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中章 雨は止むことを知らず
第33話 本当の過去
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「八重!!」
「ご……はぁはぁ」
小屋へ入ると堰を作ったかのように血は止まった。
「すぐに手当てを――」
「俺は……いい」
「いいってお前……!」
「それより時雨を」
八重の言葉と共に光の鼻腔に不快な匂いが侵入してきた。
テーピングを外して時雨の足を見てみる――腐っていた。足首は緑に染まっていた。膿も爆弾のように弾けて黄土色の液体がドロドロと流れている。
あまりの気持ち悪さ。あまりの腐臭。光は背中を凍らせた。
「こんな……なんで……」
「とりあえず応急処置をしよう。貴大さんも重症だし」
小屋にあった包帯で応急処置をする。
「腕……血が止まってますね」
「引きちぎられたわけではありませんからね。おそらくアレに落とされたんでしょう」
「痛くないんですか?」
「……それどころじゃありませんから」
時雨の足には包帯。八重の指には絆創膏。とりあえずの応急処置は終わった。
――気になっていたこと。初めに話したのは弦之介だった。
「……何があったんですか?」
一呼吸置いてから話し始める。
「……我々は『半妙陀羅』という除霊をしました。結果は失敗。多少は追い詰めたものの、悪霊を怒らせるだけ怒らせてしまった」
「つまり……前よりも酷くなったと?」
「端的に言うと」
静かになった。『絶望』という名の感情が全員の肩にのしかかる。
「なにか……なにか他に手はあるんですか?」
「……」
首を横に振る。
「そんな……」
「この小屋は結界になっています。ですが……あれほど強大になってしまった悪霊ならば壊すのも時間の問題です」
「……どれくらいで壊されますか?」
「5……いや4時間も保てば運がいい方でしょう」
「じゃあつまり……」
「俺たちの余命は4時間ほどと……」
天井を見上げた。当たり前だが月は見えない。夜空も見えない。外に出たとしても、雨の影響で見ることはないだろう。
こんな暗くて寂しい場所で死んでいくのか。そんなことを思うと――自然に涙が出てきた。
「私の――責任です」
貴大が土下座する。
「やめてくださいよ。どうせ死ぬんでしょ?謝罪なんて要りませんよ」
「……本当に申し訳ありませんでした」
「……はぁ」
八重は時雨を抱きしめた。まだ……時雨は眠っている。それがいいのか悪いのか。もはやどうでもいいことだ。
「時雨……」
――その景色を。その姿を見て。貴大は決心した。
「――もう一つ。聞いてくれますか」
「……なんです」
「時雨さんの過去について」
全員がピクリと反応する。
「なんであんたが知ってるようなことを言うんだ」
「――『流入』と言って、ある物、もしくは人に触れると、死人の記憶が見えることがあります。皆様の中の誰か1人くらいは経験してるのではないでしょうか?」
「……あ」
八重は思い出した。時雨の祖父母の家で写真立てを触った時。あの変な夢のような映像が頭へと流れ込んできた。それが『流入』というようだ。
「あの時の……」
「おそらく見たのは時雨さんの過去の記憶……正確には時雨さんを見ていた者の記憶です」
「え?時雨の記憶じゃないんですか?」
「その時の記憶は時雨さんの視界ではなく、時雨さんを見ていた視界だったでしょう?」
「……そういえばそうだった。空気になった感覚だった」
「それは――時雨さんの守護霊の記憶を覗いたからなんです」
「守護霊……か」
合点がいった。奇妙な状態は幽霊の視界を見ていたからだった。余ったピースがピッタリと合わさった気分だ。
「皆様はさぞ混乱していたことでしょう。不可解な悪夢を見て。不可解な言葉を聞いて。不可解な状況に会って」
「……」
「――それらは悪霊が作り出した幻想。つまりは全て偽りです」
「い、偽り……?」
貴大は脚を整えた。目を瞑り――ゆっくりと話し出す。
