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序章 雨模様のパジャマの少女
第5話 両親との対面
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――次の日。
ビシッとスーツを決め、髪を整えた八重が立っていた。まるで背中に鉄棒を突き刺されたかのように背筋を伸ばして緊張している様子。
「……緊張しすぎじゃない?」
「だ、だってさ」
「もう……」
緩んだ八重のネクタイを直してあげる。
「大丈夫だよ。2人とも本当は八重のこと気に入ってるから」
「は――ははは」
ぎこちない笑顔だ。表情筋が石のように固まっている。気合いを入れ直すために頬を強く叩いた。そして玄関のチャイムを鳴らす――。
気まずい。とてつもなく気まずい空間だ。リビングに4人。木の机の真ん中にはお茶菓子。そして紅茶。時雨だけは紅茶が苦手なのでミルクティーだ。
『――時雨さんを僕にください!』
もうこのありふれた言葉は出してある。出してからの動きが全くないのだ。
時雨の父親――青谷陸は眉を引き締めて睨みつけるように八重を見つめている。
時雨の母親である青谷萩花は陸のように恐ろしくはない。ただ笑顔で八重を見ている。ものの――人によっては陸よりも怖い。なんだか覇気のようなものを出している。
2つほど年号を遡ったかのような空間。八重は震えてこそいないが、内心は『帰りたい』の文字で満たされ尽くしていた。
ひっくり返るほどの気まずい空間で最初に口を開いたのは――時雨であった。
「ねぇ、返答くらいはした方がいいんじゃない?『いいだろう』とか『よかろう』とかさ。八重も困ってるよ」
「ぼ、僕は全然困っては――」
「――八重君」
「はい!!」
重い。とてつもなく重い。とてつもなく低い声が八重を震い立たせた。
「ちょっと……ベランダに行こうか」
「は、はいぃ……」
導かれるままベランダへと移動していった。
「……素直になればいいのに」
「仕方ないわよ。あの人は不器用だもの」
「叔母さんが言えることじゃないよ」
不貞腐れたようにミルクティーを飲む時雨。
「分かってるでしょ?私たちは時雨が大事なのよ。だって……」
「……うん。2人が私のことを大事に思ってくれているのは知ってるよ」
――萩花が時雨の手を取る。
「あの人は……いい子?」
「――すごくいい人」
「……貴女が言うならそうなのね」
今度は本当に優しい笑顔で。圧や覇気など一切ない。心の底から『幸福』を願っている笑顔で。
「あの人も時雨の幸せを願ってるの。貴女がきちんと選んだ男性なら認めてくれるわよ」
「……そうだといいけどね」
6月の夜はまだ肌寒く。どこかぬるい。気持ちの悪い気温だった。喉を通って肺に取り込まれる空気が不味い。
だがこの現状は――もっと不味い。粘度などないはずの空気なのに水の中よりも動きにくくなっている。
「……煙草は吸うか?」
「あ、はい。吸わせてもらいます」
『スターダスト』という煙草を一本貰う。陸の煙草に火をつけつつ自分も付ける。
「ふぅぅぅ……」
船の上での馴れ合いのために煙草を嗜んでいた八重。よく『喫煙者なのは意外』と言われる。もちろん時雨の前や近くでは吸わないし、吸い終わった後のブレスケアは欠かさない。
「煙草はよく吸うのか?」
「そんなに多くは……仕事で上司と話を合わせる時とかに」
「……時雨の前では」
「――吸ってません!」
「そうか」
……また静かな空間。煙草の喉につっかえる臭いが周りに漂う。
「仕事は確か……」
「タグボートに乗っています」
「てことは船員か。家を長く空けるんじゃないか?」
「いえ、タグボートは日帰りです」
「そうか」
外の住宅街はいい景色とは言えない。そんないい景色を煙草の煙が塞いだ。
「……あの子は……大変な人生を歩んできた」
――驚くほど優しい声で話し始めた。
「実は私たちは――時雨の本当の両親ではないんだ」
「え……?」
「あの子の本当の両親は……もう」
「そんなこと時雨さんからは何も……」
「そりゃ言いたくもないさ。嫌な過去なんて忘れたいものだからな」
吸殻はちゃんと灰皿の上へ落とす。
「そんなことがあったからな。私は時雨を実の娘のように育ててきた。あの子には幸せに育ってほしいし、もう悲しい思いをしてほしくない。――分かっているだろうな。あの子を悲しませてみろ。俺が必ず殺しにいってやる」
「――その時は介錯を頼ませていただきます」
「言うじゃないか」
吸い終わった陸が部屋へと戻っていく。
「魚は好きか?」
