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第一章 水と雷と風と
ラーウェイン・シュトラウト
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『メルフィナ、そこで何をしている』
「申し訳ございません、お父様。今すぐそちらへ」
メルフィの父親に指摘され、俺達は玉座の前へ向かう。入口と玉座はそれなりの距離がある。遠方ではわかりづらいが、エントランスと玉座の間が一つになった空間は、まるで舞踏場のようだ。
俺の城がどうだったかのかは、思い出せない。いや、思い出したくない。忘れていたい兄貴の名前を、思い出してしまうから。
いつまでも成長できない。〝拒否〟という行動ができない。でも、俺はさっき、シュトラウトの長に会うことを、拒否しようとしていた。
俺が思う本当の選択をしようとしていた。だから、俺の仲間が俺を心配してくれた。心配されていたことを知った。
「ほら、悩んでる暇はないわよ。ノロノロしてないで歩きなさい」
前行くメルフィの叱咤。確かに悩んでいたら、何も始まらない。今は前を。否。上を向いてテキパキと進む。
玉座に腰掛ける一人の男性。年季の椅子は、ところどころ金箔が剥がれていて、愛用していたことがよくわかる。
俺も本当ならアレストロの玉座に座るべきだった。八年前。ロムを助けに行く時に、俺の母ちゃんが教えてくれたこと。
理由は知ったことではない。そもそも知っているはずがない。あれから親の顔を見ていないまま、その輪郭は風化を始めている。
「よく来てくれた。立っているのはつらいだろう。好きに座ってもらっても構わない」
「ありがとうございます。では、バレン達座ってもいいわよ」
メルフィの見事な口調の切り替え方。俺にはできない。でも、見習いたくなる。少しだけ、彼女に思いを寄せてしまう。
「さて……。改めて今日はシュトラウト城に来てくれて感謝する。そなたらは、昨日ギルドで登録申請したと、ギルドマスターから通達があったが、間違いはないか?」
「ええ。あたしもお世話になることにしたけど……」
「そうか……。我が戦力の優等生がいなくなるのは、寂しくなりそうだ。そして、ようやく我が子の巣立ちを見れるという、とても嬉しいことでもある」
親と子の会話。俺にはなかった微笑ましい空間。もっと親と話をすればよかった。今になって、偽造のパズルピースが崩れる。
生まれる欠陥。穴を埋めようにも埋まらない。もう俺の両親はいない。消息も不明になっている。
「では、自己紹介と行こうか。はじめに私から。私はメルフィナの父で、この水の都シュトラウトを治めている。名前は〝ラーウェイン・シュトラウト〟。ラーウェインと呼んでもらえればよい。次は……」
ラーウェインが続く者を探す。手を挙げたのはフランネル。話したいことだらけのようで、長ったらしい自己紹介は且略。苦笑の嵐を巻き起こした。
「えーと、さっきはフランネルが騒いですみません」
「なんでなんで? アタチがリーダーなのに、もう終わりなの? もっと話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼」
「元気があってよろしい。話をしたい気持ちはわかるが……。少し待たんか?」
「おーねーがーいー‼ おねがいー‼ おねがいお願い、お願いお願い、お願いお願いお願い、お願いお願いお願いお願い、お願いお願いお願いお願い、お願いお願いお願いお願いお願いお願い‼ おーねーがーいー‼」
フランネルの主張が、今まで以上に激しい。そこまで会いたかったのだろう。空元気にも見えて、本人は真面目なのだろう。
明るく振る舞う子供令嬢。俺には眩しすぎて、目も開けていられない。笑顔を見ることができない。
「えーと、すみません。ほんとすみません‼」
「ロム……」
「ほら、バレンの番だよ」
「……はぁ?」
「どうやら聞いていなかったようね……」
「すまない……。メルフィ……」
