無職で何が悪い!

アタラクシア

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2章「宝石が並ぶ村」

60話「溜まりに溜まった悪意!」

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――カエデたち。


永遠にも思えるほど長い道。歩くスピードは通常よりも遥かに遅い。そのせいでいつもより長く感じてしまう。

両サイド。どちらもだ。どちらもずっと腐乱死体がある。全て両手を拘束され、吊るされている。顔は見えない。だが苦悶に苛まれているというのは感覚でわかった。

「……」

声は出さない。軽口を叩く余裕はない。カエデは多少余裕があるが、ウォーカーにはない。なんとか吐き気を抑えて頑張っている。





しばらく進んだ。奥に奥に行くほど匂いは強くなる。呼吸すら苦痛。呼吸すら拷問となる。口呼吸でも匂いがくる。

まだ耐えていた。まだウォーカーは耐えていた。かなりメンタルは強い。カエデは感心していた。


「――?」

立ち止まる。下を向いていたウォーカーは前が見えずにカエデの背中に頭をぶつけた。

「……どうしたの?」
「これ……これだけ拘束具から抜け出せてる」


数多く並ぶうちの一つ。一つだけ拘束具から抜け出ていた死体を見つけた。その死体は何かを伝えているのか。なんとなくその死体にカエデは惹かれた。

「……奥」

カエデを盾にするように牢屋を覗くウォーカー。細い指を牢屋の奥に指した。

「奥に……何か書かれてる」
「……本当だ。書かれてる」

近くの松明を無理矢理へし折る。手にした松明で牢屋の中を灯した。





「ひぃ――うぷ」

耐えられなくなったウォーカーがその場で嘔吐する。それは匂いもあるが、の方が強かった。

「……」

カエデですらも声が出ていない。


その壁。その壁にはある単語が書かれてあった。たった一つの単語。真っ赤な色で書かれたひとつの単語。




















『死ね』




















その文字のみが書かれていた。

その赤色具合から血で書かれたことがなんとなく分かる。

禍々しい書き方。何者かをかのような書き方。どれほどの怒りを持てばこんな文字を書けるのか。


「――なにかある」

カエデが牢屋の中に何かを見つけた。死体の近くに白い紙がある。真っ暗で真っ赤な部屋と真逆な白い紙。

そんな不思議なもの。疑問に思うのには当然だ。


白い紙を取る前に、吐いているウォーカーの背中をさする。中にあるもの全てを吐き出す。吐いて吐いて吐いて。咳まで出し切った。

「ぐふっ……はぁはぁはぁ……はぅ……はぁ」

全てを出し切った。安心して呼吸を整える。悲鳴をあげている器官を抑え、カエデに支えてもらいながら立ち上がった。

「大丈夫か?」
「……うん」
「いい子だ。お前は強いな」

頭を撫でる。安心したのか、ちょっと力が抜けていた。


牢屋の扉。もちろん開かない。錆びているので普通よりももっと硬い。

「――ふん!」

だがカエデの前ではおもちゃも同然。軽く扉ごと外した。


のそっと中に入る。持っていた松明が部屋をオレンジ色に照らしつけていた。

「う……うぁ……」
「怖いんなら外にいていいぞ」

顔を振る。とにかく人に触っていないと不安なのだ。


死体の近くに落ちていた紙。その紙に手を伸ばす。

気持ちの悪い肌触り。ザワザワと気持ちの悪さが内蔵にまで登ってくる。

持ち上げた。赤黒い線のように液体が糸引いていた。不快。音も不快。感触も不快。見た目も不快。それに関与しただけで不快な気分になる。本能が不快と感じ取っていた。


白い紙。もちろんそれだけじゃない。裏を見る。

そこには文章が書かれてあった。真っ赤な文字で書かれた文章。おぞましいほど歪んだ文字。憎悪が入っていた文字でこう書かれていた。




     これを見ている者へ

 君がなぜここに来たのか分からない。君がどんな種族なのかは分からない。だが今はそんなもの関係ない。あなたに言えることはただ一つ。それは『逃げろ』ということだ。
 ここは地獄だ。クソッタレなクリスタリアン共が俺らを痛めつけてきた。アイツらは悪魔だ。笑いながら拘束されて抵抗できない俺を殴り倒した。俺の腹をずっと。ずっと。ずっと殴ってきた。
 ここにはクリスタリアンは来ないだろう。最後に聞いたアイツらの言葉は『村の地下に同じ施設を作った』という言葉だけだ。それ以降アイツらは来なくなった。俺らを解放するなんてことはしてない。それどころか拘束すら外さなかった。
  俺はもう限界だ。なんとか拘束具を外せばしたが、牢屋からは出られない。空腹と喉の乾きが限界だ。現代の地獄というのはここだろう。みんなゾンビみたいな声をしている。狂いそうだ。もう狂ってるのかも。
 この不自然な紙は何か分かるか。……正解は俺の髪だ。俺の髪を編んで編んで編み続けた。時間はあったからな。編んだ髪に歯や腐った指先の骨をすり潰して塗りこんだ。
 力があったならもっと逃げようとできるんだがもう力が出ない。どう足掻いても逃げられない。だからこれを見ている君はせめて俺みたいな思いをして欲しくはない。だからもう一度言うぞ。『逃げろ』




憎悪。文字に悪夢が宿っている。しかしそれだけじゃない。

願い。
許し。
愛情。
恐怖。
信仰。

様々なモノが文字から分かる。せめて自分以外にはこんなことを受けて欲しくない。

そんな願いが込められていた。



「――ここから出るぞ」
「え?」
「なんとかしてここから出るぞ」

カエデの声には焦りと覚悟が混じっていた。












続く
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