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高齢者との触れ合い
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田舎の町だったから,仕事で高齢者と触れ合う機会が沢山あった。
その一つが,「シニア中国語サークル」だった。これも,歌子が立ち上げ,講師を務めるものだった。私は,中国語のネイティブだということで,その助手として,サークル参加に参加することになった。
サークル活動といっても,月二回程度の中国語会話講座と年一回の発表会だけだったが,参加者は,七十~九十代の高齢者だったので,これだけでも,敷居が高いイメージだった。七十過ぎになってから,外国語を学習しようと思う人は,脳に良い刺激を与え,認知症防止には効果的だとわかっていても,少ない。
私たちのサークルの参加者人数も,多い時は八名,少ない時は六名程度だった。
最年長は,九九歳の森本というおばあさんだった。このおばあさんは,老化が進み,歩行器なしでは歩けないとはいえ,頭の回転が速くて、口が達者だった。歌子が授業を進めようとしても,いつも喋りが止まらなくて,でも,自分より四十歳以上年上の人生の大ベテランだから,話を遮ることも出来なくて,手をこまねくことが多かった。
みんなは,森本さんがもうすぐ百歳になるのに、外国語を学んでいることに感心し,驚くのだった。同じクラスの人でも,みんな感激して,元気の秘訣は何なのだろう?といつも問いただそうとするのだった。
しかし,森本さん自身は,まるで自信がなかった。「九九歳まできたから,百歳まで大丈夫だろう!」とみんなが言っても、
「いや,わからないよ。私には,三つ危ないことがあるから。まず、転けたら,お終いでしょう?後,風邪を引いたら,あの世行きでしょう?後,私は心臓も悪くて,いつも薬を持ち歩いているんだけど,発作を起こして,すぐに薬が飲めなければ,終わりだ。危ないことが三つもあるから,大丈夫だとはとても言えない。口は,元気だけど!」
森本さんは,いつもそう答えて,最後に笑いを取るのだった。
森本さんは,車を運転出来なかったから,タクシーで教室に通っていた。タクシーの運転手とも仲良くなり,唐という若い中国人が参加していることも含め,教室のいろんなことを話していたらしい。
ある日,教室の帰り際に,いきなり,森本さんに,タクシーの運転手に紹介された。
「この子だよ。日本語も喋れる。可愛いだろう?」
タクシーの運転手と私は,仕方なく,照れ臭く会釈を交わしたのだった。
中国語会話講座は,基礎的な日常会話を学び,練習をするとともに,発表会に向けて,中国語のスピーチを用意し,読めるようにするという二つの目的から成っていた。
次の発表会で読み上げるスピーチの準備は,発表会が済んですぐに始めた。参加者は,自分で,中文を用意するのは,とても難しいので,まず日本語で作文を書いてもらっていた。それから,歌子がその日本語を中国語に訳し,歌子の中国語を私が直すという過程を経て,参加者のスピーチは,仕上がっていくのだった。歌子は,日本語を中国語に直すことが,たとえ拙い中国語でも,自分の勉強になるという理由で,あえて私には翻訳させなかった。
みんなのスピーチが仕上がると,歌子が中国語にカタカナを振り,参加者が読めるようにした上で,凡そ十一ヶ月をかけて,月二回の講座の際に,発音をチェックしながら,ひたすら読む練習をするのだった。
スピーチに加えて,発表会では,中国語の歌も歌うことになっていたため,月二回の講座の際に、歌の練習をすることになっていた。歌の練習は,中国語の発音のチェックだけにとどまらず、リズムや歌い方の指導もする必要があった。
講座のネーミングが,一応,「シニア中国語サークル」となっていて,発表会では,いつも「中国語会話を学んでいる。」という風に紹介されてあったが,不本意ながら,発表会が近づくと、中国語会話練習どころではなくなり,スピーチと歌の練習だけで,時間切れになってしまう日がほとんどという状況になっていた。