今日は朝からなんか変だ。さっきから頭が働いてない。知らず知らずのうちに、俺以外のメンバーの自己紹介が終わっていることに、気づくことができなかった。
「次は、バレン君だったか? 名前はそなたの父から聞いている。知らぬ間に大きくなったな」
「ん?」
「少々唐突すぎたか……。理由は後で話すとしよう」
俺のことを知っているなら手間が省ける。けど、父ちゃんと関わりがあったのは、初耳だった。後で話を聞きたい。知らない部分のパズルを埋めたい。
なんだか幼くなった感覚。昔の自分に戻ってみたい。けど、過ぎてしまった時間は、戻ってくるわけでもなく。
「そろそろ、登録式と行こうか」
「あたしは賛成。みんなはどうかしら?」
メルフィが俺達に振ってくる。どうしようもない。そもそも、〝大事な式〟というのは知っていたが、そこまで詳しくはない。
玉座の間と個室を繋ぐ扉から、小間使いが数名。何やら勲章のような物を持って、広間に入ってくる。
「その勲章を彼らに。リヴァイアスの鱗を模して作った特注だ。大切にしてもらいたい」
「ありがとうございます。ほらバレンとフランネルも」
「あ、ああ……」
「バレンおにいたん大丈夫? つらくない? モヤモヤ中? 頭モヤモヤしてるの? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫?」
「アハハ……。バレン大丈夫?」
服に勲章をつけるロム。俺も受け取ったバッジを取り付ける。青い鱗の紋様は、天井にぶら下がるシャンデリアの光を乱反射する。
「以上で登録式を終わりにする。バレン以外は解散してよろしい」
「なぜ俺だけなんだ?」
「それは、お仲間達がいなくなってからに説明しよう」
城を後にする仲間。二人だけの玉座の間。ラーウェインは、椅子に座り直すと俺を呼びつけた。俺は玉座までの階段を上り、ラーウェインのところへ。偶然見つけた別の椅子に座る。
「実はだな。そなたの父はまだ生きておる」
「と、父ちゃん⁉」
「うむ。しかし、今のそなたに会わせることは難しい。近年魔物が多いことは、知っているか?」
「ああ、この前また俺の街の兵が殺られたと、号外が来たくらいだからな」
「この件が起きた原因は……」
「「ナンバー・ストーンの侵食」」
俺とラーウェインの声が揃う。俺の勘は間違いではなかった。情報網の広いラーウェインが言うのなら、その事象は嘘ではない。
過去にロムの前で言った〝八つのナンバー・ストーン〟。これは言わば世界の守護石。絶妙なバランスで、自然や魔物の増殖を抑えてくれている。
それが今、闇に染まり始めている。俺が都に入った時、枯れ果てた土地に絶句した。声にも顔にも出さなかったが、安全性を損なっていたから。
水の都は、城を中心とした広い範囲を、清らかな水が流れる水路で囲んでいる。
「そして、その水路が魔物を寄せ付けなくさせている。たしか、周辺の魔物は水が苦手なんだったよな?」
「然り。だが、この都を守護する2ストーンが闇に染まったことで、雨乞いをしても雨が降らなくなってしまった」
「マジか……」
「けど、そなたがここへ来てくれて、少し希望ができた。実は、そなたの父から伝言を預かってな。『闇を浄化できるのは、バレンしかいない。顔を合わせることになった時、そのことを伝えてもらいたい』と……」
「んてことは、俺が守るってことか?」
「そういうことかもしれんな。何やら常用語とは違う文字があったが、私には読めなかった。きっと役立つヒントかもしれんから、そなたが持っているといい」
そう言って、ラーウェインが一通の分厚い封筒を取り出す。中身は複数枚の紙。属性魔法の耐性加工もされていた。
耐性加工された紙は、耐久性が消えない限り、腐食や焼失を防ぐことができる。魔法は付与されたばかりのようで、紛失しなければ問題ないだろう。
「もうそろそろ、お仲間のもとへ向かってはどうだ?」
そっと椅子から立ち上がる俺に、ラーウェインが語りかける。まずはロム達との合流。足を運ぶ場所は城の入口。
