無職で何が悪い!

アタラクシア

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1章「対立するエルフの森」

36話「話を聞いて!」

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――少し前。

「ハァハァ……ヘキオンは大丈夫かな……?」

クエッテが村に着いた。雷に疑問を抱いたダークエルフの人達が外へと出てきている。

「なんじゃぁ……雷かぁ?」
「珍しいのぉ。この眼で見ておこうかの」

シワを携えた老人たち。ザッシュのような若い人はその中にいなかった。


「ここは危険です!!山の麓に避難しましょう!!」
「今日はえらく曇っとるのぉ」
「見てくださいよ。空が真っ黒。もう夜なんですかねぇ」
「あの話を――」
「なんかピリピリするわぁ」
「雷なんて何年ぶりかしら……ちょっと楽しいわね」

叫ぶクエッテに耳を貸さない老人たち。……いや、といったところか。

「話を聞いてください!!ここに居たら危険です!!山頂付近のここは雷が来る可能性がありますし――」
「そういえば最近は占ってもらってないわねぇ」
「また占い師さんのところに行きましょうかねぇ」

近くで叫んでも聞こえてない様子。もはやわざとを疑うほどだ。

「お願いします……話を……話を聞いてください!」

近くにいた1人の老人の両肩を掴む。

「お、おぉ?なんじゃ?」

ようやくクエッテを認識したようだ。少し安堵した様子を見せるクエッテ。

「ここは危険です。雷が落ちてくる可能性がありますし……近くに麒麟が出てきたんです!!」








「麒麟?おぉ麒麟かぁ」
「そうです!だからここに居たら危険――」
「キリンキリン……ってかぁ?」

顔を青くする。まったく話を聞いてくれないのに絶望したのか。それとも怒ったのか。

「なんで……なんで……本当なのに……なんで……聞いてくれないの……」

ペタンと力無く地面に座った。痴呆にまみれた老人たちはクエッテに気がつくことなくみんな外へと出ている。


涙をぽとりと流す。近くには麒麟がいる。この目でちゃんと見ている。そして自分の友達がその麒麟と戦っている。本当なら今すぐにでも加勢しなければならない。

クエッテは動けなかった。麒麟に立ち向かったヘキオンをじっと見つめていることしかできなかった。

さっきのも、ヘキオンが声をかけてくれなかったらあのまま自分は死んでいた。自分は臆病だ。それを身に染みさせられていた。

だからすぐにいかなくてはならない。今度は逃げない。今度は一緒に立ち向かう。そう決心していた。

だが今。ヘキオンに頼まれたことすらできそうにない。そんな自分が情けない。クエッテの心の中はそんな感情でいっぱいだった。



「――なんだ。ウッドエルフか?」

クエッテの後ろ。シワだらけの老人たちとは違い、40から50代ほどの男が立っていた。ザッシュや他の老人たちと同じの灰色の肌を持っている。

小太りの男は泣いているクエッテを見ていた。

「こ、ここは危ないんです……避難しないと……」
「……そんなことを言うためだけに来たのか?」

冷たい声。だが他のと違って話は聞いてくれる。立ち上がって話を試みようとした。

「近くに麒麟も出たんです。ここは危ないんです……」
「ただの雷だ。あんな痴呆老人どもも老い先が短いんだ。好きにさせてやれよ」
「そういう訳には――」

深いため息をつく男。

「だいたい何をしに近くに来ていたんだ。お前らが嫌いなダークエルフの村だぜ?しかも今は老害しかいないゴミ箱のようなところによ」
「そ、それは今関係ない――」

「どうせ嘲笑いにでも来たんだろ?それとも復讐か?今なら戦闘力のない奴らしかいないからな」
「話を聞いて――」

「そうだよ。若いヤツらも消えて、頼れるやつはいなくなった。今ならこの村で俺は若い部類に入るんだぜ?笑えるよな?」
「お願い……話を……」



「――殺せるもんなら……殺してみろよ!!」

クエッテの頬を殴った。地面に腰から崩れ落ちる。

「話を……話を……」
「なんだ抵抗しないのか?それとも哀れみか!?」

落ちたクエッテにもう一度拳を叩きつける。

「やめて……話を……話を聞いて……」
「ほら!抵抗しろよ!女とはいえ俺よりも強いだろ!?」

追撃。赤くなるクエッテの頬。

「お願い……します……話を……」
「何とか言えよ!!『くたばれクソ野郎』とか『触るな蛆虫』とかさぁよ!!」

殴られるクエッテ。そんな状況に気がついてない老人たち。それとも気が付かないフリでもしているのか。

「おね……が……い……話を……」
「おら!!オラ!!オラ!!言ってみろ!!」

殺そうと思えば殺せるだろう。こんな男よりクエッテの方が強い。やろうと思えば一瞬で殺せる。

「は……な……しを……」
「ははははは!!喋れないか!?嘘つけ喋れるだろ!!言え!!『妻にも子供にも逃げられたようなクソ野郎』ってな!!」

しかし殺さない。それは慈悲か。それともザッシュへの思いか。それとも自分への罰なんだろうか。

「……な……んで……なんで……」
「ああああああああぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!!!」

無抵抗。ボロボロと泣き続けるクエッテ。雨粒のような水滴が腫れた頬を流れる。

「――なんで」












続く
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