暗記する必要はないと言っても,努力家や頑張り屋さんばかりが集まったサークルだったので,みんなが自分のスピーチを暗記し,原稿を見ずに,言おうとするのだった。一年練習を積み重ねないと,読み上げることすらできない文章なのに,発表会前になれば,みんなは,見事に暗記し,原稿を見ずに、カタカナ発音で自分のスピーチが言えるようになっていた。自分が読み上げている文章を形成する一語一語の単語の意味も知らずに,暗記をする努力というのは,大したものだと、この時に感激した。
ところが,良い歳をしたおばあさんたちは,発表会直前のリハーサルになっても,「まだ練習が足りない。」や,「もう一度読ませてもらいたい。」と嘆くものだった。原稿を見ずに自分のスピーチを読み切り,歌も上手に歌い,発表会を終えた後でも,「全然上手に出来なかった。」や,「緊張して,間違えてしまった。」と反省点を言い,自分たちを責めるばかりだった。「自分は,よくやった。」と自分の出来栄えに満足している者は,いつも一人もいなかった。
そして,子育てを終え,曾孫まで生まれている世代の集まりなのに,よく喧嘩をしたのだった。発表会のテーマを花に決め,好きな花について作文を書いて来てくださいと,お願いをしたら,蓮を選んだ人が,「お釈迦様の花だよ。」と言われただけで,サークルをやめたり,発表会で私たちのサークルに充てられた時間内に収まるようにみんなのスピーチを削るなり,付け足すなりして,同じぐらいの長さにする必要があるのに,それに納得が行かずに,「私だけ,削られている!せっかく書いた文章だから,全文読ませてもらいたい。」と事情を弁えずに,我儘を言ったり、トラブルは後をたたなかった。
おばあさんたちの姿を見て,人間は,歳を重ねても,大して変わらないことを実感した。発表の場になると,若者と同じように緊張するし,仲間のさり気ない一言で傷ついたり励まされたりするし,「もっと上手くやれる!」や,「もっと上手くなりたい。」という向上心も,変わらない。
しかし,発表会を見せてもらい,何歳になっても,学習意欲を持ち続け,努力を惜しまずに,自己研鑽に努めるおばあさんたちの心意気には,毎回脱帽したのだった。
その一つが,「シニア中国語サークル」だった。これも,歌子が立ち上げ,講師を務めるものだった。私は,中国語のネイティブだということで,その助手として,サークル参加に参加することになった。
サークル活動といっても,月二回程度の中国語会話講座と年一回の発表会だけだったが,参加者は,七十~九十代の高齢者だったので,これだけでも,敷居が高いイメージだった。七十過ぎになってから,外国語を学習しようと思う人は,脳に良い刺激を与え,認知症防止には効果的だとわかっていても,少ない。
私たちのサークルの参加者人数も,多い時は八名,少ない時は六名程度だった。
最年長は,九九歳の森本というおばあさんだった。このおばあさんは,老化が進み,歩行器なしでは歩けないとはいえ,頭の回転が速くて、口が達者だった。歌子が授業を進めようとしても,いつも喋りが止まらなくて,でも,自分より四十歳以上年上の人生の大ベテランだから,話を遮ることも出来なくて,手をこまねくことが多かった。
みんなは,森本さんがもうすぐ百歳になるのに、外国語を学んでいることに感心し,驚くのだった。同じクラスの人でも,みんな感激して,元気の秘訣は何なのだろう?といつも問いただそうとするのだった。
しかし,森本さん自身は,まるで自信がなかった。「九九歳まできたから,百歳まで大丈夫だろう!」とみんなが言っても、
「いや,わからないよ。私には,三つ危ないことがあるから。まず、転けたら,お終いでしょう?後,風邪を引いたら,あの世行きでしょう?後,私は心臓も悪くて,いつも薬を持ち歩いているんだけど,発作を起こして,すぐに薬が飲めなければ,終わりだ。危ないことが三つもあるから,大丈夫だとはとても言えない。口は,元気だけど!」
森本さんは,いつもそう答えて,最後に笑いを取るのだった。
森本さんは,車を運転出来なかったから,タクシーで教室に通っていた。タクシーの運転手とも仲良くなり,唐という若い中国人が参加していることも含め,教室のいろんなことを話していたらしい。
