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おまけ:とある書記官が見た国王夫妻
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「陛下はどちらに?」
その日、少しの用を済ませて国王の執務室に戻った、ディラン国王付筆頭書記官(通称ディーン)は、部屋を見渡すなり青筋を立てて、残されて書類整理をしている2人の事務官たちに低く問う。
「っ、先程休憩を取られるとおっしゃって、お出になりました」
問われた彼らが恐る恐る答えた内容はディーンにとっては予想していたものだが、できればそうであってはほしくなかった事で・・・。
「・・・お前達、今すぐ陛下のやり残した書類をまとめてついてきなさい」
一瞬の間の後にヒンヤリとした言葉を向けられて、彼等は慌てて椅子から立ち上がると、国王の執務机に飛びかかる。
わずかな時間の中で、無我夢中になって国王のやり残した急ぎの仕事を厳選し、束にすると国王の印章も忘れずに手に取る。
「離宮へ行くぞ」
準備が整ったのを確認したディーンが、部屋を出て行くのに慌てて付き従って国王の執務室を後にした。
王宮の中庭はモスフロックスの最盛期を迎えて、濃淡様々なピンクや白、紫の絨毯が敷かれて華やかではあるのだが、残念な事に彼らにその美しさを楽しむほどの余裕は無かった。
スタスタと怒りをぶつけるように早足で歩く筆頭書記官の後ろを重要書類が飛ばされないようになんとか押さえながらついて行くのに必死だった。
中庭を突っ切って、少し高い木々の生えた区画を回り込むと、その先に見えるのは、2年ほど前に立て直された小さな宮殿で。
そちらに近づいて見れば、キャアキャアと子供の騒ぐ声と、同じようにはしゃぐ大人の笑い声が聞こえて来る。
宮の入り口に設られた小さな門の前には、騎士の姿をした男が1人立っていて、待っていたかのように肩を竦めて一行を出迎えてくれた。
「早かったな」
挨拶代わりにそう言って、門を開いてくれたのは王妃付きの騎士のロブで、
「当然だ!くそっ、着替えも手配しなければならないな」
中の惨状を目の当たりにしたディーンは、舌打ちと共に苛立ちをあらわにした。
恐る恐るディーン越しに中を見て、その理由を理解する。
「ラピス様がお洗濯をご自分でなさりたいとおっしゃるので、王妃陛下が許可されてやっていたのだがな、陛下がいらした途端、水遊びになってしまったんだ」
状況を説明するロブも、呆れた様子を隠しきれない。
庭の中では今年6歳になる王女と30の歳が近づいてきた良い大人の男が、泡まみれではしゃぎ回っているのだ。
「王妃殿下は?」
目頭を抑えたディーンが問うと、ロブはさらに困ったように眉を下げた。
「陛下が来たので王女殿下をお任せして、少し畑を構いたいと仰って畑の方に」
「っ・・・王妃陛下まで」
ついにディーンは頭を抱えて大きなため息を吐いた。
「なんでも島のおばあから種を分けてもらった分のカブが収穫期を迎えたそうで・・・」
淡々と説明するロブに、もうそれ以上の説明はいらないと手を振ると、ディーンはまた一つ大きなため息を漏らした。
「夏の休暇の、島での静養を取り潰そうか、本気で迷うな」
「あれがなくなったら、陛下は仕事を放棄し兼ねないぞ?リリー様もおばあの庭の収穫と、釣りをラピス様に体験させるつもりで随分とはりきっているし」
「っ、更に仕事をしなくなりそうだな!」
ディーンが唇を噛んだところで、「あらぁ」と明るい声が2人の間を割って入る。
「ディーン今日は早かったのね!」
「・・・王妃、陛下」
カブの束を両手に持った、この国の王妃であるリリーシャが建物の裏手から戻ってきたのだ。
彼女の後ろに控える2人の侍女達も同じように両手にカブを持たされている。(まさか彼女達も王妃の侍女になって土いじりをさせられるとは思わなかっただろう・・・気の毒に)
形式的に挨拶の礼を取ると、彼女は侍女達に自分の持っているカブも渡して「厨房に届けて頂戴。料理長がスープにしてくれるって言ってるから」と命じて自身は汚れた手を払いながらこちらに向かってくる。
「仕事は終わったって言っていたけど、仕方のない人ね。書斎に書類を置いておいてくれる?ラピスがそろそろお昼寝の時間だから、その間にやらせて届けさせるわ!他にも書類があるなら持ってきてくれても構わないわ。今日は特に謁見の約束とかも無かったわよね?」
そう言って、親指で離宮の建物を指して微笑む頼もしい王妃に、書記官達は感謝の視線を向ける。
こうして王妃が王女と離宮で過ごす日は、彼女の執務が休みの日であり、そして彼女と子供達と過ごしたい国王が執務を投げ出し脱走を図る日でもあるのだ。