「だ、大好きです。主食にしてもいいってくらいには!」
「……また釣りにでも行くか」
「――はい」
ビシッとスーツを決め、髪を整えた八重が立っていた。まるで背中に鉄棒を突き刺されたかのように背筋を伸ばして緊張している様子。
「……緊張しすぎじゃない?」
「だ、だってさ」
「もう……」
緩んだ八重のネクタイを直してあげる。
「大丈夫だよ。2人とも本当は八重のこと気に入ってるから」
「は――ははは」
ぎこちない笑顔だ。表情筋が石のように固まっている。気合いを入れ直すために頬を強く叩いた。そして玄関のチャイムを鳴らす――。
気まずい。とてつもなく気まずい空間だ。リビングに4人。木の机の真ん中にはお茶菓子。そして紅茶。時雨だけは紅茶が苦手なのでミルクティーだ。
『――時雨さんを僕にください!』
もうこのありふれた言葉は出してある。出してからの動きが全くないのだ。
時雨の父親――青谷陸は眉を引き締めて睨みつけるように八重を見つめている。
時雨の母親である青谷萩花は陸のように恐ろしくはない。ただ笑顔で八重を見ている。ものの――人によっては陸よりも怖い。なんだか覇気のようなものを出している。
2つほど年号を遡ったかのような空間。八重は震えてこそいないが、内心は『帰りたい』の文字で満たされ尽くしていた。
ひっくり返るほどの気まずい空間で最初に口を開いたのは――時雨であった。
「ねぇ、返答くらいはした方がいいんじゃない?『いいだろう』とか『よかろう』とかさ。八重も困ってるよ」
「ぼ、僕は全然困っては――」
「――八重君」
「はい!!」
重い。とてつもなく重い。とてつもなく低い声が八重を震い立たせた。
「ちょっと……ベランダに行こうか」
「は、はいぃ……」
導かれるままベランダへと移動していった。
「……素直になればいいのに」
「仕方ないわよ。あの人は不器用だもの」
「叔母さんが言えることじゃないよ」
不貞腐れたようにミルクティーを飲む時雨。
「分かってるでしょ?私たちは時雨が大事なのよ。だって……」
「……うん。2人が私のことを大事に思ってくれているのは知ってるよ」
――萩花が時雨の手を取る。
「あの人は……いい子?」
「――すごくいい人」
「……貴女が言うならそうなのね」
今度は本当に優しい笑顔で。圧や覇気など一切ない。心の底から『幸福』を願っている笑顔で。
「あの人も時雨の幸せを願ってるの。貴女がきちんと選んだ男性なら認めてくれるわよ」
「……そうだといいけどね」
6月の夜はまだ肌寒く。どこかぬるい。気持ちの悪い気温だった。喉を通って肺に取り込まれる空気が不味い。
だがこの現状は――もっと不味い。粘度などないはずの空気なのに水の中よりも動きにくくなっている。
「……煙草は吸うか?」
「あ、はい。吸わせてもらいます」
『スターダスト』という煙草を一本貰う。陸の煙草に火をつけつつ自分も付ける。
「ふぅぅぅ……」
船の上での馴れ合いのために煙草を嗜んでいた八重。よく『喫煙者なのは意外』と言われる。もちろん時雨の前や近くでは吸わないし、吸い終わった後のブレスケアは欠かさない。
「煙草はよく吸うのか?」
「そんなに多くは……仕事で上司と話を合わせる時とかに」
「……時雨の前では」
「――吸ってません!」
「そうか」
……また静かな空間。煙草の喉につっかえる臭いが周りに漂う。
「仕事は確か……」
「タグボートに乗っています」
「てことは船員か。家を長く空けるんじゃないか?」
「いえ、タグボートは日帰りです」
「そうか」
外の住宅街はいい景色とは言えない。そんないい景色を煙草の煙が塞いだ。
「……あの子は……大変な人生を歩んできた」
――驚くほど優しい声で話し始めた。
「実は私たちは――時雨の本当の両親ではないんだ」
「え……?」
「あの子の本当の両親は……もう」
「そんなこと時雨さんからは何も……」
「そりゃ言いたくもないさ。嫌な過去なんて忘れたいものだからな」
吸殻はちゃんと灰皿の上へ落とす。
「そんなことがあったからな。私は時雨を実の娘のように育ててきた。あの子には幸せに育ってほしいし、もう悲しい思いをしてほしくない。――分かっているだろうな。あの子を悲しませてみろ。俺が必ず殺しにいってやる」
「――その時は介錯を頼ませていただきます」
「言うじゃないか」
吸い終わった陸が部屋へと戻っていく。
「魚は好きか?」
「だ、大好きです。主食にしてもいいってくらいには!」
「……また釣りにでも行くか」
「――はい」
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