無職で何が悪い!

アタラクシア

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2章「宝石が並ぶ村」

62話「それが呪いなのだとしたら!」

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――その頃、ヘキオンは。


「――ん」

目を覚ます。滲む視界を擦って直そうと手を動かした。

「んぇ……?」

動かない。正確にはまったく動かない訳では無い。近づけられなかった。腕が目の方まで動かせなかった。

「……え?」

滲む視界から歪みが消えていく。そこでヘキオンはようやく気がついた。

「――ここ、どこ?」

自分の置かれている状況に。



薄暗い部屋。壁も天井も地面も石でできている。窓もない。何もない。あるのは鉄の扉と電球だけ。上から吊るされた電球が部屋を不気味に照らしている。

「え?え?な、なにこれ」

腕を動かす。動かない。腕は拘束されていた。天井に吊るされた鎖の先に取り付けられた拘束具によって。

脚は地面に。ヘキオンが膝立ちすることで地面に接することができる。

「なんでだろ……力が出ない……」

細工はされている。動かそうとしても、ふくらはぎがピクピクと動くだけ。ヘキオンの力はなくなっていた。


揺れるチェーン。ヘキオンは少女。拘束具を壊そうにもそのままの力じゃダメだ。魔法を使わないと壊せないだろう。

もちろん、そんな簡単なことに気がつけないほど、拘束した人物は馬鹿ではない。

「――あれ?魔法が……」

こちらも細工はされていた。魔法はまったく使えなくされている。

そうとなればヘキオンはただの少女。魔法も力もない非力な人間。どうすることもできずにいた。



ガチャリ。

扉が開かれた。戸惑っているヘキオンの前に現れたのは村長とその妻であった。

「あ、あの――」
「よく眠れたか?」

話そうとするヘキオンを遮り、話すのは村長。明るい声はどこへやら。冷凍食品のように冷たい声を空気に放つ。

「だけど面白いくらいに寝たわねぇ。子供みたいにぐっすりと……可愛かったわぁ」

村長の妻。優しい口調は変わらない。それでもどこか背筋をぞくりとさせてきた。

「これは……どういうことなんですか……!」

思考が統一された。よく分からないことが連続で起きていたせいで分散していた思考がひとつに戻る。


「どういうことと言われると難しいな……まぁいいか。時間はある。1から説明してやろう」

ヘキオンの周りをクルクル回り始めた。

「パートルズはクリスタリアンが成人した時に吐き出される物……というのは説明したな?」
「……うん」
「それを固めたものがパートルズエルブレアだ。だが1つ疑問に思うだろ。

村長の妻は壁によりかかっている。顔は少し高揚しているように見える。

「理由を教えよう。パートルズはほとんどの魔力因子を固めたものだ。そうなればクリスタリアンは魔法をほとんど使えなくなる。そうなれば身を守ることなんてできない」
「……」
「だからパートルズを使うんだ。クリスタリアンは魔力因子の塊であるパートルズを媒体として魔法を扱う。しかしそれだけじゃダメだ。たかが16とか18の子供が出した程度のパートルズじゃ小さすぎる。だから固めて大きくして使うんだ」


「さぁここからが本題だ」

ヘキオンの前に立ちどまった。

「この村には50人ほどいる。その2割から3割はまだ成人してない子供だ。足りない。全然足りないのだ。だからといって大人たちがもう一度パートルズを吐くというのは不可能。なら簡単な話だ」









ヘキオンの腹。みぞおち。沈み込む宝石の拳。

「が――」



内容物がせりあがってくる。腹に響く衝撃がそれを止めることを許さない。

「ぐ、ぐぉえ……ぐぶ」

漏れ出る液体。固形物を食べていなかったせいか、出てくるのは透明な液体だけだった。

地面に吐瀉物がびちゃびちゃ落ちる。涙。呼吸が不規則に強くなる。

「そーれもういっちょ!」

もう一度沈み込む拳。衝撃が背中に反響し、体内を痛みが駆け巡る。間髪入れずに再度の殴打。


「ぐふ……ぐぶ……」

また喉元にまで来る嘔吐感。しかし違う。喉にあるのは違和感。固形物。固形物にしては硬すぎる。食べ物ではない。

吐き出される内容物。苦しそうに吐き出される液体には血が混じっていた。それともうひとつ。紫色に輝く宝石が地面に転がった。

「か……かはッ……」

喉。宝石は喉と口内を傷つけ、ヘキオンの口の中を血で溜めていく。唾液と血が混ざった液体を地面に吐き出した。顔には困惑が浮かんでいる。


地面に落ちた宝石を手に取る。電球に掲げた宝石がキラリと光った。

「これだよこれ……これがなにか分かるかい?」

ヘキオンの目の前に近づける。

「……な、なんで……すか……」
「これはパートルズだ。私たちが吐き出すものを君が吐き出したのだ」


「これが私たちの目的。私たちが吐き出せないのなら、他種族の者に吐き出させるだけだ。幸いにもそういう薬を開発できたのでな。君が飲んだスープに入れさせてもらった」

パートルズをポケットに入れる。

「ただお前に吐き出させたのはあくまで魔力。私たちのような魔力因子ではない」


もう一度。重い音を出して叩きつけられる拳。内蔵を圧迫し、ヘキオンの体の中を押し上げる。

「ぐぁ――」
「まだまだ吐き出してもらうぞ」

音を出して嘔吐する。中には数個の小さな紫の宝石。出てくる際に傷つけられた内頬から血が口の中に溜まる。

涙が流れる。痛みと嘔吐感。ふたつの苦痛がヘキオンの涙腺を刺激していた。


「……正直に言おう。今まで言ったことは建前だ。いや、実際にそういうことはしているのだが。本心はそこではない」

拳を引き戻す。小さなヘキオンのお腹が悲鳴をあげていた。

「私の父親は人間に捕まって殺された。……簡潔に言うとだな――」


さらに強い拳が腹に突き刺さる。

「恨みだ」

嘔吐。血と胃液。混ざりあった液体が蛇口をひねった水道のように口から飛び出す。宝石ももちろんとび出た。

「が……げふっげふっ」

舌が血で包まれる。どれだけ吐き出しても血がすぐに溜まる。喉がズタズタになり、声を出すのも苦痛に。咳をすれば痛みが電撃のように喉元を駆け巡る。

「うっうっ……あ……うぅ」

流れる涙。理不尽に殴られる自分。その怒りと情けなさ、そして苦痛に泣いていた。



「あなた……そろそろよ」
「お?そうか」

立ち上がる。もう終わりなのか。少々安堵した顔を見せる。


近づく村長の妻。優しそうな顔。それはまったく変わっていない。

「ふふ……」

顎をクイッとあげる。泣きそうな顔のヘキオンを上に向けた。目が合う二人。


「――が……ぁぁ」

めり込む膝。脚は腕の三から四倍の力があると言われている。なら受けるダメージは脚の方が強い。

喉奥から出てくる胃液。口の中で血と混ざり合い、外へと放り出される。吐き出された吐瀉物は村長の妻に降りかかった。


「ぐ……げ……かぅ……」
「ふふ……はは……」

顔に付いたヘキオンの血を舌でペロリと舐める。高揚する顔。残虐な笑顔がヘキオンの視界に入ってきた。

「やっぱり人間の女の子はいいわね……特にあなたはいいわ。何もしなくても可愛い。……そんな可愛い子が苦しそうにしているのはもっと可愛いのよ……」
「ふぇ……ぐぁ……」
「もっとじっくり楽しみましょう……じっくりね……」












続く
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