ある日,教室の帰り際に,いきなり,森本さんに,タクシーの運転手に紹介された。
「この子だよ。日本語も喋れる。可愛いだろう?」
タクシーの運転手と私は,仕方なく,照れ臭く会釈を交わしたのだった。
中国語会話講座は,基礎的な日常会話を学び,練習をするとともに,発表会に向けて,中国語のスピーチを用意し,読めるようにするという二つの目的から成っていた。
次の発表会で読み上げるスピーチの準備は,発表会が済んですぐに始めた。参加者は,自分で,中文を用意するのは,とても難しいので,まず日本語で作文を書いてもらっていた。それから,歌子がその日本語を中国語に訳し,歌子の中国語を私が直すという過程を経て,参加者のスピーチは,仕上がっていくのだった。歌子は,日本語を中国語に直すことが,たとえ拙い中国語でも,自分の勉強になるという理由で,あえて私には翻訳させなかった。
みんなのスピーチが仕上がると,歌子が中国語にカタカナを振り,参加者が読めるようにした上で,凡そ十一ヶ月をかけて,月二回の講座の際に,発音をチェックしながら,ひたすら読む練習をするのだった。
スピーチに加えて,発表会では,中国語の歌も歌うことになっていたため,月二回の講座の際に、歌の練習をすることになっていた。歌の練習は,中国語の発音のチェックだけにとどまらず、リズムや歌い方の指導もする必要があった。
講座のネーミングが,一応,「シニア中国語サークル」となっていて,発表会では,いつも「中国語会話を学んでいる。」という風に紹介されてあったが,不本意ながら,発表会が近づくと、中国語会話練習どころではなくなり,スピーチと歌の練習だけで,時間切れになってしまう日がほとんどという状況になっていた。
暗記する必要はないと言っても,努力家や頑張り屋さんばかりが集まったサークルだったので,みんなが自分のスピーチを暗記し,原稿を見ずに,言おうとするのだった。一年練習を積み重ねないと,読み上げることすらできない文章なのに,発表会前になれば,みんなは,見事に暗記し,原稿を見ずに、カタカナ発音で自分のスピーチが言えるようになっていた。自分が読み上げている文章を形成する一語一語の単語の意味も知らずに,暗記をする努力というのは,大したものだと、この時に感激した。
ところが,良い歳をしたおばあさんたちは,発表会直前のリハーサルになっても,「まだ練習が足りない。」や,「もう一度読ませてもらいたい。」と嘆くものだった。原稿を見ずに自分のスピーチを読み切り,歌も上手に歌い,発表会を終えた後でも,「全然上手に出来なかった。」や,「緊張して,間違えてしまった。」と反省点を言い,自分たちを責めるばかりだった。「自分は,よくやった。」と自分の出来栄えに満足している者は,いつも一人もいなかった。
そして,子育てを終え,曾孫まで生まれている世代の集まりなのに,よく喧嘩をしたのだった。発表会のテーマを花に決め,好きな花について作文を書いて来てくださいと,お願いをしたら,蓮を選んだ人が,「お釈迦様の花だよ。」と言われただけで,サークルをやめたり,発表会で私たちのサークルに充てられた時間内に収まるようにみんなのスピーチを削るなり,付け足すなりして,同じぐらいの長さにする必要があるのに,それに納得が行かずに,「私だけ,削られている!せっかく書いた文章だから,全文読ませてもらいたい。」と事情を弁えずに,我儘を言ったり、トラブルは後をたたなかった。
おばあさんたちの姿を見て,人間は,歳を重ねても,大して変わらないことを実感した。発表の場になると,若者と同じように緊張するし,仲間のさり気ない一言で傷ついたり励まされたりするし,「もっと上手くやれる!」や,「もっと上手くなりたい。」という向上心も,変わらない。
しかし,発表会を見せてもらい,何歳になっても,学習意欲を持ち続け,努力を惜しまずに,自己研鑽に努めるおばあさんたちの心意気には,毎回脱帽したのだった。
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