見る。だけどどこも変化がない。結人さんはというと、2本3本と注射器にバレンさんの血を詰めていく。
「まあ、魔力の一部は紋章が擬似的な魔力回路になってくれるけど。これを打っておいた方が、正常に機能するから。っと。左腕出して魔力値測りならやるから」
「は、はい……」
なんか怖い。なんとなく怖い。だけど、結人さんの打つ注射器は痛みも何も感じない。拒絶反応も起こらない。
その代わり昨日から寝ずにゲームをしていたからか、だんだん眠くなってきた。まだお腹は満腹じゃないのに、たくさん食べた時のように身体が温かくなって、部屋の暖房が余計に眠気を誘ってくる。
「うーん。翔斗くんの場合はなかなか安定しないなぁ……。どうすればいいんだろ……」
「結人さん。もう大丈夫です……」
「あ、そう? ってかなりコクコクしてるよ」
結人さんに心配されてしまった。
「ならよかった。やっぱり亜空間の存在は嬉しいよ……。小さい時から練習しておいて良かった」
「そ、そうなんですね……」
小さい時から練習したということは、何歳くらいからなのだろうか? とても気になる。それ次第で熟練度がわかるから。
「ところで……」
「あ、何歳から練習を始めたかは言えないよ? 僕は普通に使ってるけどね。前にも言ったでしょ。原理は教えられないって」
「は、はあ。別に何歳から始めたかも、原理も必要ないです」
「なら、なにかな? 翔斗くん」
俺は何を言おうとしたのか思い出す。そうだ。俺が使う紋章の現状について話すんだった。どこから切り出そうか考える。
その間にも刺身としゃぶしゃぶの皿は宙を舞い、どんどん食材が減っていく。大樹の目の前にあった刺身の皿は綺麗さっぱりなくなっていて、満腹そうな表情をしていた。
「なにか言いたいことなら早く言って貰えるかな?」
「あ、はい……。その俺の紋章は……」
「それなら最終調整終わってるよ。だけど、最後のピースを何にするか思いつかなくてね」
「最後のピース……」
最後のピースとは何のことだろうか? もしこれで行き詰まってるなら、紋章をつけずに済むかもしれない。
でも、俺に合った紋章が見つかった以上協力するのが一番だ。
「君が大切にしていたものをひとつ教えて貰えるかな?」
「大切にしていたものですか……。特にないですね……」
「なら。人の名前でもいいよ」
大切な人の名前。やっぱり両親? 俺を大事に育ててくれたし、たくさん助けて貰った。だけどなにか違う気がする。
次に思いついたのは、学校の先生。小学校中学校と一緒だった先生。それは高校でも一緒になって、今は陸上部顧問の齋藤先生。だけど、これも違う。
次に思いついたのは大樹。大樹とは小さい時からの仲だが、今近くにいるしやっぱり違う。
俺はなにかを忘れている。大事なことを忘れている。本当に心から大事だと思ってることを忘れている。
すると、景斗さんが声を上げた。
「そういえば。翔斗に弟いたよね? なんて名前なのか、気になるんだけど」
「弟……。そうだ弟だ!」
そう俺が発した時。結人さんはクスクスと笑いながら続ける。
「ちょうどいい人が見つかったみたいだね。翔斗くん」
すると、2階にある結人さんの部屋から1枚の紙が落ちてきた。そこには赤い字でびっしり書かれていた。
この赤い字はきっとバレンさんの血で書いた下書き。絶対失敗したくないという気持ちがひしひしと伝わってくる。
対して俺は弟の名前を思い出すことに集中していた。なかなか思い出せない。弟の名前。お母さんに聞く手もあるが、きっと怒られるかもしれない。
なぜなら、2日間東京にいるなんて言えないから。どちらにしろバレるものだから、電話をかけてもいいのだろうけど。
「えーと……。たしか……。み、みおだったはずです」
「みおね。漢字はどう書くのかな?」
俺は結人さんから赤いインクのついた筆を受け取り思い出しながら書く。弟の名前を書くのは久しぶりだった。
"澪"
「うん。オーケー。じゃこれで行こう。ちょっと僕と翔斗くんで行ってくるね」
「わかりました。黒白様」
返事したのは景斗さんだけだった。俺は結人さんに連れられ亜空間の中に入る。そこは結人さんの部屋に直通だった
「これでよし」
「へ?」
「翔斗くんの利き手は右だよね?」
「はい。そうですが……」
「良かった。ちゃんと食事中の手を見ておいて正解だったよ」
「え?」
俺は頭の中が真っ白になった。結人さんはというと、バレンさんの血液を注射器に詰めてる最中。
もしかしてそれを俺の中に? アナフィラキシーショックとか起こらなければ言いけれど……。
いやいや、結人さんがそんなことするわけない。絶対しない。するはずも根拠もない。
「あ、これ? 紋章は魔力あってこそ機能するものだからね。翔斗くんは魔力持ってないでしょ? だからただ紋章をつけただけでも効果がないんだよ」
「な、なるほど……。でバレンさんの血液を俺に……」
「そゆことー。あ、安心して、アナフィラキシーは98パーセント起こらないから」
(紋章は魔力あってこそ……。ん? もしや)
俺は両手甲を見る。だけどどこも変化がない。結人さんはというと、2本3本と注射器にバレンさんの血を詰めていく。
「まあ、魔力の一部は紋章が擬似的な魔力回路になってくれるけど。これを打っておいた方が、正常に機能するから。っと。左腕出して魔力値測りならやるから」
「は、はい……」
なんか怖い。なんとなく怖い。だけど、結人さんの打つ注射器は痛みも何も感じない。拒絶反応も起こらない。
その代わり昨日から寝ずにゲームをしていたからか、だんだん眠くなってきた。まだお腹は満腹じゃないのに、たくさん食べた時のように身体が温かくなって、部屋の暖房が余計に眠気を誘ってくる。
「うーん。翔斗くんの場合はなかなか安定しないなぁ……。どうすればいいんだろ……」
「結人さん。もう大丈夫です……」
「あ、そう? ってかなりコクコクしてるよ」
結人さんに心配されてしまった。
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