お礼を言いたい。言うべき言葉が見つからない。何もしないのは分が悪い。俺は軽く会釈をして、シュトラウト城を後にした。
「申し訳ございません、お父様。今すぐそちらへ」
メルフィの父親に指摘され、俺達は玉座の前へ向かう。入口と玉座はそれなりの距離がある。遠方ではわかりづらいが、エントランスと玉座の間が一つになった空間は、まるで舞踏場のようだ。
俺の城がどうだったかのかは、思い出せない。いや、思い出したくない。忘れていたい兄貴の名前を、思い出してしまうから。
いつまでも成長できない。〝拒否〟という行動ができない。でも、俺はさっき、シュトラウトの長に会うことを、拒否しようとしていた。
俺が思う本当の選択をしようとしていた。だから、俺の仲間が俺を心配してくれた。心配されていたことを知った。
「ほら、悩んでる暇はないわよ。ノロノロしてないで歩きなさい」
前行くメルフィの叱咤。確かに悩んでいたら、何も始まらない。今は前を。否。上を向いてテキパキと進む。
玉座に腰掛ける一人の男性。年季の椅子は、ところどころ金箔が剥がれていて、愛用していたことがよくわかる。
俺も本当ならアレストロの玉座に座るべきだった。八年前。ロムを助けに行く時に、俺の母ちゃんが教えてくれたこと。
理由は知ったことではない。そもそも知っているはずがない。あれから親の顔を見ていないまま、その輪郭は風化を始めている。
「よく来てくれた。立っているのはつらいだろう。好きに座ってもらっても構わない」
「ありがとうございます。では、バレン達座ってもいいわよ」
メルフィの見事な口調の切り替え方。俺にはできない。でも、見習いたくなる。少しだけ、彼女に思いを寄せてしまう。
「さて……。改めて今日はシュトラウト城に来てくれて感謝する。そなたらは、昨日ギルドで登録申請したと、ギルドマスターから通達があったが、間違いはないか?」
「ええ。あたしもお世話になることにしたけど……」
「そうか……。我が戦力の優等生がいなくなるのは、寂しくなりそうだ。そして、ようやく我が子の巣立ちを見れるという、とても嬉しいことでもある」
親と子の会話。俺にはなかった微笑ましい空間。もっと親と話をすればよかった。今になって、偽造のパズルピースが崩れる。
生まれる欠陥。穴を埋めようにも埋まらない。もう俺の両親はいない。消息も不明になっている。
「では、自己紹介と行こうか。はじめに私から。私はメルフィナの父で、この水の都シュトラウトを治めている。名前は〝ラーウェイン・シュトラウト〟。ラーウェインと呼んでもらえればよい。次は……」
ラーウェインが続く者を探す。手を挙げたのはフランネル。話したいことだらけのようで、長ったらしい自己紹介は且略。苦笑の嵐を巻き起こした。
「えーと、さっきはフランネルが騒いですみません」
「なんでなんで? アタチがリーダーなのに、もう終わりなの? もっと話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼ 話したい‼」
「元気があってよろしい。話をしたい気持ちはわかるが……。少し待たんか?」
「おーねーがーいー‼ おねがいー‼ おねがいお願い、お願いお願い、お願いお願いお願い、お願いお願いお願いお願い、お願いお願いお願いお願い、お願いお願いお願いお願いお願いお願い‼ おーねーがーいー‼」
フランネルの主張が、今まで以上に激しい。そこまで会いたかったのだろう。空元気にも見えて、本人は真面目なのだろう。
明るく振る舞う子供令嬢。俺には眩しすぎて、目も開けていられない。笑顔を見ることができない。
「えーと、すみません。ほんとすみません‼」
「ロム……」
「ほら、バレンの番だよ」
「……はぁ?」
「どうやら聞いていなかったようね……」
「すまない……。メルフィ……」
今日は朝からなんか変だ。さっきから頭が働いてない。知らず知らずのうちに、俺以外のメンバーの自己紹介が終わっていることに、気づくことができなかった。
「次は、バレン君だったか? 名前はそなたの父から聞いている。知らぬ間に大きくなったな」
