上 下
3 / 15
第1章 複合社会マレーシア(1)

1-(2) マレー人、華人、タミル人の社会

しおりを挟む
 マレーシアの総人口のうち、各民族がそれぞれ占める割合は、マレー人が44%、華人が31%、タミル人が8%となり、その他に複数の少数民族が存在する(注1)。マレー人、華人、タミル人はいずれの民族も言語、生活習慣、宗教を異にし互いに共通する部分がない。マレー人はマレー語を母語とし、イスラム教を信仰している。華人は華語、中国仏教。タミル人はタミル語、ヒンズー教という組み合わせになっている(図2)。

 生活習慣も異なっている。その理由は信仰する宗教によってタブー(禁忌)が異なるからだと言っても良い。例えば食事で、イスラム教徒であるマレー人が豚を食べないのは、イスラム教典の中で豚は汚らわしい--ものとされているからである。また、ヒンズー教徒であるタミル人は牛を食べない。牛は神、もしくはその使いだからである。一方、華人には食事におけるタブーはない。豚でも牛でも好きなものを食べることが出来るのである。宗教上のタブーの有無によって、各民族の食生活は全く異なったものになっている。従って外食をする店も別々となる。マレー人は豚を使わないイスラム系の店へ、タミル人は牛を使用しないヒンズー系の店へいく。そのどちらでもない華人は、牛と豚を両方扱う中国系の店へ行くことになる。民族ごとに別々の店で食事をする、民族学的「個室」(compartment)が形成される。特定の店には特定の民族だけが出入りし、複数の民族が同じ店を利用することはない。

 「個室」という現象は食事だけに限られたことではない。宗教的タブーは食事だけでなく日常生活全般にも数多く存在するからである。そのため、都市内部では各民族ごとの「住み分け」がなされ、同じ民族同士が集まりセグリゲィションを形成している(図3)。このセグリゲィションこそがチャイナタウンであり、インド人街(リトル・インディア、リトル・ボンベイ)と呼ばれるもので、そこに暮らす民族によって中国風、インド風といったそれぞれの特徴を持っている。複合社会マレーシアは民族ごとに形成された無数のセグリゲィションの集合体であると言えるのだ。


 複数の民族が「共存」するマレーシアでは、それぞれの民族が確固たるオリジナリティーを守ったまま生活している。言語の例を取り上げると、マレーシアでは四大公用語として、英語、マレー語、華語、タミル語が認められている(注2)。つまり、英語と各民族の母語が公用語とされているのである。これは各民族の人口比率が比較的近いことが理由である。図4はマレーシアと日本における、民族ごとの人口比率を比較したものである。
マレーシアでは、マレー人、華人、タミル人が比較的バランス良く存在する。一方で、日本は90%以上を占める大和民族と、わずか数%に満たない少数民族(アイヌ人や琉球人)で構成されているため、少数民族の言語が公的な場で聞かれることはない。日本の公用語(国語)が日本語と定められてしまっているためである。マレーシアでは民族ごとの人口比率が近いため、日本のように少数民族が多数派の民族に追いやられてしまったり呑み込まれてしまったりすることがなかった。言語だけではなく、ライフスタイルなど全ての面において各民族、独自の道を守ってきたのである。


注1 その他の少数民族をマレー人と分類するかどうかでこの数字は変動する。
注2 現在マレー語が国語と定められているため、新聞、テレビ、ラジオなどのメディアをはじめ公共の場でマレー語が使用される比率が高まっている。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

#彼女を探して・・・

杉 孝子
ホラー
 佳苗はある日、SNSで不気味なハッシュタグ『#彼女を探して』という投稿を偶然見かける。それは、特定の人物を探していると思われたが、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。日が経つにつれて、そのタグの投稿が急増しSNS上では都市伝説の話も出始めていた。

RICE WORK

フィッシュナツミ
経済・企業
近未来の日本、長時間労働と低賃金に苦しむ社会で、国民全員に月額11万円を支給するベーシックインカムが導入され、誰もが「生活のために働かなくても良い」自由を手にしたかに見えました。希望に満ちた時代が到来する中、人々は仕事から解放され、家族との時間や自分の夢に専念できるようになります。しかし、時が経つにつれ、社会には次第に違和感が漂い始めます。 『RICE WORK』は、経済的安定と引き換えに失われた「働くことの意味」や「人間としての尊厳」を問いかける物語。理想と現実の狭間で揺れる人々の姿を通して、私たちに社会の未来を考えさせるディストピア小説です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ふと思ったこと

マー坊
エッセイ・ノンフィクション
たまにはのんびり考えるのも癒しになりますね。 頭を使うけど頭を休める運動です(笑) 「そうかもしれないね」という納得感。 「どうなんだろうね?」という疑問符。 日記の中からつまみ食いをしてみました(笑) 「世界平和とお金のない世界」 https://plaza.rakuten.co.jp/chienowa/  

処理中です...