息子の幽霊と暮らす私

Yonekoto8484

文字の大きさ
上 下
1 / 7

思いがけない訃報

しおりを挟む
私は,奈良県在住の岡本尚美,54歳。育児が一段落して,今は地元の会社で事務の仕事をしている。夫の正之は,単身赴任で,2年前から,岩手県にいる。一人息子の悠貴は,大学を無事に卒業し,就職が決まり,岡山県で一人暮らしをしている。一応,最近まで,していた。

いまだに,一向に, 実感が湧かないのだけれど,悠貴は,大豪雨で犠牲になってしまったそうだ。二週間前に,突然そういう連絡が入ったのだ。息子の遺体が川辺に打ち上げられ,発見されたそうだ。

しかし,納得が行かない。息子は,とても慎重で,用心深い性格だったから,豪雨など災害が起ころうとしている時に,外出をしたとは,とても考えられないのだ。悠貴なら,家にこもって,ニュースを見て過ごしていたはずだ。その悠貴が,激しい雨が何時間も降り続いている時に,川の近くへ徒歩で出掛けたなんて,信じられない。よほどのことがないと,そのような無謀なことを絶対にしない子だった。

このように,最初から息子の死には,どこか腑に落ちないところはあったが,事実として受け止めるしかないと思った。

訃報の連絡があった日は,単身赴任の夫に連絡をし,伝えてから,丸一日泣いて過ごした。夫は,すぐに帰ると言ってくれたが,断った。断ったのは,万が一,夫まで岩手県からの道中に,何か事故に遭ったりしたら,たまらないと思ったからだ。

葬儀は,もう終わったし,なるべく,余計なことを考えずに,普通に日常生活を送ることにしている。朝起きて,支度をして,仕事に行って,仕事が終われば買い物をして,自宅に帰ってからご飯の支度をし,ご飯を食べて,夫と電話で話してから寝る。悠貴のことをできるだけ考えないようにして,こういう生活を規則正しく続けることを心がけることで,息子を亡くしたという寂しさや助けられなかった悔しさを紛らわしている。一応,最近まで,そうしていた。

一週間前に,葬儀が終わり,自宅に帰ってみると,どことなく,いつもとは違う気配がしたのだった。誰かが私の帰りを待っていたような,一言で言えば,懐かしくて,心地よい気配だった。

荷物を置いて,着替えて,リビングに入ると,なんと息子の悠貴がソファに座っていたのだ。

息子というか,顔はどう見ても,息子の顔だったが,透明で,声をかけても,反応はなかった。

私は,恐る恐る息子らしい現象に近づいて行き、顔のすぐ前で,「悠貴?」と名前を呼んでみた。すると,息子が反応し,目を合わせてくれた。そして,口を開けて,こう言った。
「見えている?」

私が頷くと,「そうか…見える人もいるんだ…ところで,悠貴って誰?」

「え?あなたのことよ。」
私は,ドギマギした。

「そうか…僕は,悠貴と言うんだ…。」

息子は,幽霊になったせいか,自分とは誰なのか,忘れてしまっていたらしい。いわゆる,記憶喪失状態だった。

「どうして,僕のことを知っているの?」
息子の幽霊が私に尋ねて来た。

自分の息子にそう聞かれて,思わず涙が出そうになった。息子は、私のことまで忘れてしまって,全く覚えていなかった。顔を見てもわからなかったようだ。

「私は,あなたの母だから…。」
私が目に涙を浮かべて,言った。

「そういうことか…。」
息子の幽霊は,ピンと来たようで,つぶやいた。

私は,とても混乱した。幽霊というものは,人が亡くなり、何らかの事情で成仏出来なかった場合だけ,起こる現象だと小さい頃から聞かされて来たのだ。息子が単に,災害に巻き込まれ,命を落としたのなら,無念な思いはないから、成仏出来るはずだ。目の前に息子の幽霊がいるということは,息子の死は,やっぱり,事故ではなかったということなんじゃないかな…?

私は,その時に決めた。絶対に息子の死の真相を突き止めて,明かすと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】湖に沈む怪~それは戦国時代からの贈り物

握夢(グーム)
ミステリー
諏訪湖の中央に、巨大な石箱が沈んでいることが発見された。その石箱の蓋には武田家の紋章が。 ―――これは武田信玄の石櫃なのか? 石箱を引き上げたその夜に大惨劇が起きる。逃げ場のない得体のしれないものとの戦い。 頭脳派の時貞と、肉体派の源次と龍信が立ち向かう。 しかし、強靭な外皮をもつ不死身の悪魔の圧倒的な強さの前に、次々と倒されていく……。 それを目の当たりにして、ついに美人レポーターの碧がキレた!! ___________________________________________________ この物語は、以下の4部構成で、第1章の退屈なほどの『静』で始まり、第3章からは怒涛の『動』へと移ります。 映画やアニメが好きなので、情景や場面切り替えなどの映像を強く意識して創りました。 読んでいる方に、その場面の光景などが、多少でも頭の中に浮かんでもらえたら幸いです^^ ■第一章 出逢い   『第1話 激情の眠れぬ女騎士』~『第5話 どうやって石箱を湖に沈めた!?』 ■第二章 遭遇   『第6話 信長の鬼伝説と信玄死の謎』~『第8話 過去から来た未来刺客?』 ■第三章 長い戦い   『第9話 貴公子の初陣』~『第15話 遅れて来た道化師』 ■第四章 祭りの後に   『第16話 信玄の石棺だったのか!?』~『第19話 仲間たちの笑顔に』 ※ごゆっくりお楽しみください。