怒らせるととても怖い筆頭書記官のディーンの言う事ですら聞かない国王も、自身が惚れ込んだ王妃の言う事は素直に聞き入れるのだ。
王妃が書類を全て片付けさせると言ったからには、おそらく夕刻までにはきちんと印を押された書類が国王の執務室に届くはずだ。(一体どんな手を使ってやる気にさせているのかは謎ではあるが)
「だから、夏の休暇は島に行かせて?お願いよ~」と言われてディーンは息を飲む。
聞こえていたのか?と全員に問うような視線を向けられて、王妃はにこりと微笑んだ。
「引退したら、あの島で夫婦2人で気楽に過ごすつもりなんですもの。年に一度くらい風通しくらいしないと家が悪くなるわ」
「そこは、人を使いましょうよ」
ロブが至極真っ当なツッコミを入れるも、それを聞いた王妃は少女のように頬を膨らませる。
「いやよ!あそこは自給自足の生活が魅力なのよ!それに海賊のライルと家出少女リリーの家だから、他の者の手は入れたくないわ」
だからね?お願い!と、ディーンに笑顔でプレッシャーを与える王妃を見て、書記官達は改めて、この王妃の強さを再認識する。
「とりあえずは、ライル様がお仕事をきちんと片付けられてから考えます!」
そして、負けじと条件を出すこの筆頭書記官もなかなかだ。
「それもそうね!任せて」
そう言って踵を返した王妃は未だ泡だらけになってはしゃいでいる子供と夫の元に歩いて行く。
「とりあえず、書類を中に」
なんだかとても疲れた様子の筆頭書記官の指示を受けて、手にした書類を離宮の中に運び込む途中、庭に面したサロンの一角で乳母に見守られて揺かごに揺られている赤ん坊の姿が目に入る。
そのまま階段を上がり執務室に書類と印章を置いて階下に降りると、ちょうどサロンに王女と国王が戻ってきたところで、3人は半年前に産まれた揺かごの中の王子を囲んでいた。
その姿は一国の王や王妃でありながら、どこにでもいる平和で素朴な一つの家族の姿で、そんな温かみと親しみのある王と王妃が治める国の国民でいられることが、彼らにはとても誇らしく思えたのだ。
その日、少しの用を済ませて国王の執務室に戻った、ディラン国王付筆頭書記官(通称ディーン)は、部屋を見渡すなり青筋を立てて、残されて書類整理をしている2人の事務官たちに低く問う。
「っ、先程休憩を取られるとおっしゃって、お出になりました」
問われた彼らが恐る恐る答えた内容はディーンにとっては予想していたものだが、できればそうであってはほしくなかった事で・・・。
「・・・お前達、今すぐ陛下のやり残した書類をまとめてついてきなさい」
一瞬の間の後にヒンヤリとした言葉を向けられて、彼等は慌てて椅子から立ち上がると、国王の執務机に飛びかかる。
わずかな時間の中で、無我夢中になって国王のやり残した急ぎの仕事を厳選し、束にすると国王の印章も忘れずに手に取る。
「離宮へ行くぞ」
準備が整ったのを確認したディーンが、部屋を出て行くのに慌てて付き従って国王の執務室を後にした。
王宮の中庭はモスフロックスの最盛期を迎えて、濃淡様々なピンクや白、紫の絨毯が敷かれて華やかではあるのだが、残念な事に彼らにその美しさを楽しむほどの余裕は無かった。
スタスタと怒りをぶつけるように早足で歩く筆頭書記官の後ろを重要書類が飛ばされないようになんとか押さえながらついて行くのに必死だった。
中庭を突っ切って、少し高い木々の生えた区画を回り込むと、その先に見えるのは、2年ほど前に立て直された小さな宮殿で。
そちらに近づいて見れば、キャアキャアと子供の騒ぐ声と、同じようにはしゃぐ大人の笑い声が聞こえて来る。
宮の入り口に設られた小さな門の前には、騎士の姿をした男が1人立っていて、待っていたかのように肩を竦めて一行を出迎えてくれた。
「早かったな」
挨拶代わりにそう言って、門を開いてくれたのは王妃付きの騎士のロブで、
「当然だ!くそっ、着替えも手配しなければならないな」
中の惨状を目の当たりにしたディーンは、舌打ちと共に苛立ちをあらわにした。
恐る恐るディーン越しに中を見て、その理由を理解する。
「ラピス様がお洗濯をご自分でなさりたいとおっしゃるので、王妃陛下が許可されてやっていたのだがな、陛下がいらした途端、水遊びになってしまったんだ」
状況を説明するロブも、呆れた様子を隠しきれない。
庭の中では今年6歳になる王女と30の歳が近づいてきた良い大人の男が、泡まみれではしゃぎ回っているのだ。
「王妃殿下は?」
目頭を抑えたディーンが問うと、ロブはさらに困ったように眉を下げた。
「陛下が来たので王女殿下をお任せして、少し畑を構いたいと仰って畑の方に」
「っ・・・王妃陛下まで」
ついにディーンは頭を抱えて大きなため息を吐いた。
「なんでも島のおばあから種を分けてもらった分のカブが収穫期を迎えたそうで・・・」