「ん?」
「少々唐突すぎたか……。理由は後で話すとしよう」
俺のことを知っているなら手間が省ける。けど、父ちゃんと関わりがあったのは、初耳だった。後で話を聞きたい。知らない部分のパズルを埋めたい。
なんだか幼くなった感覚。昔の自分に戻ってみたい。けど、過ぎてしまった時間は、戻ってくるわけでもなく。
「そろそろ、登録式と行こうか」
「あたしは賛成。みんなはどうかしら?」
メルフィが俺達に振ってくる。どうしようもない。そもそも、〝大事な式〟というのは知っていたが、そこまで詳しくはない。
玉座の間と個室を繋ぐ扉から、小間使いが数名。何やら勲章のような物を持って、広間に入ってくる。
「その勲章を彼らに。リヴァイアスの鱗を模して作った特注だ。大切にしてもらいたい」
「ありがとうございます。ほらバレンとフランネルも」
「あ、ああ……」
「バレンおにいたん大丈夫? つらくない? モヤモヤ中? 頭モヤモヤしてるの? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫? 大丈夫?」
「アハハ……。バレン大丈夫?」
服に勲章をつけるロム。俺も受け取ったバッジを取り付ける。青い鱗の紋様は、天井にぶら下がるシャンデリアの光を乱反射する。
「以上で登録式を終わりにする。バレン以外は解散してよろしい」
「なぜ俺だけなんだ?」
「それは、お仲間達がいなくなってからに説明しよう」
城を後にする仲間。二人だけの玉座の間。ラーウェインは、椅子に座り直すと俺を呼びつけた。俺は玉座までの階段を上り、ラーウェインのところへ。偶然見つけた別の椅子に座る。
「実はだな。そなたの父はまだ生きておる」
「と、父ちゃん⁉」
「うむ。しかし、今のそなたに会わせることは難しい。近年魔物が多いことは、知っているか?」
「ああ、この前また俺の街の兵が殺られたと、号外が来たくらいだからな」
「この件が起きた原因は……」
「「ナンバー・ストーンの侵食」」
俺とラーウェインの声が揃う。俺の勘は間違いではなかった。情報網の広いラーウェインが言うのなら、その事象は嘘ではない。
過去にロムの前で言った〝八つのナンバー・ストーン〟。これは言わば世界の守護石。絶妙なバランスで、自然や魔物の増殖を抑えてくれている。
それが今、闇に染まり始めている。俺が都に入った時、枯れ果てた土地に絶句した。声にも顔にも出さなかったが、安全性を損なっていたから。
水の都は、城を中心とした広い範囲を、清らかな水が流れる水路で囲んでいる。
「そして、その水路が魔物を寄せ付けなくさせている。たしか、周辺の魔物は水が苦手なんだったよな?」
「然り。だが、この都を守護する2ストーンが闇に染まったことで、雨乞いをしても雨が降らなくなってしまった」
「マジか……」
「けど、そなたがここへ来てくれて、少し希望ができた。実は、そなたの父から伝言を預かってな。『闇を浄化できるのは、バレンしかいない。顔を合わせることになった時、そのことを伝えてもらいたい』と……」
「んてことは、俺が守るってことか?」
「そういうことかもしれんな。何やら常用語とは違う文字があったが、私には読めなかった。きっと役立つヒントかもしれんから、そなたが持っているといい」
そう言って、ラーウェインが一通の分厚い封筒を取り出す。中身は複数枚の紙。属性魔法の耐性加工もされていた。
耐性加工された紙は、耐久性が消えない限り、腐食や焼失を防ぐことができる。魔法は付与されたばかりのようで、紛失しなければ問題ないだろう。
「もうそろそろ、お仲間のもとへ向かってはどうだ?」
そっと椅子から立ち上がる俺に、ラーウェインが語りかける。まずはロム達との合流。足を運ぶ場所は城の入口。
お礼を言いたい。言うべき言葉が見つからない。何もしないのは分が悪い。俺は軽く会釈をして、シュトラウト城を後にした。
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