「これから話すことこそ本物の真実。時雨さん一家の……幸せになるはずだった家族の話です」
「ご……はぁはぁ」
小屋へ入ると堰を作ったかのように血は止まった。
「すぐに手当てを――」
「俺は……いい」
「いいってお前……!」
「それより時雨を」
八重の言葉と共に光の鼻腔に不快な匂いが侵入してきた。
テーピングを外して時雨の足を見てみる――腐っていた。足首は緑に染まっていた。膿も爆弾のように弾けて黄土色の液体がドロドロと流れている。
あまりの気持ち悪さ。あまりの腐臭。光は背中を凍らせた。
「こんな……なんで……」
「とりあえず応急処置をしよう。貴大さんも重症だし」
小屋にあった包帯で応急処置をする。
「腕……血が止まってますね」
「引きちぎられたわけではありませんからね。おそらくアレに落とされたんでしょう」
「痛くないんですか?」
「……それどころじゃありませんから」
時雨の足には包帯。八重の指には絆創膏。とりあえずの応急処置は終わった。
――気になっていたこと。初めに話したのは弦之介だった。
「……何があったんですか?」
一呼吸置いてから話し始める。
「……我々は『半妙陀羅』という除霊をしました。結果は失敗。多少は追い詰めたものの、悪霊を怒らせるだけ怒らせてしまった」
「つまり……前よりも酷くなったと?」
「端的に言うと」
静かになった。『絶望』という名の感情が全員の肩にのしかかる。
「なにか……なにか他に手はあるんですか?」
「……」
首を横に振る。
「そんな……」
「この小屋は結界になっています。ですが……あれほど強大になってしまった悪霊ならば壊すのも時間の問題です」
「……どれくらいで壊されますか?」
「5……いや4時間も保てば運がいい方でしょう」
「じゃあつまり……」
「俺たちの余命は4時間ほどと……」
天井を見上げた。当たり前だが月は見えない。夜空も見えない。外に出たとしても、雨の影響で見ることはないだろう。
こんな暗くて寂しい場所で死んでいくのか。そんなことを思うと――自然に涙が出てきた。
「私の――責任です」
貴大が土下座する。
「やめてくださいよ。どうせ死ぬんでしょ?謝罪なんて要りませんよ」
「……本当に申し訳ありませんでした」
「……はぁ」
八重は時雨を抱きしめた。まだ……時雨は眠っている。それがいいのか悪いのか。もはやどうでもいいことだ。
「時雨……」
――その景色を。その姿を見て。貴大は決心した。
「――もう一つ。聞いてくれますか」
「……なんです」
「時雨さんの過去について」
全員がピクリと反応する。
「なんであんたが知ってるようなことを言うんだ」
「――『流入』と言って、ある物、もしくは人に触れると、死人の記憶が見えることがあります。皆様の中の誰か1人くらいは経験してるのではないでしょうか?」
「……あ」
八重は思い出した。時雨の祖父母の家で写真立てを触った時。あの変な夢のような映像が頭へと流れ込んできた。それが『流入』というようだ。
「あの時の……」
「おそらく見たのは時雨さんの過去の記憶……正確には時雨さんを見ていた者の記憶です」
「え?時雨の記憶じゃないんですか?」
「その時の記憶は時雨さんの視界ではなく、時雨さんを見ていた視界だったでしょう?」
「……そういえばそうだった。空気になった感覚だった」
「それは――時雨さんの守護霊の記憶を覗いたからなんです」
「守護霊……か」
合点がいった。奇妙な状態は幽霊の視界を見ていたからだった。余ったピースがピッタリと合わさった気分だ。
「皆様はさぞ混乱していたことでしょう。不可解な悪夢を見て。不可解な言葉を聞いて。不可解な状況に会って」
「……」
「――それらは悪霊が作り出した幻想。つまりは全て偽りです」
「い、偽り……?」
貴大は脚を整えた。目を瞑り――ゆっくりと話し出す。
「これから話すことこそ本物の真実。時雨さん一家の……幸せになるはずだった家族の話です」
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