アザー・ハーフ

新菜いに/丹㑚仁戻
ミステリー
『ファンタジー×サスペンス。信頼と裏切り、謎と異能――嘘を吐いているのは誰?』 ある年の冬、北海道沖に浮かぶ小さな離島が一晩で無人島と化した。 この出来事に関する情報は一切伏せられ、半年以上経っても何が起こったのか明かされていない――。 ごく普通の生活を送ってきた女性――小鳥遊蒼《たかなし あお》は、ある時この事件に興味を持つ。 事件を調べているうちに出会った庵朔《いおり さく》と名乗る島の生き残り。 この男、死にかけた蒼の傷をその場で治し、更には壁まで通り抜けてしまい全く得体が知れない。 それなのに命を助けてもらった見返りで、居候として蒼の家に住まわせることが決まってしまう。 蒼と朔、二人は協力して事件の真相を追い始める。 正気を失った男、赤い髪の美女、蒼に近寄る好青年――彼らの前に次々と現れるのは敵か味方か。 調査を進めるうちに二人の間には絆が芽生えるが、周りの嘘に翻弄された蒼は遂には朔にまで疑惑を抱き……。 誰が誰に嘘を吐いているのか――騙されているのが主人公だけとは限らない、ファンタジーサスペンス。 ※ミステリーにしていますがサスペンス色強めです。 ※作中に登場する地名には架空のものも含まれています。 ※痛グロい表現もあるので、苦手な方はお気をつけください。 本作はカクヨム・なろうにも掲載しています。(カクヨムのみ番外編含め全て公開) ©2019 新菜いに

虹の橋とその番人 〜交通総務課・中山小雪の事件簿〜

ふるは ゆう
ミステリー
交通総務課の中山小雪はひょんなことから事件に関わることになってしまう・・・無駄なイケメン、サイバーセキュリティの赤羽涼との恋模様もからんで、さて、さて、その結末やいかに?

どうかしてるから童話かして。

アビト
ミステリー
童話チックミステリー。平凡高校生主人公×謎多き高校生が織りなす物語。 ____ おかしいんだ。 可笑しいんだよ。 いや、犯しくて、お菓子食って、自ら冒したんだよ。 _____ 日常生活が退屈で、退屈で仕方ない僕は、普通の高校生。 今まで、大体のことは何事もなく生きてきた。 ドラマやアニメに出てくるような波乱万丈な人生ではない。 普通。 今もこれからも、普通に生きて、何事もなく終わると信じていた。 僕のクラスメイトが失踪するまでは。

わたしはいない

白川 朔
ミステリー
少女(白井めぐり)と誘拐犯の日々。 あなたはなぜ少女を誘拐したのか。誘拐から始まった2人の歪な関係。 少女が出会う孤独と優しさ。

深淵の迷宮

葉羽
ミステリー
東京の豪邸に住む高校2年生の神藤葉羽は、天才的な頭脳を持ちながらも、推理小説の世界に没頭する日々を送っていた。彼の心の中には、幼馴染であり、恋愛漫画の大ファンである望月彩由美への淡い想いが秘められている。しかし、ある日、葉羽は謎のメッセージを受け取る。メッセージには、彼が憧れる推理小説のような事件が待ち受けていることが示唆されていた。 葉羽と彩由美は、廃墟と化した名家を訪れることに決めるが、そこには人間の心理を巧みに操る恐怖が潜んでいた。次々と襲いかかる心理的トラップ、そして、二人の間に生まれる不穏な空気。果たして彼らは真実に辿り着くことができるのか?葉羽は、自らの推理力を駆使しながら、恐怖の迷宮から脱出することを試みる。

向日葵の秘密

まつだつま
ミステリー
不倫相手の子を身籠った佐山孝恵は、不倫相手にそのことを伝えた途端に捨てられた。子どもは堕ろすしかないと、母親節子に相談したが、節子はお腹の子に罪はないから、絶対生むべきだと言う。 節子の言う通り孝恵は生むことにしたが、そこで大きな波乱が待っていた。 生まれてきた女の子は向日葵と名付けられ成長していくのだが、彼女の人生には、不倫の末、生まれた子どもという出生の秘密がつきまとう。

かれん

青木ぬかり
ミステリー
 「これ……いったい何が目的なの?」  18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。 ※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。

処理中です...