淡々と説明するロブに、もうそれ以上の説明はいらないと手を振ると、ディーンはまた一つ大きなため息を漏らした。
「夏の休暇の、島での静養を取り潰そうか、本気で迷うな」
「あれがなくなったら、陛下は仕事を放棄し兼ねないぞ?リリー様もおばあの庭の収穫と、釣りをラピス様に体験させるつもりで随分とはりきっているし」
「っ、更に仕事をしなくなりそうだな!」
ディーンが唇を噛んだところで、「あらぁ」と明るい声が2人の間を割って入る。
「ディーン今日は早かったのね!」
「・・・王妃、陛下」
カブの束を両手に持った、この国の王妃であるリリーシャが建物の裏手から戻ってきたのだ。
彼女の後ろに控える2人の侍女達も同じように両手にカブを持たされている。(まさか彼女達も王妃の侍女になって土いじりをさせられるとは思わなかっただろう・・・気の毒に)
形式的に挨拶の礼を取ると、彼女は侍女達に自分の持っているカブも渡して「厨房に届けて頂戴。料理長がスープにしてくれるって言ってるから」と命じて自身は汚れた手を払いながらこちらに向かってくる。
「仕事は終わったって言っていたけど、仕方のない人ね。書斎に書類を置いておいてくれる?ラピスがそろそろお昼寝の時間だから、その間にやらせて届けさせるわ!他にも書類があるなら持ってきてくれても構わないわ。今日は特に謁見の約束とかも無かったわよね?」
そう言って、親指で離宮の建物を指して微笑む頼もしい王妃に、書記官達は感謝の視線を向ける。
こうして王妃が王女と離宮で過ごす日は、彼女の執務が休みの日であり、そして彼女と子供達と過ごしたい国王が執務を投げ出し脱走を図る日でもあるのだ。
怒らせるととても怖い筆頭書記官のディーンの言う事ですら聞かない国王も、自身が惚れ込んだ王妃の言う事は素直に聞き入れるのだ。
王妃が書類を全て片付けさせると言ったからには、おそらく夕刻までにはきちんと印を押された書類が国王の執務室に届くはずだ。(一体どんな手を使ってやる気にさせているのかは謎ではあるが)
「だから、夏の休暇は島に行かせて?お願いよ~」と言われてディーンは息を飲む。
聞こえていたのか?と全員に問うような視線を向けられて、王妃はにこりと微笑んだ。
「引退したら、あの島で夫婦2人で気楽に過ごすつもりなんですもの。年に一度くらい風通しくらいしないと家が悪くなるわ」
「そこは、人を使いましょうよ」
ロブが至極真っ当なツッコミを入れるも、それを聞いた王妃は少女のように頬を膨らませる。
「いやよ!あそこは自給自足の生活が魅力なのよ!それに海賊のライルと家出少女リリーの家だから、他の者の手は入れたくないわ」
だからね?お願い!と、ディーンに笑顔でプレッシャーを与える王妃を見て、書記官達は改めて、この王妃の強さを再認識する。
「とりあえずは、ライル様がお仕事をきちんと片付けられてから考えます!」
そして、負けじと条件を出すこの筆頭書記官もなかなかだ。
「それもそうね!任せて」
そう言って踵を返した王妃は未だ泡だらけになってはしゃいでいる子供と夫の元に歩いて行く。
「とりあえず、書類を中に」
なんだかとても疲れた様子の筆頭書記官の指示を受けて、手にした書類を離宮の中に運び込む途中、庭に面したサロンの一角で乳母に見守られて揺かごに揺られている赤ん坊の姿が目に入る。
そのまま階段を上がり執務室に書類と印章を置いて階下に降りると、ちょうどサロンに王女と国王が戻ってきたところで、3人は半年前に産まれた揺かごの中の王子を囲んでいた。
その姿は一国の王や王妃でありながら、どこにでもいる平和で素朴な一つの家族の姿で、そんな温かみと親しみのある王と王妃が治める国の国民でいられることが、彼らにはとても誇らしく思えたのだ。
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感想&お気遣い頂き、ありがとうございます。
ハピエンタグは、話の流れ的にネタバレになるかなぁ〜と思いまして、今回は付けておりませんでした🤗
ここまで楽しんでいただき、ありがとうございました✨
明日の更新では、その後色々どうなったの?的なものが解消できるかと思いますのでお楽しみください💕
感想ありがとうございます✨
連載中に色々ありましたが、きちんと終われてホッとしています😆
ライルさんとラピスの様子は、明日の更新でチラリとお見せできるかなぁと思います❤️
新作も本日より公開しておりますので、こちらも合わせて楽しんでいただけたら嬉しいです💕
感想ありがとうございます。
ここにきて、ライルさんが本気出しました🙌
さてリリーがどんな答えを出すのか!?
明日の更新ではライル側で何が起こっていたのかというお話となりますので、お楽しみいただけたらと思います✨