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夕暮れのおばあ【ライル視点】
しおりを挟む伏せている間に、アドレナード卿の動きの他に気がかりだったのは、身体が萎えてしまうのではないかという事だった。
傷が塞がり、折れた胸の骨もきちんとくっついているとダンテのお墨付きが出て、動き回る許可が取れると同じく肩の調子が戻ったディーンや他の者達と身体を動かす事が増えた。
「そんなに焦らなくても」と初めはいい顔をしなかったリリーも、着々と回復をしていく姿を見てどこか安堵している様子もあった。
ただ時折、不意に不安げな表情を見せることがあり、やはりまた俺たちが航海に出て行く事を心配しているのだということは伝わってきた。
次はあんな無茶はしない。それに、俺だってただただ回復に努めるだけの時間を過ごしていたわけではないのだ。
祖国でこちらの指示に従い、身動きの取れる者を手配するよう動き始めたのだ。
とにかくアドレナード卿の動きを監視して、すぐには無理でも、いずれは彼を葬ってくれる手駒を準備する事を提案すると「前回のような危険な目に合われるよりは」とディーンが積極的に動き出してくれた。
当たりは数人いる。
数日中にはその何れかとは連絡が取れるだろう。
リリーにはその事については話はしていなかった。今まで祖国に一切関わろうしなかった俺が、そんな事を始めたと知ったら彼女は絶対にやめて欲しいというに違いない。
しかし現状、それをしない限りリリーを守り通せる道はない。
だから、ディーンにも部下達にもその話はリリーにはしないよう厳命していた。
また、彼女に隠し事をして一人で動く事には罪悪感はあった。
それでもリリーを守るためなら、と思っていた俺はとんだ大馬鹿者だった。
午後から、部下達と身体を動かして、その日もリリーを迎えにおばあの家に向かった。
このところリリーはパン作りの腕前を買われて、おばあの家で島の女達へ保存や加工のしやすいパンの作り方を指導したりしている。
「お迎えかい、毎日ご苦労だねぇ」
俺の顔を見るなり、おばあはそう言って中を指した。
リリーはまだ室内にいるらしい。
声が聞こえたのか、気配を察したのか、家の中からリリーの「お迎えが来たみたい!もう行くわね!」という明るい声が聞こえてきて、俺は家に入るのをやめて、おばあとその場で待つ事にした。
「あんた、もう加減はいいのかい?」
庭先の揺り椅子に揺られながら、おばあがチラりとこちらをみてくる。
「あぁ、もう日常生活には支障はねぇよ剣も振り回してる」
大丈夫だと、努めて明るく答えれば、おばあは「そうかい、そりゃあよかった」と頷いて。
小さく息を吐いたのちに、「リリーに感謝せんとなぁ」とつぶやいた。
「そうだな。家の事に世話から傷の手当てまで、よくやってくれたよ。ダンテからも治りが早かったのはリリーのおかげだって言われたさ」
「そうだろうとも、本当によく動くいい嫁をもらったものだ」
そう言ったおばあは、俺の顔をじっと見つめた。
普段物言いのハッキリしているおばあにしては珍しい噛み締めるようなその言い方に、少しばかりの違和感を感じて、首を傾けると。
「ごめん、お待たせ~」
軽い足取りでリリーが家から出てきた。
「気をつけてお帰り」
戸脇に座ったおばあがそんなリリーを見上げて、ゆっくり頷く。
「うん、おばあもそろそろ冷えるから中に入ってね」
「あんた達を見送ったらそうさせてもらうよ」
「ふふ、じゃあすぐ帰らないとね」
リリーの荷物を引き受けて、2人で並んでおばあに別れを告げて歩き出す。
「よい夜を過ごしね」
おばあの家の門前を出る際に、後ろから追うように、本当に聞こえるか聞こえないかというくらい小さなおばあの声が追いかけきた。
その声に、隣を歩いていたリリーが振り返って、大きく頭上で手を振った。
椅子から立ち上がったおばあは、その場でうんうんとうなずいて・・・そして家の中にゆっくりと踵を返していった。
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